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そんな無法丸の心中には全く思い至らないのか、鬼庭がにこにこと笑って続けた。
「我らの仲間となってもらいたい」
「仲間?」
無法丸が顔をしかめる。
「左様」と鬼庭。
「貴殿が手を合わせていた墓。『大剣豪』美剣に斬られた女のものであろう?」
微笑む鬼庭の細い眼が、きらりと輝く。
「貴殿も美剣家に恨みがあるはず」
「………」
「我らは美剣家に連なる者どもを皆殺しにする所存。ぜひ、貴殿にも力を貸してもらいたい。これは柊姫様のご意向である」
無法丸が大きなため息をついた。
「確かに」
口を開く。
「縫は美剣に斬られた。だが、奴はもう死んでる。俺がこの手で斬った」
鬼庭が頷く。
「それも姫様より聞き及んでいる。しかし、未だ美剣一族はのうのうと生き残っておるぞ。将軍家、鳳忠久亡き後、家臣同士の勢力争いを制しつつある新田定秀のお抱え剣術指南役に、まんまと収まったとか」
無法丸は首を傾げた。
そもそも何ものにも縛られず、旅から旅を繰り返す流浪の気性。
大名同士の覇権争いになど、全く興味は無い。
無法丸が気になったのは、相手の物言いの違和感であった。
鬼庭は今、自らの主筋である柊姫なる者から将軍家の跡目争いの事情を「聞いた」と言った。
用人と思われる侍が、仮にも姫という立場の女人から、世の動きを教えられるとは、妙ではないか?
本来ならば臣下である鬼庭たちが柊姫に伝えるべき事柄では?
美剣家が鳳家から新田家に鞍替えした話も人伝のように鬼庭は言う。
そこに何とはない奇妙さを覚えた。
そして、もうひとつ。
無法丸が鬼庭を警戒する理由がある。
それはにこにことして、一見、無害なこの男の身体から発散され、周りに漂う邪気のようなもの。
長い旅の間に、いわゆる「魔」と呼ばれるものに無法丸は何度か遭っている。
それら異様で特殊な力を持った者たちと似た気配が、鬼庭の周囲で渦巻いているのが分かるのだ。
「柊姫様のお力で美剣家と因縁のある貴殿を見つけた。それでこうして、声をかけておる。美剣本人を倒した素晴らしき腕前で、残りの美剣一族を根絶やしにする助力を願えぬか?」
やはり、と無法丸は思った。
話が怪しい方へと向かいだした。