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さて、この尼寺の離れの蔵に何かが隠されていると、一年ほど経った辺りで柊姫は気づいた。
尼たちは蔵に無闇に人が近づくのを禁じている。
柊姫の好奇心は猛烈に刺激された。
尼たちがあれほど恐れるものとは何か?
それは日頃、清廉潔白さを口が酸っぱくなるほど説く彼女たちが嫌うもの。
すなわち、憎しみの闇に染まる自分と同じ類いのものではないか?
柊姫は、そう推察した。
しかし、彼女はすぐにそれを確かめるほど愚かではなかった。
何も考えず迂闊に行動しては、取り返しのつかぬ結果を生む。
柊姫は美剣家への憎悪が年月と共に少しずつ収まっていくかのように演技し、尼としての日常を過ごす。
その姿に尼たちは感心した。
仏の道が彼女を救ったと考えたのだ。
月日は流れた。
寺での柊姫の立場は最初の頃より、大きく変わっていた。
周りの誰もが彼女の尼としての第二の人生が始まっていると思い込んでいたからだ。
しかし、彼女は依然として、紛れもなく柊姫であった。
他の何者でもない。
美剣家が滅ぶのを望む八神家の唯一の生き残りだ。
古株の尼たちは柊姫を信用し、ついに蔵に隠されたものについて、語り始めた。
あろうことか、自分たちが亡き後の「そのもの」の管理を柊姫に託そうと考えたのだ。
盗人に金庫番を頼むようなものである。
蔵に隠されしもの。
それは他の世界より現れた「ネコノミコン」なる書物の破られた一枚であるという。
たかが紙切れ一枚にも関わらず、その魔力は度を越していた。
大昔にこれを発見した高僧は、この紙片が世に災いを及ぼすのを恐れ、己が法力をもって箱の中へと封印した。
そして、この尼寺の開祖に預けたという。
箱は離れの蔵に厳重に保管され、年月は過ぎた。
当初は箱の外側を守っていた結界も月日と共に徐々に弱まり、今は箱の中の封印にこそ問題はないが、封じた札を簡単に剥がされる危険が生じていた。
寺はこの事態を大変、憂慮し、魔祓い師の協力を仰ぎ、何とか再封印を施そうと検討していた。
その段取りの責任者の一人に、柊姫を抜擢しようというのだ。
これは尼たちの完全なる失敗であった。
周りの全てを欺き、己を殺し耐え続けてきた柊姫の復讐心が勝利するときが、ついにやって来た。
尼たちより「ネコノミコン」の箱の存在を打ち明けられたその日の深夜、柊姫は迷わず行動した。
魔力を持つ紙片を使い、積年の恨みを晴らす時、来たれり。
蔵の鉄扉を開ける鍵を盗み出し、闇夜を走った。
あまりに気がはやりすぎ、何度も転びそうになった。
扉を開け、蔵に入った柊姫は封印の箱を探しだし、すぐさま札を破り捨てた。
箱を開けると、中には柊姫が今まで見たこともない字や記号を記した一枚の紙片が入っていた。
紙は茶色がかっていて、日の本のものよりも分厚く、きめが荒く見えた。