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燐子を追って、後藤が道場の外へと出てきた。
白刃を振り上げ、燐子に向かって走りだす。
燐子は覚悟を決めた。
受けをも封じられた今、敵の攻撃よりも速く相手を斬るしか活路はない。
死中に活あり。
燐子が顔の横で構えた刀の切っ先を迫り来る後藤に向けた、そのとき。
燐子の背後より飛来した何かが、後藤の刀で弾き落とされた。
忍びが使う武器「くない」だ。
後藤が足を止める。
後藤に集中していた燐子は今さら、背後に数人の気配を感じた。
自らの左側に跳び、後藤と背後の新手を両方見渡せる位置で、さっと振り返る。
現れたのは六人。
まずは最も前方に立つ女。
地味な着物の若い娘だ。
中肉中背でたまご型の顔に、やや細い両眼。
肩ほどまでの黒髪。
あまり特徴のない着物同様、地味な印象の女であったが、その右手にはすでに次のくないが握られている。
先ほど後藤を狙ったくないは、この女が投げたに相違なかった。
女のやや後ろには総白髪の七十代前半の小柄な老人が居る。
こちらは武士の風体で二本差し。
全く緊張感のない顔で後藤を見ていた。
老人のさらに後ろには燐子と同じ年頃の男女。
少年の方は前髪付きの武士姿だが、背中に四角く白い箱型の物を背負っている。
箱の両脇より出た革帯に両腕を通し、固定しているようだ。
小柄で色白。
紐でかける眼鏡をしている。
その隣の少女は、見る者がはっとするほどの美しさであった。
腰までの黒髪。
それほど派手ではないが、見る者が見れば分かる、やや高価な薄い赤色の着物に身を包んでいた。
整った神秘的な瞳が前に立つ老人と同様に、邪気を放つ後藤に向けられている。
若い男女の両脇には屈強そうな二人の侍が立つ。
男女を守る護衛か。
「おいおい」
老人がとぼけた調子で口を開く。
「久しぶりに遊びに来てみれば、えらく物騒なのが居るのう」
老人の片眉が、ぐいっと上がる。
「忍びの娘さん」
前に立つ女が、再びくないを投げる気配を見せたのに声をかけた。
「あやつの邪気は尋常ではない。投げるだけ無駄になる」
老人の言葉に女は動きを止めた。
「どうやら、わしが相手をするしかないか」
老人が続ける。
ひどく面倒そうな口調だ。
「もう十年、若けりゃのう」
「紫雲先生」
後方の美しい娘が呼びかけた。
「しー」
老人が慌てた様子で、人差し指を口の前で立てる。
「姫様、わしは今、奇妙斎なんじゃよ。そっちの名前はやめてくれんか」
老人の言葉で、緊迫した局面であるにも関わらず、前列の忍びの女と後方の若い男女の口元が緩み、笑顔になった。