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「そだっ!!」
急にターシャが気づく。
「美剣さん、ひどい怪我を中村に治してもらったのですか?」
「うん」
隼人が頷く。
ターシャが左手首を眼の前に上げ、右手で触れた。
手首の金色の帯から、複数の線状の青い光が発する。
青い光は隼人の顔を照らし、そこからゆっくりと、つま先まで下りていく。
ターシャの眼鏡に隼人が見たこともない文字や模様が浮かんだ。
「これは!?」
ターシャが眼を見張り、両手を口に当てた。
「右眼が機械眼に!! ナノマシンも体内に居ます!!」
ターシャの視線が隼人に戻る。
「美剣さん…」
ターシャの瞳がみるみる潤み、涙眼となった。
あふれた涙が、ターシャの頬を伝い落ちる。
「ターシャさん!?」
隼人が狼狽え、再びターシャに近づく。
ターシャは左手で隼人の胸をそっと押さえ、動きを制した。
「俺…ごめん…」
隼人がそこで口を閉ざす。
中村を逃がしたことが、泣くほどターシャを傷つけたのかと思った。
しかし、隼人には、ああする他なかった。
命の恩人と想い人との板挟みである。
「ううん」
ターシャが首を横に振った。
「美剣さんは悪くないです。中村は時間軸に干渉する犯罪者。彼と協力者のTCが悪いの」
ターシャが右手を伸ばし、閉じられた隼人の右瞼に触れた。
「こんな物を入れられてしまって…」
隼人はターシャの涙の原因が、自分に対する憐憫であると気づいた。
(この人は…俺を心配して…)
隼人は想い人の優しさに、さらなる思慕の念が燃え上がるのを感じた。
何となくではない。
完全に好きになっていた。
「ターシャさん、俺」
そこまで言った隼人の口に、ターシャの右手の人差し指が縦に押しつけられた。
「黙って、美剣さん」
ターシャが耳元で囁く。
「美剣さんの体内にある機械眼を本当は回収しなくちゃならないのです…」
ターシャの小声は続く。
驚きっぱなしでターシャと美剣を見つめている針と糸には、二人の会話は聞こえない。
「でも、そうすると美剣さんは死んでしまいます…」
「………」
「なので…基本的にはいけない…厳密にはいけないのですが…」
ターシャの両瞼が、ぱしぱしと瞬く。
「私はここには来ましたが…美剣さんとは逢ってません。いいですか、もう一度言いますから、よく聞いてくださいね」
ターシャが真っ直ぐに隼人を見つめる。
「私は美剣さんとは出逢ってません。中村だけを見つけて、その後、逃げられました。良いですか?」
「え?」
隼人は戸惑い、首を傾げた。
そんな口裏を合わせる意味が果たしてあるのか?
誰かが調べにくるとでも?
「良いですか、美剣さん!!」
ターシャのすごい気迫。
「う、うん、分かった」
隼人は、とにかく頷いた。
「美剣さんと、また逢えたのは嬉しかったです。中村に助けられてしまったのは癪だけど」
ターシャが、にこりと笑った。
(かわいい!!)
隼人が赤くなる。




