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命の恩人の来訪に喜ぶ奏は隼人を招き入れ、お互いの近況などを話し合い、それが一段落すると屋敷内を案内し、魔祓い師の頭領、陽明に引き逢わせた。
そうしているうちに夕刻を過ぎ、空には月が浮かんだ。
奏が用意した夕食を食べ終わり、満足げな表情を見せていた隼人が、何やらそわそわとし始めた。
「?」
奏が小首を傾げる。
「どうかしましたか、美剣さん?」
「いや…」
隼人はきょろきょろと部屋の中や、奥の襖が開け放たれた先の立派な庭園を見回している。
「何か気になることでも?」
奏の問いに隼人は口を開きかけ、また閉じる。
その顔はまるで借りてきた猫のように、ともすればかわいらしい。
奏はしかし、隼人の剣士としての顔も知っている。
魔武士、円月との戦いで見せた隼人の異常な闘気と凄絶な剣気。
まさに刀鬼と呼ぶに相応しい。
今の姿とのあまりの隔たりに、ついつい笑ってしまう。
まるで別人である。
「私は美剣さんにお返し出来ないほどの恩義がある身です。どうぞ、ご遠慮なさらずに」
口元の笑いを右手でそっと隠しながら、奏が水を向けた。
「う、うん」
隼人が赤い顔で頷く。
「その…」
天井に視線を泳がせた。
「タ…」
「タ?」
「ターシャさんは…」
奏はきょとんとなった。
そしてすぐ「ははーん」と、したり顔を浮かべる。
「そういうことですか」
これで隼人のおかしな様子が腑に落ちた。
少年剣士、美剣隼人が魔祓い師組合所を訪れたのは若き魔祓い師との約束を守るためだったが、そこにもうひとつの理由があったのだ。
「未来」国より現れた摩訶不思議な数々の道具を操る女、ターシャに逢いたいがため。
奏は隼人がターシャと出逢ったときのやり取りを思い出していた。
確かにその折、隼人がターシャへの好意を吐露した一幕があった。
幾多の戦いの中、自らの技量まだまだと武者修行の旅を続けていた隼人も、一服の清涼を求め、かつて出逢った年上の魅惑的な娘との再会を望んだというところか。
「ターシャさんは魔武士総大将を討った後、ご自身の国『未来』へ帰られました。ですので、ここには居られません」
「あちゃー」
奏の言葉に隼人が右手のひらを額に当てて、天井を仰いだ。
あまりに正直なる落胆ぶり。