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「奇妙斎様!!」
陽炎が叫んだ。
「むう」
奇妙斎が唸る。
その双眸が、いつもの柔和さを無くし、猛烈な気迫を宿した。
「やらぬ後悔なら」
長刀を八相に構える。
「やって後悔するか」
奇妙斎から立ち昇るすさまじい剣気に、燐子は戦慄した。
これが剣豪「紫雲」の本気か。
祖父の「大剣豪」美剣に負けず劣らずの威圧感であった。
「でぇぇぇーーーいっ!!」
奇妙斎が烈迫の気合いと共に刀を振り下ろす。
奇妙斎の持つ刀はなまくらにも関わらず、首飾りから先に伸びた黒煙の根本を強烈な斬撃が寸断した。
「ぎゃああああああっ!!」
耳をつんざく大絶叫が響く。
黒煙が柊姫の身体から離れ、本堂の天井まで上がる。
煙が晴れたその場には、首飾りをつけた首無しの女の身体と。
柊姫の首が転がっていた。
かっと見開いた両眼は、先ほどまでの黒一色ではなく、常人のものであった。
「やった!!」
燐子が叫ぶ。
「否」
奇妙斎が冷静に言った。
その視線は頭上で渦巻く黒煙に向けられている。
そこには五人の八神家臣と、新たに柊姫の顔が浮かんでいた。
「お…おのれ!!」
柊姫が怒声を上げる。
「魔力が…魔力がほとんど失われた!!」
柊姫の顔は悔しさに醜く歪んでいる。
「よくも…よくもやってくれたな!!」
「姫様」
柊姫の隣の後藤がなだめるように声をかける。
「不幸中の幸いにも、真紅郎たちな生きております。そちらに合流すれば、分け与えてある魔力が残っておりましょう。この戦い、まだ負けたわけではありませぬ!」
「むぐぅ…」
柊姫の刺すような視線が、燐子に向けられた。
「美剣燐子!! 必ずお前を殺す!!」
次に陽炎と奇妙斎に眼を向けた。
「お前たちも覚えておれよ!! 霊を呼ぶ女は絶対に手に入れてみせる!!」
そう吐き捨てると、柊姫と八神家臣を浮かべた黒煙は、猛烈な速さで本堂の入口から外に飛び出した。
静寂が訪れる。
「どうやら」
奇妙斎が言った。
「厄介事は、まだ続くようじゃのう」
その顔は心底、面倒そうであった。
隼人の両刀が真紅郎の二刀を押さえ込む。
我流の「真覇突き」をしのがれたとはいえ、ここまでは互角。
次なる攻撃に移る。
そう考えた瞬間。
隼人の腹は斬られていた。
まるで見えない刀に裂かれたかのように。
「怨霊剣」
真紅郎が笑う。
「赤」
そして一瞬のうちに、左腕と右眼が斬られ、隼人は地に倒れた。
「うわああああーーーっ!!」
自身の絶叫と同時に眼が覚めた。
眼前に男の顔がある。
真紅郎…否、中村紋人の顔だ。




