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兄と比べれば、さらに細身。
しかし剣術で鍛えられた肢体は伸びやかで溌剌。
美しく長い黒髪を頭の後ろでまとめている。
門弟たちに向けた真剣で鋭い眼差しは、やはり兄妹と言うべきか、肉食獣の如き気迫を放つ。
ただ、容姿は美剣家の男たちよりも母方の血を引き継ぎ、どちらかと言えばかわいらしい。
その魅力に惹かれ、迂闊にも手を出した者たちは、燐子のすさまじい眼光と激しい気性に、こてんぱんに打ちのめされるのだ。
宗章は新田家の城中に出向いているため、今、道場の主はこの燐子であった。
門弟たちを見つめる燐子の視線が突如、道場の入口に向けられた。
妙な気配を感じたのだ。
男が立っている。
二十代前半か。
さほど上背はないが、がっしりと鍛えられた肉体が着物越しに見てとれる。
日焼けした肌が尚さら、精悍さを増す。
野太い眉の下、大きな双眸がぎらぎらと光った。
浪人には見えない。
最初、燐子はどこか他家の侍が、父を訪ねてきたのかと思ったが。
来訪者の上半身が、すでに襷がけされていると気づくと、顔をしかめた。
「そこまで!!」
燐子が門弟たちに呼びかけた。
激しい打ち合いの音が止まり、道場が静まり返る。
ここでようやく、門弟たちも入口の侍に気づいた。
「たのもう!!」
侍が大声を出す。
「美剣燐子はどこだ!?」
「そちらは何者か!?」
すぐさま燐子が返した。
油断なく侍を凝視する。
道場破りのようではあるが、どうもおかしい。
侍の漂わせる何やら異質な空気に、全身の肌がぴりぴりとなる。
「俺は八神家の後藤主税」
後藤の両眼が燐子を食い入るが如く見つめる。
道場内に居る女は燐子のみ。
訪ね人の目星は付いたか。
「お前が美剣燐子であろうが」
そう言って後藤が道場に土足で上がった。
一斉に門弟たちが色めき立つ。
しかし名指しされた当人の燐子の頭には、後藤の言葉が引っかかっている。
(八神家…)
七年前の八神家討伐を思い出した。
まだ若年であった燐子は八神城攻めには参加出来ず、おおよその顛末を帰還した祖父より聞き及んだのみ。
(あの八神家か? しかし八神家は…確か尼となった柊姫様以外は皆、斬首となったはず)
燐子が思案するうちに、後藤はずかずかと道場の中央まで入ってきた。
後藤のあまりの堂々とした侵入に呆気に取られていた門弟たちが、これは一大事と外敵を取り囲む。