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緊張のあまり、ついに蒼百合は叫んだ。
「来いっ!!」
隼人の二刀、白虎と青龍が、このとき微かに震え、泣き声の如き音を発した。
隼人は二刀から自分の両腕、そして全身へと活力が満ちていくのを感じた。
(これは…)
魔剣鍛冶、鵺の顔が浮かぶ。
鵺は二刀に魔祓い以上の力が秘められていると言っていた。
この現象は、それに関係があるのだろうか?
(おお!?)
右眼が驚きの声を上げる。
(何だか知らねえが、すげえパワーが流れ込んでくるぜ!! オレが上手く制御してやるよ! この女に一発かましてやれっ!!)
「おおおおおーーーーっ!!」
隼人が咆哮した。
「俺流、双昇牙・激っ!!」
隼人の右眼が真っ赤に輝き、両腕が二刀を引き抜いた。
同時に身体の捻りが元に戻り、両脚は地を蹴って跳び上がる。
若き虎の両の爪は、すさまじき神速でもって天を目指し、蒼百合の鉄壁の守りに激突した。
二条の稲妻と化した白虎と青龍は、敵の強固な城門を粉砕しながら突き進んだ。
蒼百合の身体は弟、黄魔と全く同じ軌道の斬撃を受けた。
血しぶきが舞う。
ゆっくりとずれていく肉体が離れるまでの僅かな間に、蒼百合が口を開いた。
「黄魔、ごめんね…」
切れ長の両眼から、涙が頬に伝う。
「兄者…私たちの仇を討って…お願い…」
そこまで言った蒼百合の身体は、倒れる前に黒煙となって空中に霧散した。
跳び上がったために勢いがついた隼人が半回転し、蒼百合側に背中を向けた状態で着地する。
二刀を鞘に納めた。
(よっしゃーーーっ!!)
右眼が叫ぶ。
(何とか生き延びたな。まったくー。お前の右眼をやってると、命がいくつあっても足らねえぜ)
右眼が笑った。
(それじゃ、オレは休ませてもらうからな!!)
隼人の右眼が閉じていく。
八神家臣、獅子三兄弟を二人まで倒したが、隼人の表情は冴えない。
何と言っても一度は敗れた相手、獅子真紅郎が残っている。
そして、もうひとつの気がかりは。
この度の事件に巻き込まれている蜜柑である。
蜜柑の側には、必ず春馬も居るはず。
かつて共に旅をした、かけがえのない大親友の二人に何か危害が及ぶ事態にでもなっては、悔やんでも悔やみきれない。
激闘が終わったばかりだが、このまま身体を休めるのもそこそこに、街道を駆け抜け、真紅郎に追いつかなければ。
どこかで馬が手に入れば良いのだが…。
そこまで考えたところで、背後より地を震わす何かが、こちらへ向かってくるのを感じた。
振り向き、隻眼の視線を闇に放つ。
遠くに二つの灯りが見えた。
松明の灯りだ。
近づいてくる。
震動の程度から、馬だと分かった。
灯りと同じく、二頭。
何者かが、馬に乗ってやって来るのだ。
さては八神の家臣は、先に出遭った四人以外にも存在するのか?
隼人は油断なく構え、近づいてくる相手を待った。
先頭の騎手が隼人を見つけたのか、速度を緩める。
二頭が隼人の前で停まり、揃って横腹を見せた。
「美剣さん!!」
奥に居る馬に乗る人影が、名を呼んだ。
聞き覚えがある若い女の声。
「奏さん!?」
隼人が驚く。




