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後藤の左腰の二本差しには当然、気づいているが、そんなことで臆する男たちではない。
ましてや、相手は道場主の一人娘に迫ろうとしているのだ。
いきなり狼藉でも働かれては、宗章に合わせる顔がない。
「待てい!!」
門弟で一番年長の者が怒鳴った。
「燐子様に何用か!?」
後藤が、ようやく足を止めた。
面倒そうに門弟たちを見回す。
「七年前」
後藤が口を開いた。
「美剣によって滅ぼされた八神家の意趣返しに来た。美剣燐子を斬る」
後藤のしれっとした口調に門弟たちは一瞬、唖然となった。
しかしすぐに後藤の言葉を理解し、全員が顔を怒りで真っ赤に染める。
一気に殺気立ち、木刀を後藤に向けた。
「ふ」
後藤が薄く笑う。
「何だ、邪魔するつもりか? 美剣に与する者には容赦はせぬぞ」
後藤の右手が腰の長刀にかかった。
瞬間。
恐ろしいほどの殺気とおぞましい邪気が、後藤の身体から発散された。
後藤を囲んだ門弟たちは木刀を構えたまま、二種類の気に絡みつかれ、金縛りの如く動けなくなった。
これを見た燐子は上座に飾られていた長刀へと跳び、がしっと掴んだ。
そして「やめろ!!」と後藤に叫ぶ。
しかし、もう遅かった。
後藤の右手は熟練の動きで長刀を抜き打ち、自らを中心に大きな弧を描く。
白刃の閃きの後、周りに居た全ての門弟は斬られ、道場の床板にばたばたと倒れた。
全員、急所を一瞬にして斬られている。
燐子の顔が悲しみに曇った。
自分がもっと早く後藤の敵意に気づいていたら、これほどの犠牲者は出なかった。
取り返しのつかぬ、しくじりだ。
刀を掴んだときの片ひざ立ちの状態で、鞘を抜いた。
両手で構えた刀の切っ先を後藤に向ける。
「これで邪魔者は居なくなったな」と後藤。
門弟たちを動けなくした邪気が、今度は燐子に絡みつく。
燐子の全身から、にわかに冷や汗が吹き出た。
燐子とて美剣の血を引く者。
己の剣技に自負はあった。
若年にも関わらず、その技量は祖父には敵わずとも、父の宗章はとっくに越えている。
尋常で純粋な剣の勝負であれば、門弟を瞬く間に斬った後藤の腕前にも、けして遅れを取るものではない。
しかし。
(何だ、この邪気は…)
剣気とはまた別の妖気のようなものが、燐子を押し潰さんとしてくる。
説明し難い恐怖が、燐子の身体を鉛入りの如く重くした。
後藤が余裕の浮かぶ顔で近づいてくる。
後藤の構えは正眼。
お互いの刀が届く間合いまで、あと数歩。
(いけない!!)
燐子の顎から汗が滴り落ちた。
(このままでは斬られる!)




