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二人は美剣隼人に向かわせた。
さすがに二人がかりなら、むざむざ遅れは取るまい。
仇を討ったという朗報を待っていると、後藤の魂が戻ってきた。
後藤は美剣燐子をあと一歩まで追い詰めたが…途中で思わぬ邪魔が入った。
そこで激しい意識の混濁が起こり、後藤の報告が柊姫には聞き取れなくなった。
後藤が何かを必死に話しかけてくるのは、朧気に覚えている。
しかし、それが何だったのかは思い出せない。
混乱が収まってくると、次に甦らせる家臣へと気が移った。
残った八神家臣は四人。
獅子三兄弟と藤巻である。
思考の混乱さえなければ、真っ先に生き返らせたかったのは獅子三兄弟であったが、結局は最後になってしまった。
(真紅郎ならば、必ず美剣一族を葬ってくれようぞ)
その確信が柊姫にはある。
藤巻が甦り、次に黄魔、そして蒼百合。
いよいよ真紅郎を生き返らせるとなったところで、加藤と猿助の魂が帰ってきた。
二人の魂と柊姫が混ざり合う。
これで柊姫の中には、鬼庭、酒井、後藤、加藤、猿助の魂が居る状態だ。
加藤は美剣隼人に敗れ、猿助は正体不明のくのいちに倒されていた。
またも魔剣士を倒しうる人間が現れた。
どれほど運に見離されているのか。
しかし、柊姫の恨みはこの程度では消えはせぬ。
八神家臣最後の一人、獅子真紅郎を甦らせた。
四人の魔剣士を集め、美剣隼人の殺害を命じる。
そして。
ついに真紅郎が美剣隼人を倒した。
ようやく、仇の一人を討ったのだ。
次は美剣燐子。
そして二人の子を殺され、失意のどん底に落ちるであろう美剣宗章を最後に殺す。
そこまでが柊姫の復讐である。
「姫様!!」
頭の中で、誰かの声がした。
使える魔力が増え、それなりに制御は出来ている。
しかし、不規則に襲ってくる意識の混濁は一向に改善されない。
下手をすれば、半日ほど思考が定まらないときもあった。
「姫様!!」
また、声がする。
これは後藤の声だ。
そういえば、戻ってきた後藤の魂は何かを必死に訴えかけていたような…。
だが、後藤の話は柊姫には聞こえなかった。
あるいは聞いたにも関わらず、忘れてしまったのか?
そうは思いたくはないが…。
「姫様!! 美剣の小娘が、そこまで来ております!!」
「美剣の…小娘…?」
「美剣燐子です!! もう、その戸の前まで!!」
「な…何じゃと?」
本堂の閉めきられた暗闇の中で座っていた柊姫は、靄がかかったような思考から、ようやく脱した。
そこで正面の雨戸が、さっと横に開く。
逆光に塗り潰された二つの影。
否、その影たちの足元にもうひとつの小さな影がある。
二つの影は美剣燐子と陽炎。
小さな影は陽炎に奥襟を掴まれ、ずるずると引きずられた奇妙斎であった。




