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隼人は自らの足腰の動きを確かめ、問題なしと分かると、糸が居るにも関わらず頓着せずに寝間着を脱いだ。
新しく用意された着物をあっという間に身に着ける。
ここに勇ましき少年剣士は復活した。
新たな着物と山袴。
魔祓いの力を秘めし、白虎と青龍。
右眼にあった刀の鍔の眼帯は、真紅郎に斬られ無くなっている。
右眼は閉じられた状態。
「もう、行くつもりかい?」
中村が訊いた。
隼人が力強く頷く。
「奴らを追わないと」
「彼らは剣の素人の私から見ても、異常な強さに思えたが…」
「それでも行かないと」
隼人が、にかっと笑った。
「中村さんに助けてもらった命は無駄にはしません」
「うむ」
中村が頷いた。
「君の言葉は信じられる。何というか…すっと心に入ってくるね。私は武運を祈るとするよ。そこまで送ろう」
隼人と中村、針と糸は家の外へと出た。
そこは小さな集落だった。
頭上には月が出ている。
真紅郎たちは、どれほど先を行っているのか?
敵が美剣道場に着く前に追いつかねばならない。
隼人は目的地への道を針に訊いた。
幸いにも、それほどの複雑さではない。
後は時との戦いとなるか。
今一度、三人に礼を言った隼人が前方の雑木林へと踏み込もうとした、そのとき。
林の中から何者かが、こちらに歩いてくる。
若い女だ。
いやに肌が白い。
肩までの髪は月明かりで、きらきらと光る金色。
眼鏡をかけている。
その奥から隼人を見つめる瞳は青く澄んでいた。
着物は白と朱の踊り手衣装。
左手首に金色の細い帯のような物を巻いている。
「ターシャさん!!」
隼人が歓喜の声を上げた。
あまりの嬉しさで、ほんの一瞬、他の全てを忘れかける。
「ええ!?」
「未来」国の女、ターシャのそばかす顔が驚く。
「み、美剣さん!?」
みるみるターシャの白い顔が赤く染まる。
かつて魔武士、円月に襲われたターシャを隼人が助けて以来の再会であった。
隼人の恋心はすでに明らかであったが、ターシャの方はといえば。
隼人と別れた後に、奏を含む仲間たちと共に魔武士総大将、魔獣激情斎と戦った。
その際に敵の幻術によって、隼人に告白される生々しき夢を見た。
褒められるだけ褒められてから、叩き落とされる悪夢。
隼人を見た途端に、そのときの情景が一瞬で甦り、身体が熱くなったのであった。
「時間管理局」のエージェントであるターシャは、許可の無い時間軸への干渉を禁じられている。
もちろん、別時間の人間との恋愛など、重大な職務違反に当たる。
(あわわ。まさか、こんなところで美剣さんと再会するなんて…)
ターシャは慌てに慌てた。




