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「縁があってな。全く知らないというわけでもない」
「はっ!!」
鬼庭が鼻で笑う。
「自分の女を殺した者の孫と出遭っても知らんふりか。腰抜けどころか大腑抜けよな」
鬼庭の嘲笑が響く。
「美剣は美剣、隼人は隼人。それだけだろ」
無法丸は、しれっとしている。
鬼庭の嘲りなど歯牙にもかけない。
「で?」と鬼庭。
掴みどころが無い無法丸の様子に少々、焦れてきた。
「聞き捨てならぬとは、どうするつもりだ?」
「お前が隼人に害をなすと分かったからには、もう見過ごせない」
「くくくくっ」
鬼庭が低く笑った。
「見過ごせんだと? 俺を止めるとでも?」
鬼庭の「拙者」が「俺」に変わっている。
「そうなるかな」と無法丸。
瞬時に。
鬼庭の邪気が爆発的に膨れ上がった。
大風の如く、無法丸の全身に叩きつけてくる。
鬼庭が腰の長刀をゆっくりと抜いた。
正眼に構える。
「ふ。腰抜けとはいえ、曲がりなりにも『大剣豪』美剣を倒した男。俺もこちらに戻ってから、日が浅い。肩慣らしにお前を斬ってから、美剣一族を血祭りに上げるとするか」
そう言って鬼庭は、ずいっと無法丸の方に踏み出した。
(戻ってから、日が浅い…?)
無法丸はまたしても鬼庭の物言いに引っかかっている。
どこから戻ってきたというのか?
そのことと鬼庭が現状を柊姫より聞いたという話に関係があるのだろうか?
敵の禍々しくも恐ろしい剣気を浴びながらも、無法丸の脳裏を駆け巡るのは恐怖とは程遠い小さな疑問であった。
どうもすっきりとしない。
近寄ってくる鬼庭に対して、腰の木刀を右手に持ち、右肩に担ぎつつ、右側へと回り込む。
それは、背後にある縫の墓を万が一にも斬り合いに巻き込みたくないという配慮からであった。
相対する二人の顔を夕陽が赤々と照らす。
鬼庭の顔は最初に見せていた優しさの仮面はどこへやら、眼の前の敵を斬り伏せる気迫で凶暴に歪んでいる。
一方の無法丸は、この状況においてもさして変わらず、飄々とした涼しさを漂わせていた。
確かに鬼庭の剣気は、今までの数多の戦いでも感じたことのない異質なものである。
しかし。
身が怯むほど恐ろしいかと問われれば、けしてそうではない。
もっと強い闘気を放つ敵と渡り合った経験があったからだ。
何ということはない。
ただ、全力で戦うのみ。
鬼庭が一切の躊躇を見せず、刀が届く間合いへと進んで来る。
余程、自分の腕に自信があるのか?
(俺を侮っている)
無法丸はそう思った。