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「この鬼庭誠志郎、ぬかったわ。女の手を借りる策を弄したとはいえ『大剣豪』美剣を倒した腕前。恐ろしき強さよ」
生きていたときと全く変わらぬ調子で鬼庭が言った。
無法丸は口を横一文字に引き結び、油断なく鬼庭の顔を見つめている。
八神家用人の顔は周りを渦巻く黒煙と同じく、時に形を変え、ぐにゃぐにゃと歪んだ。
死人の如く真っ白かと思えば、次の瞬間にはどす黒く染まる。
「せっかく柊姫様のお力で、この世に甦ったというのに早々に身体を失ってしまうとは」
鬼庭が続けた。
(甦った…)
無法丸が眉をしかめる。
(では、元々は死人ということか?)
無法丸は以前、死より甦りし者に出遭っている。
その者とは別の種類の怪しき力で鬼庭は現世に甦っているのではないか?
無法丸の直感が、そう告げていた。
他の死人とは「気配」というか「色」というか、言葉では言い表しにくいが何かが違うと感じる。
「この手で美剣一族に意趣返し出来ぬのは断腸の想いだが」
鬼庭の顔が歪む。
「身体は二度死のうとも、魂は柊姫様の元に戻り、奴らの最後を見届けるとしよう」
鬼庭の顔が黒煙と共に、さらに上空へと舞い上がった。
「さらばだ、無法丸!!」
「待て!!」
無法丸が左手を伸ばし引き止めたが、鬼庭の顔と煙は恐るべき速さでもって、あっという間に飛び去っていった。
無法丸だけが残された。
「ふう」
無法丸が身体の緊張を解く。
とりあえずは敵を退けた安堵はあったが。
すぐに、その眉間にしわが寄った。
折れた木刀を地面に放り投げ、右手で顎を触る。
ある心配が無法丸の心に重くのしかかっている。
自らに振りかかる火の粉には、なかなかに無頓着な男であった。
が。
これが縁のあった者たちのこととなると、様相は完全にひっくり返ってしまう。
(隼人…)
鬼庭の言った復讐の相手。
美剣隼人の姿が脳裏に浮かんだ。
野獣の如き剣気を持った隻眼の少年剣士。
偶然の流れから、恐るべき「魔物」との戦いで共闘した仲であった。
まだ十六、七の若さというのに、すさまじき技量を持つ。
そして、その闘気たるや祖父である「大剣豪」美剣と同等、否、もしやするとそれをも凌ぐかと無法丸は推察している。
鬼庭が無法丸ではなく、隼人と戦っていたとしても軍配は隻眼の少年剣士に上がっていただろう。
(しかし…)
無法丸の心が、ざわざわと騒ぐ。