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後ろを向いた静香の全身から、すさまじい殺気が発散されている。
一見、無防備に見える静香の構えは、その実、隙が無い。
藤巻を斬らんとする気迫に満ち満ちている。
「ぬうう」
藤巻の顔に脂汗が浮かび、滴り落ちる。
藤巻の邪気は、静香の妖気で中和され、何の効果も及ぼさない。
自らの技量のみで勝負するしかなかった。
「藤巻さん!!」
背後から黄魔が心配そうに叫ぶ。
その声が藤巻の背中を押した。
「死ねっ!!」
必殺の気合いと共に、藤巻が跳んだ。
大上段から、両腕に持った長刀を一気に振り下ろす。
藤巻の殺気に静香が反応した。
両眼が爛爛とした輝きを放つ。
長刀が鞘走り、捻られた上半身が、瞬時に元に戻っていく。
藤巻は静香の美しい顔が、こちらに向くのを見た。
静香の口元は微かに笑っていた。
振り下ろされた藤巻の刃が、捻った身体を戻す力を加えた静香の跳ね上がる刃と激突する。
甲高い音が響き、藤巻の刀が半ばほどから折れ飛んだ。
そのまま、天に伸びていく静香の刃は、藤巻の顎先から頭頂部までを一瞬で断ち割った。
藤巻が、くるっと半回転し、背中から地面に倒れる。
静香が長刀の血を払い、鞘に納めた。
「弱いっ!!」
静香が吐き捨てた。
その表情は、何やら不満げだ。
静香の斬撃を見た隼人が、あまりの剣の冴えに感心のため息を洩らす。
「あの居合い技…」
隼人の瞳が、きらりと輝く。
静香の動きに、何かを閃いたか?
藤巻の死体から黒煙が噴き出し、上空を旋回し始める。
頭を割られた人骨が、地に現れた。
黒煙の中心に藤巻の顔が浮かぶ。
「黄魔、すまん! 拙者は柊姫様の元…真紅郎の身体へ行くぞ! お前は無理をするなよ!!」
そう言って藤巻の黒煙は、彼方へと飛び去った。
「しょうがないなー、藤巻さんは。後始末は僕の役目か」
黄魔が笑った。
「二人とも地獄に送ってやるよ!!」
静香も笑った。
「私を地獄にだと? その地獄から甦り、今も現世で地獄をさ迷っているというのにか?」
黄魔が長刀を抜き、前に踏み出す。
静香が再び、居合いの構えを取ろうとした、そのとき。
静香の肩に手を置いた者が居る。
「静香さん!」
隼人だ。
「何だ?」
後ろを見ずに静香が返す。
「そいつは俺の刀でしか殺せない。代わってくれ!」
静香が振り返った。
隼人の不退転の決意を秘めし隻眼が、静香を真っ直ぐに見つめた。
「ふ」
静香が口元を緩める。
「いいだろう。お前の腕前を私に見せてみろ」
静香が隼人の背後へ退がった。




