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「ボクは」
蜜柑が口を開いた。
「帰りません」
陽炎の顔から血の気が引く。
しかし、この答えは陽炎がまだ仕えて短いとはいえ、蜜柑の普段の言動から考えれば充分、予想がつくものではあった。
生来の芯の強さ。
どんな敵が現れようとも一歩も退かぬ気性である。
「美剣さんの霊を呼び、八神家の者たちと戦います」
陽炎が「なりません」と言おうと口を開いたところで。
「蜜柑様」
誰もが驚く程の強い口調で、声を上げた者が居た。
皆の眼が、その人物に集まる。
燐子であった。
「祖父の霊を呼ぶのは何卒、ご容赦願います」
しっかりと頭を下げた。
「それは…何故ですか?」
蜜柑が燐子を見つめる。
「確かに八神衆との争いは、祖父が原因と言えます。将軍家の命とはいえども」
燐子は眼を伏せた。
「しかし、もう祖父は死んだのです」
「………」
「これは、私たち生き残った美剣家が解決すべき問題。ですので、もしも獅子真紅郎たちが、この道場に現れたなら」
「………」
「私が戦います」
燐子が視線を上げた。
その双眸に不退転の決意が燃えるのを蜜柑は、はっきりと見た。
「相手は怪物ですよ」
蜜柑の言葉に燐子が、力強く頷く。
「それでも」
「………」
「私が決着を着けます」
燐子が、そう言った瞬間。
姿は定かには見えずとも、この道場内に存在していた「大剣豪」美剣の霊の気配が薄れ、去っていくのを蜜柑は感じた。
孫娘の決死の覚悟に呼応し、この先を託すと決めたのか?
これは蜜柑に取って、あまり良い流れとは言えない。
敵が攻めてきた際、もしも霊を呼べなければ、蜜柑はただの非力な娘である。
そうなれば、こちらに勝算はあるだろうか?
だが、霊を呼べないとなった今でさえも、蜜柑にこの場を退く気は毛頭ない。
燐子を置いて逃げるなど、あり得なかった。
事の顛末を見届けねば、気が済まない。
「まさか、真紅郎なる者たちと、たった一人で戦うと? 敵の人数さえ分からないのに?」
陽炎が険しい顔で問う。
やはり、燐子は頷いた。
「それが美剣家の長女としての務めです」
燐子の顔色は紙の如く白い。
柊姫の魔物ぶりを目撃した陽炎にすれば、燐子の決意は勇気というよりも無謀に思える。
剣客とは、こうも意固地なものか?
剣士の誇りとは、そこまでして守らねばならないものか?
どんな手段を用いても、まずは生き残らんとする忍びの考えとは、大きな差が存在した。
「奇妙斎様」
陽炎が助けを求めた。
皆で協力して戦うように、燐子を説得して欲しかった。
が。
奇妙斎は、とぼけた顔で「本人がそこまで言うなら、仕方ないじゃろ」と身も蓋もないことを言った。
陽炎が、きっと奇妙斎をにらむ。
「何じゃ。さっきは無視して、今度は怒るのか?」と奇妙斎。
口を尖らせる。




