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中村は隼人の顔を両手で触り、左右の眼をつぶさに調べた。
中村が片手の指を三本立てる。
「何本か分かるかね?」
隼人は答えた。
無論、右眼は見えず、左眼だけの視界だ。
中村は何度か視覚の検査を続けた。
それが終わると「よし。上手くいったようだ」と笑顔を見せた。
「君は運が良かった」
中村が手伝って、隼人の上半身を起こさせる。
腹の傷は少しも痛まない。
(そうだ、左腕!!)
隼人は自らの左腕を見た。
ある。
何も変わっていない。
試しに動かしてみる。
腕も指も申し分なく動く。
(そんな…あれは夢だったのか?)
隼人は首を横に振った。
真紅郎との戦いの子細は、はっきりと覚えている。
間違いなく現実だ。
しかし、大怪我は完全に治ってしまった。
あまりに不可解であった。
ここで、ようやく隼人は周りの様子に注意を向けた。
自分が寝ている布団は、質素な造りの民家の中にあるようだ。
正座した中村の後ろでは、二人の男女がこちらを見つめている。
両方とも三十代手前ほどか。
地味でゆったりとした着物を着ていた。
隼人が見たことがない独特の形の物だ。
「良かった」
女が言った。
満面の笑み。
中村が二人を振り返る。
「あなた方のおかげです。魔糸の技は『未来』国の技術にも匹敵する精度を持っている」
中村が言った。
二人が顔を赤らめる。
「もう使うこともないと思っていましたが。人助けに役立ったのは素直に嬉しい」
男が言った。
中村が頷く。
「これからも守っていくべき技です」
中村の顔が再び隼人に向く。
「君が倒れたのは昨日だ。私の『未来』国の仲間に、この『魔糸使いの里』まで運んでもらった」
「昨日…仲間?」
隼人が繰り返した。
まだ頭が少し、すっきりしない。
「ああ。彼女は忙しいので、もう帰った。マトリョ・シーカという。君の命の恩人だよ」
「マトリョ…」
「まだ、しばらくは本調子が出ないかもしれない。それも右眼のAIに制御されたナノマシンが上手く調整してくれる。問題が無くなれば、ナノマシンは体外に出て、私の元に戻る。もう心配はない。君の度外れた頑強さ…フィジカルとメンタル…ああ、精神力の強さが回復を早めた」
中村が再び、後ろの二人を振り向く。
「君の腹の傷と左腕はこちらのお二方、針さんと糸さんが縫ってくれた。魔糸という代々、伝承されている技だよ」
この辺りで、ようやく隼人の頭は、はっきりとし始めた。
微笑む針と糸に、隼人は頭を下げた。
「ありがとう」
隼人の言葉に二人が頷く。
隼人は中村にも頭を下げる。
「中村さん、本当に助かりました」
「ああ。礼はいらないよ」
中村が笑った。
「春馬の友人は、私の家族も同然だからね」
隼人はもう一度、深々と頭を下げると、すっと立ち上がった。
隼人に着せられた寝間着は、針と糸の着物同様、やや珍しい型の物であった。
枕元を見れば、やはり見たことのない型の着物と山袴が置かれてある。
そのすぐ横には隼人の二刀、白虎と青龍。
二刀が隼人を心配するかのように、きーんと甲高い音を一瞬、立てた。




