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「陽菜は我と一心同体よ。全ては合意の上。我の姿を見ても、まだ陽菜の心配をするとは人の良い奴…いや、甘い奴。そんな考えでは、いつか足元をすくわれ、取り返しのつかぬ羽目に陥るぞ」
「甘い? 俺が?」
隼人が首を傾げる。
自分では自らの優しさは分からないようだ。
「お前が美剣と繋がっていないのなら用は無い」
月影が言った。
残りの衣服を右手で拾う。
「さらばだ」
月影が焚き火から離れ、木立へ向かって歩きだす。
その背中に。
「月影」
隼人が呼びかけた。
月影が振り返る。
「あまり復讐にとらわれすぎると」
隼人は悲しげに続ける。
「最後は自分が燃え尽きるぜ。呑み込まれて終わる」
月影の双眸の憎悪が、ぱっと火花を散らす。
「お前のような、人を支配する側の人間には我の苦しみは一生、分かるまい」
あまりのむき出しの憤怒に、隼人は思わず黙った。
幼き頃より剣術に明け暮れ、己の出自や境遇について考えたことは、ほとんどない。
十一歳で家を飛び出し、武者修行の旅。
その道中で不当に弱者を虐げる悪を何度も見た。
悪は許せぬ隼人の気質。
必ずそれらを倒した。
隼人には自分が武士、侍という支配階級の感覚は全くない。
庶民と笑い、踊り、食べ、眠る。
そこに垣根は存在しなかった。
しかし今、一人の忍びに隼人は「支配する側」と認識され、激しい憎しみを向けられている。
言い様のない戸惑いと悲しさが、隼人の胸に広がった。
「我は何も考えず主の命をこなし、この世に地獄を造りだす忍びどもを全て殺す。その願いを必ず成し遂げる」
そう言い残すと月影、そして陽菜でもある女は闇の向こうへと消えていった。
暗い表情の隼人だけが、その場に残された。
突然、覚醒した意識に驚き、獅子真紅郎はうなり声を上げた。
全身がぎしぎしと音を立て、活力が漲っていく。
まるで生まれ変わったかのような…そこまで考えた真紅郎は、はたと気づいた。
記憶が甦ってくる。
最後は。
そう「大剣豪」美剣の剣撃によって、首をはね飛ばされたのだ。
そこで全ては止まっている。
ということは、自分は死んだのではなかったか?
冷たい地面に横たわる身体を起こす。




