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「聞いてんのか、このクソ医者!! そいつはもう、クソ死んでるだろうが!!」
さっきの女の声。
中村の背後から聞こえる。
「いや」
中村が否定した。
「彼は生きてるよ、マトリョ」
「腹と腕の出血で死ぬよ。あっという間に、あの世行きさ」
「私が医療ナノマシンを彼の身体に注入した。フルパワーで出血を遅らせ、代用血液を造りだしている。まだ助かる」
「そんなクソ小僧を助けてどうすんのさ!? 歴史が変わっちまうだろ…」
マトリョと呼ばれた女の声が一旦、止まる。
そして。
突如、爆発的に笑いだした。
「変えちまえ、変えちまえ! いいよ、クソ医者!! お前が助けたいと思ったら歴史を変えりゃいい! それが正解なのさ! あたしたちはその科学技術を持ってる! やりたいようにやればいい! あのクソ『時間管理局』みたいに優等生ぶった奴らは反吐が出る!! この間もターシャとかいうクソブスに煮え湯を飲まされた!! 今度遭ったら絶対にクソぶっ殺してやる!!」
マトリョの延々と続く毒舌が、ようやく終わった。
「マトリョ」
中村が素早く割り込む。
「君の助けを借りたい」
「はあ? 何だって?」
「彼の身体は私のナノマシンで、ぎりぎり生命を保っている状態だ。だが、このままではもうすぐエネルギーが足りなくなる。そうなると彼は死んでしまう」
「そいつは御愁傷様。結局、死ぬ運命だったのさ」
「彼は私が以前、面倒を見た子の友人なんだ」
「知らねえよ」
「どうしても助けたい」
「………」
「君たちTCは、私のように歴史を変える者の味方じゃないのか?」
「………」
「私が彼を助けたら『時間管理局』は、とても嫌がるだろうね」
「………」
「この通り、頼む!!」
「分かった、分かった!! このクソ医者め!! で、何を手伝えって?」
「君の右眼だよ」
「右眼?」
「以前、話しただろ、その眼は機械眼だと」
「よく憶えてるね。確かにあたしの右眼は機械眼さ。いろんな仕掛けやAIも付いてる」
中村の右手が隼人の顔を指すのが見えた。
相変わらず、隼人は自分の身体を動かせない。
「彼の右眼は、もう駄目だ。君の右眼を彼の右眼の代わりにする」
「何だって!?」
「ナノマシンのエネルギーを機械眼から供給させる。AIに制御させれば、さらなる効率化が可能だ。これで当面の生命危機は回避できる」
「時間を稼いでも、腹の傷も切られた腕も治らない。ずっとナノマシンを動かし続けるつもり?」




