表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美剣伝  作者: もんじろう
42/90

42

 鵺が枕元にある香炉(こうろ)に火を入れた。


 甘い匂いが鍛冶場全体に立ち込める。


白虎(びゃっこ)青龍(せいりゅう)だよ」


 鵺が二刀を指した。


「今頃、朱雀(すざく)玄武(げんぶ)は何処に居るのか…」


 鵺が呟く。


 それも束の間。


「横になって」


 隼人に言った。


 隼人は深く息を吸った。


 ゆっくり吐く。


 覚悟を決めるしかない。


 陽菜…否、月影に迫られたときは、いつでも相手をはねのけることが出来た。


 月影に他の狙いがあるのも、何となく見抜けていた。


 しかし今は状況が違う。


 魔剣と持ち主を繋ぐ儀式。


 皆目(かいもく)、見当がつかない。


 主導権は完全に鵺にある。


 そこに漠然とした不安を感じた。


「怖いの?」


 鵺が薄く笑った。


 青みがかった眼が隼人を挑発するように見つめている。


 隼人は自らの二刀を置き、(とこ)に仰向けに寝そべった。


「今から」


 鵺が隼人を覗き込む。


「あんたと白虎と青龍を繋ぐ。刀に持ち主を教えて、魔祓いの力を発現させる。私が呪文を唱えても、あんたは動かずに居て。なあに、明日の朝になれば何の問題もなく終わってる。あんたは八神の亡霊退治に戻れるさ」


 そう言った鵺の瞳に、何か先ほどまでとは違う艶めいたものが輝いたように感じ、隼人の胸がざわついた。


 鵺が、さっと床に入る。


 隼人にぴたりと身体を寄せてきた。


 隼人が息を飲む。


 着物越しとはいえ、お互いの肉体がはっきりと感じられる。


 二人の心音が重なる。


(これは…やっぱり良くない…)


 隼人の顔が(こわ)ばった。


「何て顔? 裸じゃあるまいし。どうってことはないだろう?」


 鵺の薄笑い。


「始めるよ」


 鵺が言った。


 ぶつぶつと何かを唱えだす。


 耳元で聞こえる、その独特な調子に、いつしか隼人の視界は(かす)み、鵺の声は遠ざかり、鼻腔(びこう)から入ってくる甘い香りが全身に染み渡った。


 隼人の意識は朦朧(もうろう)となった。




「美剣さん」


 耳元で囁く声。


 誰だ…。


 隼人は眼を開けた。


 鵺の鍛冶場の天井が見える。


 そうだ…魔剣を手に入れる儀式の途中だった…。


「美剣さん」


 まただ。


 耳に温かい吐息がかかっている。


 声の方を向くと。


「ターシャ…さん…?」


 隼人の顔のすぐ近くに、見知った女の顔があった。


 抜けるような白い肌。


 金色の髪。


 日の本の出身には見えない風貌(ふうぼう)


 そばかすがかわいらしい愛嬌(あいきょう)のある顔。


 銀縁(ぎんぶち)の眼鏡をかけていた。


 恋焦がれた想い人の突然の登場に、隼人の胸は高鳴ったが。


 どうも頭の中に(もや)がかかったようで、すっきりしない。


 何やら身体も重く、上手く動かせなかった。


(何だ…これは…?)


 何かがおかしい。


 そう思った途端、部屋中に充満した香の匂いと、それに負けず劣らず鼻腔を刺激してくる、寝そべったターシャのえもいわれぬ(かぐわ)しき匂いが混ざり合い、思考を彼方(かなた)へと押し流してしまう。


 ものが考えられなかった。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ