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隼人の隻眼が開いた。
夜である。
険しい山道を進み、今日のところは野宿で仮眠を取った。
「私が焚き火の番をします」と無理矢理ついてきた陽菜が申し出た。
どちらにしろ休息は必要だ。
ある程度で隼人を起こし交代すると約束させ、ごろりと横になった。
何故、陽菜はついて来るのか?
八神家の怪人との対決を経ても、この謎のくのいちの決意は揺らがなかった。
いくら何でも隼人に恩を感じすぎではないか?
昨日の八神の忍びは、けして弱くはなかった。
それを殺害せしめた陽菜が、隼人との出逢いの際に襲われていた野盗たちに殺されるとは、とても思えない。
そう。
たとえ隼人が駆けつけずとも、陽菜はあの男たちを瞬殺できたはず。
隼人を命の恩人とするには少々、つじつまが合わない。
では何故?
まったく見当がつかなかった。
それでも当面は敵とも思えず、仕方なく放っておいたのだが。
横になった隼人に今、そーっと近づいてくる者が居る。
隼人は隻眼を開け、二刀を静かに引き寄せた。
この相手に敵意あらば、すぐさま斬って捨てる準備を整える。
相手が隼人の背中に触れた。
少なくとも相手に殺意はない。
隼人はさっと身を起こし、近寄ってきた者と向き合った。
陽菜が、そこに居た。
焚き火に赤々と照らされた、一糸まとわぬ美しい裸身。
「隼人さん」
陽菜が呼んだ。
甘えた声。
あっという間ににじり寄るや、その裸体を隼人の胸にぴたりと押し付けた。
隼人の表情は険しい。
鋭い眼光と真一文字に引き結んだ唇。
これはいささか奇異ではあった。
魔祓いの組合所においての奏とのやり取りからも分かるように、美剣隼人は異性との関わりでは、どちらかというと恥ずかしがり屋で純な一面を覗かせる少年である。
それが今、可憐さを持つ年上の娘に抱きつかれ、頬のひとつも赤らめぬのは、どういう風の吹き回しか?
「隼人さん」
再び陽菜が呼びかける。
「好きになってしまいました」
若い女の果実のような甘い息が、隼人の鼻腔をくすぐる。
「どうか、一夜のお情けをおかけくださいませ」
陽菜が溌剌とした肢体で、隼人の引き締まった肉体に、ぐいぐいと迫る。
が。
「お前は誰だ?」
隼人が言った。
その口調は恐ろしく冷たい。
まるで鋭利な刃物であった。
かわいらしい顔で瞳を潤ませていた陽菜が、はっとなる。




