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魔剣を得る儀式で半日を費やしてしまったが、そこはやむなしと言えた。
白虎と青龍があれば、八神の亡者たちを完全に討てる。
あくまで鵺の言葉が本当ならば、だが。
隼人の脳裏に、ターシャの姿を偽った鵺との一晩がちらついた。
おかしいと思ったんだ。
ターシャさんがあんな…。
否。
そうでないとは言いきれない。
もしかしたら、もっともっと激しいかも…。
隼人はぶんぶんと首を横に振った。
馬鹿、馬鹿!!
何を考えてる!!
あんな目にあったっていうのに…まったく、俺って奴は!!
隼人は自分の頭をぽかぽかと叩いた。
顔が真っ赤になっている。
雑念を振り払い、先を急ぐ。
陽がすっかりと落ちた闇夜に、さすがにどこかで野宿の準備をするかと考え始めたところで。
人の気配がした。
山道を横合いに入った林の先からだ。
(八神の新手か?)
隼人は物音を立てぬよう、そっと気配の方へ進んだ。
木々の隙間。
何者かが、こちらに背を向けて屈み込んでいる。
何やら地面を調べているようだ。
「反応が途絶えた…」
その人物が呟くのが聞こえた。
中年の男の声だ。
だが、隼人の注意は男本人よりも、その背にある白く四角い箱のような物に向けられていた。
「それ」
隼人が思わず言った。
男が、さっと振り返る。
短髪で彫りの深い顔。
三十代後半から四十代ほどか。
旅の商人の風体だ。
藤色の着物。
背は低く、肩幅が張った、がっしりとした体格。
左手首に巻いた金色の細い帯のような物が、月明かりできらりと輝いた。
「『バックパック』じゃないか?」
隼人が訊いた。
男が一瞬、ぽかんとなる。
そしてすぐに表情を引き締めた。
「何だって!?」
独特の、だみ声だ。
「その背中のやつ。『バックパック』だろ? 春馬が持ってたのに似てる」
かつて隼人と共に旅をした源内春馬が、同じ物を持っていた。
「君は春馬を知っているのか!?」
男が驚く。
「ああ」
隼人が頷く。
「あと『エレメントシェル』かな? それも持ってた。もしかして春馬が言ってた師匠って…」
「師匠だって!?」
男が笑った。
「春馬の奴、大げさだな。別にそんな大したことは教えてないぞ」
男が隼人に近づき、右手を差し出した。
「私は中村紋人」
隼人が男と握手する。
「俺は美剣隼人」
「春馬は元気か?」
「うーん」
隼人が眉をしかめた。
「最近は逢ってないんだ。最後に逢ったのは一年ぐらい前。そのときは元気だった」
「そうか。それは朗報だよ」
「春馬は中村さんを捜してる。『未来』国に連れていって欲しいって」
中村が真顔になった。
「春馬は君に話してないのか? 私は『未来』国では罪人なんだ」
「それは聞いた。いったい何をした?」
中村が小さなため息をつく。




