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「きええええっ!!」
怪鳥の如く鬼庭が叫ぶ。
両手に持つ長刀が横滑り、無法丸の首をはね飛ばさんと疾る。
烈迫の斬撃は、しかし。
無法丸を捉えず、空を斬った。
無法丸が身体を巧みに屈め、鬼庭の刃をかわしたのだ。
身を屈めたまま、無法丸は敵へと一歩踏み込む。
大きく息を吸った。
「ひゅっ!!」
吐くと同時に右手の木刀が、横殴りに鬼庭の右こめかみを猛烈な勢いで打った。
ありふれた木刀は無法丸の体格、筋肉の量、打ち込む速さ、それらを全て加味した大まかな予想をはるかに越える威力でもって、鬼庭の頭骨を粉砕した。
体内の練気を用いる、名も無き流派の技であった。
敵の頭を砕いたと同時に、木刀は当たった部分から弾け折れた。
「やっぱりか」
木刀を見て、無法丸が言った。
「早く、しっくりくる刀を見つけないとな」
困ったような顔をして、左手で顎を撫でる。
それまで頭骨を砕かれ彫像の如く微動だにしなかった鬼庭が、ようやくどうっと前のめりに倒れた。
無法丸の視線が敵の死体へと動く。
「おっ?」
思わず声が出た。
確実に事切れた鬼庭の亡骸から、しゅるしゅると音を立てて、黒い煙が立ち昇り始めたのだ。
煙は上方へと揺らめき、次々と噴き出して鬼庭の死体を完全に包み込んだ。
黒煙はそこからまるで、ひとつの塊でもあるかのように一斉に浮き上がり、鬼庭の屍を置き去りにした。
「あ!?」
さすがの無法丸も驚きの声を洩らした。
黒煙が離れた地面に横たわるはずの鬼庭の亡骸が、相当の年月を経て黒ずんだ風に見える人骨へと変化していたからだ。
しかし、古ぼけたその骨の頭骨の部分。
すなわち先ほど無法丸と鬼庭の戦いの際に木刀によって打ち砕かれた箇所が、その骨にはっきりと残されているのだった。
黒煙の中で急激に時が早まり、骨を劣化させたとでもいうのか?
わけも分からず、無法丸は険しい顔で人骨をにらみ続けた。
「無法丸!!」
突如、名を呼ぶ声。
無法丸は、ぞっとした。
その声は紛れもなく、ついさっき打ち倒したはずの鬼庭のものだったからだ。
声の方へ視線を上げると。
空中に鬼庭の死体から噴き出した煙が渦を巻いている。
そして、その中心には。
死んだ鬼庭の顔が浮かんでいた。