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逃げようにも正面に敵の居る状況では、後方へ跳ぶしかない。
しかし、背後は壁である。
(兄上…)
この窮地に、頭に浮かんだのは兄、隼人の顔だった。
剣の申し子のような兄ならば。
恐ろしい邪気にあふれる敵にも果敢に挑みかかり勝利を手に入れるのではないか?
(兄上が居てくれたら…)
だが、それは詮無きこと。
隼人は自ら美剣流を捨て、祖父に破門されたのだ。
もはや美剣の敷居を跨ぐことは叶わないだろう。
(おのれ、おのれ!!)
燐子は歯を食い縛った。
(怯えよ、去れ!! 私は美剣の剣士ぞ!!)
光を弱めていた双眸が猫科の肉食獣の如く輝き始める。
その顔は戦いに臨む際の兄、隼人によく似ていた。
「お」
後藤が瞠目する。
「いっぱしの眼をする」
そう言った後藤の足が刀が届く間合いの一線を越えた。
その瞬間。
燐子の雑念は全て消失した。
ばね仕掛けのように燐子の身体が跳ね上がり、後藤に襲いかかった。
両手に握った刀が後藤の喉笛へ疾る。
空中の敵を斬り落とそうと後藤が振るった剣撃が、燐子の刃とぶつかり合って火花を散らす。
二人の刀はそこから横滑りし、燐子の身体は勢いを殺さず、後藤の後方へと突き抜けた。
お互いの刀身が、さらなる火花を飛ばし輝く。
道場の入口側へと出た燐子は空中で身体を反転し、板敷きに着地した。
自らの鼻先に刀を横一文字に構える。
後藤も身を返し、今度は下段に構えた。
「やるな、小娘」
後藤が薄く笑う。
「だが、次はどうかな?」
言い終わると同時に後藤の剣気と邪気が、さらに膨れ上がった。
後藤が燐子に突進する。
下から跳ね上がる刃を燐子の刃が受け止めた。
再び火花が散る。
が。
後藤の勢いは、そこで止まらなかった。
驚異的な腕力で燐子の身体を後ろへ押し飛ばす。
自らの意思とは関係なく宙を舞った燐子は、それでも構えを解かず着地した。
先ほどまでとは違う足裏の感覚に燐子は、はっとなる。
まるで体重が無いかの如く飛ばされた燐子は道場の入口を越えて、屋外に出ていたのだ。
後藤の異常な膂力に舌を巻いた。
この力も邪気の成せる技か。
これでは鍔競り合いも死地の入口となる。