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空中の無数の刀が動きだすのと同時に、隼人が吼えた。
「俺流、双昇牙!!」
それは静香の居合いに酷似した斬撃。
身体の捻りが元に戻る勢いで、白虎と青龍が放たれる。
黄魔もすぐさま、長刀を振り下ろす。
が。
すでに隼人の顔がこちらを向き、見開いた右眼が強烈な赤光を疾らせていた。
黄魔の剣よりも速い二刀が、天へと逆昇る。
白虎と青龍の刃身によって、黄魔が股下から脳天まで斬り裂かれた。
それと同時に二人に向かい突進していた無数の刀が、全て黒い煙へと変化し、霧散した。
血しぶきを上げ、切断された部分が、ゆっくりとずれていく黄魔の口が、たどたどしく動く。
「お…のれ…美剣…」
黄魔の双眸から、光が失われていく。
「兄者と…姉者が…必ず…お前を殺す…」
そこまで言った黄魔が、後方にばたりと倒れた。
黄魔の死体から、先ほどの藤巻のように黒煙が噴き出す。
しかし。
その煙は空中で消失していく。
魔祓いの力を持つ白虎と青龍によって、黄魔は完全に滅せられたのだ。
魔剣鍛冶、鵺の言葉は嘘ではなかった。
隼人が二刀を鞘へと納める。
青龍を右腰へと差し直した。
背後に近づく気配に、隼人が振り返る。
静香が、すぐ側に居た。
その両眼はてらてらと輝き、口の両端が、ぐいっと吊り上がっていた。
「隼人」
静香が言った。
興奮を隠しきれない声だ。
「強くなったな」
静香の刺すような眼差しを受け止める隼人。
その右眼が再び、ゆっくりと閉じていく。
(オレは疲れたから休むぜ)
右眼の声が隼人の頭に響いた。
「もっともっと強くなれ、そして」
静香が続けた。
「私と勝負しろ」
「え!?」
隼人が戸惑う。
「何で俺が静香さんと…」
「お前が強くなるからだ。私は強い者と戦いたい。そのために、この世に甦ったのだからな」
「嫌だよ」
隼人が顔をしかめる。
「鬼道城で一度は斬り合っている。何を恐れる?」
「あのときは…静香さんが竜丸を斬ろうとしたから…仕方なく…」
「お前にその気はなくとも、強くなれば私と必ず戦うときが来る。戦わねば、私に斬られて死ぬだけ。それが嫌なら、観念して戦うことだ」
静香が、ぞっとする笑顔で言った。
冗談ではなく、本気だと隼人には分かった。
静香は地獄から生き返ってまで、剣術勝負の道を選んだ女。
斬って斬って斬りまくる修羅道を進む者なのだ。
元々は日の本そのものを斬るという狂気を持つが、それが叶わぬ今、強者を斬ることで気を紛らわせる日々。
隼人の実力が、とうとうその眼鏡にかなう領域まで来たという証明か?
「俺は絶対に静香さんとは戦わない」
隼人が、きっぱりと言い切った。
「ふふふ。いくらでも、やりようはある。お前が、このまま順当に強くなれば、私との勝負が待っている。それを忘れるなよ。今から楽しみだ」
にやりと笑って、静香は隼人に背を向けた。
離れていく。
すでに夕陽は落ち、辺りを闇が包んでいる。
「俺は戦わない!!」
もう一度、隼人が言った。
静香が振り返らず、右手を軽く振る。
「私と勝負するまでは死ぬなよ」
そう言った静香の姿が、闇の中へと消えていった。




