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隼人が前に出る。
両脚を開き、腰を落とし、白虎と青龍に手を伸ばす。
いつもの構え。
黄魔が八相に構える。
その小柄な身体から、猛烈な邪気が一気に噴出した。
隼人の隻眼が、かっと見開き、背筋がぞくりとなった。
(この感じは!!)
真紅郎の謎の刃によって腹を斬られる瞬間の感覚。
あのときに似ている。
突如、黄魔の背後の空中に、何本もの刀が出現した。
その数、三十本は下らない。
全ての刃先は隼人に向いている。
これには隼人の後ろ、やや離れた位置に陣取っていた静香も眼を見張った。
「妖しい技か?」
「獅子流」
黄魔が不敵に笑う。
「怨霊剣、黄」
一度は敗れた真紅郎と似た剣気を放つ黄魔。
隼人はそれに気圧され、怯え震えるのか?
否。
非凡の少年剣士の顔を見よ。
笑っている。
楽しくて堪らないという風に笑っている。
隼人が、ぺろりと唇を舐めた。
黄魔に向かって走りだす。
「美剣、死すべし!!」
黄魔が叫ぶと同時に、空中の刀が一斉に隼人に突進した。
隼人の二刀が鞘走り、自らに向かってくる刃を次々と弾き返す。
刀たちは衝撃で回転しながら飛ぶが、地に落ちはしない。
刀の壁を掻き分けつつ、隼人は走る。
自らの二刀が敵に届く間合いを目指し、突撃する。
それを見た黄魔は地を蹴り、後方へ跳んだ。
薄笑いを浮かべる黄魔の前方に、いつの間にか新たな刀たちが出現していた。
ここまで弾かれた刀たちも、刃先を隼人に向け直す。
今や隼人は無数の刀に全方向を包囲された状況であった。
「あはは!!」
黄魔が大笑いする。
「引っかかったね!!」
ずらりと並ぶ刀の壁に、隼人の足が止まる。
数が多すぎる。
果たして、黄魔までたどり着けるのか?
だが、もはや引き返せない。
(行くしかない!!)
(ちょーっと待ったーーーっ!!)
頭の中で響く声。
新しい右眼であった。
(何だ!?)
隼人が、やや苛立つ。
(オレの計算だと、この数の刀は捌けない。確実に死ぬぜ)
(それでもやるしかない!!)
(馬鹿やろーーーっ!!)
右眼が怒鳴った。
(お前はそれでいいかもしれねえが、オレまで死んじまうだろうがーっ!!)
動きを止めた隼人を見つめる静香の片眉が、ぴくりと上がる。
(この程度か、隼人…)
もちろん、隼人が窮地だからといって、助ける気は毛頭ない。
(ここで倒されるなら、それまで)
そう思っている。