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奇妙斎の剣撃によって開かれた柊姫への道。
奇妙斎の頭に左手を着き、両脚を開いて飛び越えた陽炎が突っ込む。
「こら!!」
踏み台扱いされた奇妙斎が怒る。
このとき、後方の影槍が燐子を串刺しにせんと迫ったが、全て美剣流の剣撃に防がれた。
やはり燐子も非凡である。
奇妙斎の頭から離れた陽炎の左手が懐へと入る。
「魔祓いの首飾り」を取り出した。
柊姫の胸元より、さらなる影槍が飛び出し陽炎に突進したが、やはり生きたまま捕らえんとする動きが、つけ入る隙を与えた。
影槍のあるものは右手の小刀で弾き、あるものは空中で巧みに身をかわし、陽炎は柊姫の斜め頭上へと到達する。
左手から「魔祓いの首飾り」が放たれた。
あらかじめ緩められ、充分な大きさとなった輪は、敵の首にすっぽりとはまった。
柊姫が怪訝な表情を浮かべる。
「ネコノミコン」の力を得た今、自身が並みの武器などで害される恐れがないのは分かっている。
しかし、敵の行動はあまりに不可解だ。
こんな首飾りなど、何の役に立つというのか?
そう思った次の瞬間。
劇的な変化が起こった。
すさまじい衝撃が柊姫の全身を襲った。
まるで、ずっと雷に打たれているのではと思うほどの痛みだ。
「ぐおおおーーーっ!!」
柊姫が苦悶の叫びを上げる。
両手で首飾りを掴み、外そうとするが、触れれば激痛が走るため、何度やっても上手くいかない。
柊姫が板間に倒れ込み、のたうち回る。
全ての影槍が消失し、陽炎、燐子、奇妙斎の三人は柊姫の様子を食い入るように窺った。
「これは…」
燐子が驚く。
陽炎と奇妙斎は無言だ。
以前、この首飾りを使い、小諸竜丸と、鬼道信虎なる魔物を分離させるのに成功している。
その際は信虎の力を弱められはしたものの、とどめを刺すまでには至らなかった。
そのため、陽炎と奇妙斎の緊張は、かえって高まっている。
そもそも柊姫が、どのような状態なのかさえ、分かっていないのだ。
もがき苦しむ柊姫の身体からは黒煙が上がっている。
後藤が死んだ後に魂となって逃げた煙に似ているが、今回のものは柊姫から離れると端から蒸発し、消えていく。
心無し、柊姫の身体が小さくなっているように見えた。
「ぬおおおっ!!」
獣の如く柊姫が吼えた。
這いつくばった姿勢から、頭を上げる。
真っ黒な双眸が火を吹かんばかりに見開かれ、ぎらつく。
「あ!!」
陽炎が声を上げた。
柊姫の首の辺りに黒煙が渦巻き、頭が前へとせり出してくるのに気づいたからだ。
まるで、頭が「魔祓いの首飾り」から遠ざかろうとしているように見える。
黒煙はあっという間に頭全体を包み、さらに先へと伸びた。
煙の中に後藤の顔が浮かんでは消える。
そして陽炎、燐子、奇妙斎の三人は知らぬ顔であったが、鬼庭、酒井、加藤、猿助も出現しては消失するのを繰り返した。
あまりの怪事に三人の顔色が青ざめる。




