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「頭に乗るなよ、美剣隼人!!」
黒煙の中心に出現した加藤の顔が怒鳴った。
煙の下には古びた骨が倒れている。
「我らは倒されたとて柊姫様の元へと戻り、美剣家殲滅のための助力となる」
加藤の顔が憎しみに歪む。
「柊姫様のお力がもっとご自在であれば、八神家の皆を一度に甦らせれたものを。それならば…全員でかかれば、お前などにむざむざ敗れはせぬ…」
隼人は黙って加藤を見上げている。
「しかし、お前とて八神家最強の獅子三兄弟には敵うまい。お前に万にひとつも勝ち目はないぞ! 首を洗って待っておれ、美剣隼人!!」
獅子三兄弟。
もちろん、隼人はその名を知らぬ。
が、敵がこれで終わりではないと分かった。
加藤の黒煙が空へと消え去っていく。
本来であれば、このまま当初の目的である魔剣鍛冶の所へ一刻も早く進むべきなのだが。
隼人は木立の中に向けて走りだした。
陽菜が消えた方向である。
勝手についてきたのは陽菜だが、八神家との戦いに巻き込んでしまう形となった。
助けなければ。
隼人はそう思い、山中を駆け続けた。
隼人と加藤から離れ一方的に猿助の攻撃を受ける陽菜は、敵の強さに背筋が凍った。
双刀を操る腕前もすさまじいが、敵の全身より発散される邪気がこちらの身体にまとわりついて思うように動けない。
これでは反撃に転じる隙が無い。
「美剣家に味方するとは、運の悪い奴」
猿助が薄く笑う。
猿助は「大剣豪」美剣に斬られた八神家臣の中で、唯一の忍びであった。
それゆえに他の剣士勢に対して影働きせねばならぬ。
主家への想いは剣士たちに負けずとも劣らない。
出来るものなら美剣隼人も自らの手で八つ裂きにしてやりたかったが、加藤に譲った。
さっさとこの小娘を片付け、急いで戻ればまだ美剣殺しに間に合うかもしれない。
自然、猿助の陽菜への攻撃は激しさを増した。
敵の小刀が陽菜の左頬をかすり、血が飛ぶ。
「死ね!!」
直後の左手の小刀による斬撃が、陽菜を捉えるかと思われた瞬間。
猿助が後方へと跳んだ。
その双眸が大きく見開かれている。
陽菜の気配が激変したためであった。
突如、湧き上がったその殺気に、邪気に溢れる猿助が思わず恐怖を感じた。
一度は死んだ身。
今さら恐れるものなど何もないはずが。
このまま攻め続ければ、死ぬのは小娘ではなく自分。
そう感じたため、咄嗟に後方へ跳んだのだ。




