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獅子三兄弟の残り二人、真紅郎と蒼百合はすぐさま、その事実に気づいた。
兄弟の強い絆か、はたまた「ネコノミコン」の魔力の結び付きによるものか?
とにかく、黄魔の魂がこの世から消失した瞬間をはっきり感じたのだ。
「兄者」
蒼百合が呼びかけた。
その顔は真っ青で、悲しみと怒りが、ない交ぜになった複雑な表情だ。
「黄魔が…」
真紅郎が、黙って頷く。
蒼百合と同じく、表情は心痛に歪んでいる。
そこへ彼方より、藤巻の魂を乗せた黒煙が飛来した。
黒煙は上空を何度か旋回した後、真紅郎の身体へと飛び込んだ。
全ての煙が体内に吸収される。
藤巻の記憶が真紅郎と、柊姫と一体化した八神家臣たちに共有される。
「兄者」
まだ独り、藤巻の体験を知らぬ蒼百合が訊ねた。
真紅郎が口を開く。
「藤巻さんを斬った女が居る」
「女?」と蒼百合。
「誰かは分からない。美剣の仲間だろう。おそらく、黄魔はその女と美剣隼人に斬られた」
「くっ」
蒼百合が唇を噛む。
切れ長の眼が、怒りに激しく燃えている。
「兄者」
蒼百合の押し殺すような声に、真紅郎は妹の決意を感じた。
「私は美剣隼人を討つ」
「蒼百合…」
「兄者はこのまま、柊姫様と降霊術の女の所へ行って」
「しかし…」
「黄魔の魂が帰ってこない」
「………」
「兄者も感じたはず。黄魔が…この世から消えたのを」
兄と妹は、しばらく見つめ合った。
「黄魔は二度、殺された」
蒼百合の両眉が吊り上がる。
「美剣隼人は、私たちを殺す方法を手に入れている。それで黄魔は…」
「ならば、なおさら危険だぞ」
「私は負けない。必ず美剣隼人を倒す。降霊術の女は美剣燐子と、いつまでもいっしょに居るとは限らない。兄者は先に行って、女の身柄を押さえて」
「蒼百合…」
「大丈夫、任せて」
蒼百合が、にこりと笑って見せる。
妹の決心は揺るがない。
真紅郎には、それが分かっている。
蒼百合に背を向けた。
「美剣隼人たちを片づけたら、すぐに戻れ」
真紅郎が言った。
「分かってる。必ず追いつくよ」
蒼百合が返す。
そして、夜の街道で兄と妹は別々の方向へと歩きだした。
再び、出逢えると信じて。
黄魔を斬った二日後の夜。
美剣道場への道をひた走る隼人の前に、すらりとした女の影が立ち塞がった。
「美剣隼人」
女の影が呼んだ。
隼人が足を止め、身構える。
女の影から発散されし、尋常ならざる殺気と邪気が八神家臣であると、はっきり告げていた。
「よくも、黄魔を斬ったな」
女の声は憎しみに満ちている。
「ああ」
隼人が答えた。
こちらは落ち着いている。
「俺が斬った」
「お前は私が斬る」
蒼百合が宣告する。
「受けて立つ」と隼人。
隼人の隻眼が蒼百合を油断なく見つめる。
「女はどうした?」
蒼百合が訊いた。
「女?」
「お前の仲間だ。こちらの藤巻を斬った女」
「ああ」
隼人が苦笑する。
「静香さんは、もう居ない」
「ならば一対一だな」
蒼百合の言葉に隼人が頷く。




