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「否。俺はお前を斬らない」
怒りを抑えた口調で隼人が言い、再び二刀に手を伸ばす。
「だから待ちなって!!」
鵺が天井から畳に降りた。
敵意がないと示すため、両手は挙げている。
「さっきも言った通り、途中で終わったから白虎と青龍の全ての力は使えない。でも魔祓いの力は大丈夫だ。それで殺せば八神の奴らは間違いなく死ぬ」
隼人の隻眼が細まる。
「う、嘘じゃない!」
思わず鵺の声が上ずった。
今や全ての主導権は少年剣士へと移っている。
「あんたは私に腹を立ててるだろ? それは仕方ない…やり過ぎた」
鵺が頭を下げた。
しかし、その両眼は上目遣いに油断なく隼人を見ている。
「ただ、白虎と青龍は何も悪くない。あんたと繋がった以上、兄弟も同然。もう他の奴はその二刀を使えない。どうか連れていってくれ」
隼人は元の二刀に伸ばしていた手を戻し、白虎と青龍を見た。
それぞれの鞘には白い虎と青い龍の意匠を凝らした画が、彫り込まれている。
突然、小さな振動のような甲高い音が、白虎と青龍から鳴りだした。
それはまるで、ようやく巡り会えた持ち主、否、鵺が言うところの兄弟に刀たちが「手に取ってくれ」「使ってくれ」と頼んでいるようだった。
隼人は理解した。
間違いなく、この二刀と自分は繋がっていると。
隼人は新たな二刀、白虎と青龍に手を伸ばした。
掴んだ二刀を白虎は左腰に、青龍は右腰に差す。
驚くほど、しっくりと馴染んだ。
隼人は鍛治場の戸口へ向かった。
「何かあったら」
鵺が隼人の背中に声をかける。
隼人は振り返らない。
「また来るといい。今回の埋め合わせをするよ。許して欲しい」
そのまま出ていくつもりだった隼人だが、鵺の最後の言葉の弱々しさに思わず、足を止めた。
振り返ると鵺がひどくしおれた顔で、こちらを見ている。
ついさっき、騙されたばかりだというのに、妙な同情心が隼人に芽生えた。
その点においては感情の起伏の激しい鵺の、はた迷惑な気質に、もうすでに隼人も巻き込まれ始めているのかもしれなかった。
「今はとても許す気にはなれない。だけど刀に何かあったら、また来るよ」
隼人が言った。
鵺の口元がほころぶ。
そうしていると、まるで無害な女に見えた。
「きっとだよ」
鵺が笑顔で念を押した。
魔剣をふた振り携えた隼人が山道を進む。
鵺の鍛治場を後にしてから、途中で休憩と仮眠は取ったものの、ほぼ丸一日、歩き続けている。
最初に立ち寄った村の逆側の麓に位置する町まで行けば、新たな馬を手に入れられるだろう。
一刻も早く美剣道場に駆けつけたいがための強行軍であった。