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鵺が枕元にある香炉に火を入れた。
甘い匂いが鍛冶場全体に立ち込める。
「白虎と青龍だよ」
鵺が二刀を指した。
「今頃、朱雀と玄武は何処に居るのか…」
鵺が呟く。
それも束の間。
「横になって」
隼人に言った。
隼人は深く息を吸った。
ゆっくり吐く。
覚悟を決めるしかない。
陽菜…否、月影に迫られたときは、いつでも相手をはねのけることが出来た。
月影に他の狙いがあるのも、何となく見抜けていた。
しかし今は状況が違う。
魔剣と持ち主を繋ぐ儀式。
皆目、見当がつかない。
主導権は完全に鵺にある。
そこに漠然とした不安を感じた。
「怖いの?」
鵺が薄く笑った。
青みがかった眼が隼人を挑発するように見つめている。
隼人は自らの二刀を置き、床に仰向けに寝そべった。
「今から」
鵺が隼人を覗き込む。
「あんたと白虎と青龍を繋ぐ。刀に持ち主を教えて、魔祓いの力を発現させる。私が呪文を唱えても、あんたは動かずに居て。なあに、明日の朝になれば何の問題もなく終わってる。あんたは八神の亡霊退治に戻れるさ」
そう言った鵺の瞳に、何か先ほどまでとは違う艶めいたものが輝いたように感じ、隼人の胸がざわついた。
鵺が、さっと床に入る。
隼人にぴたりと身体を寄せてきた。
隼人が息を飲む。
着物越しとはいえ、お互いの肉体がはっきりと感じられる。
二人の心音が重なる。
(これは…やっぱり良くない…)
隼人の顔が強ばった。
「何て顔? 裸じゃあるまいし。どうってことはないだろう?」
鵺の薄笑い。
「始めるよ」
鵺が言った。
ぶつぶつと何かを唱えだす。
耳元で聞こえる、その独特な調子に、いつしか隼人の視界は霞み、鵺の声は遠ざかり、鼻腔から入ってくる甘い香りが全身に染み渡った。
隼人の意識は朦朧となった。
「美剣さん」
耳元で囁く声。
誰だ…。
隼人は眼を開けた。
鵺の鍛冶場の天井が見える。
そうだ…魔剣を手に入れる儀式の途中だった…。
「美剣さん」
まただ。
耳に温かい吐息がかかっている。
声の方を向くと。
「ターシャ…さん…?」
隼人の顔のすぐ近くに、見知った女の顔があった。
抜けるような白い肌。
金色の髪。
日の本の出身には見えない風貌。
そばかすがかわいらしい愛嬌のある顔。
銀縁の眼鏡をかけていた。
恋焦がれた想い人の突然の登場に、隼人の胸は高鳴ったが。
どうも頭の中に靄がかかったようで、すっきりしない。
何やら身体も重く、上手く動かせなかった。
(何だ…これは…?)
何かがおかしい。
そう思った途端、部屋中に充満した香の匂いと、それに負けず劣らず鼻腔を刺激してくる、寝そべったターシャのえもいわれぬ香しき匂いが混ざり合い、思考を彼方へと押し流してしまう。
ものが考えられなかった。