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「奏さん、馬を手配して欲しい」
隼人の願いに奏が頷く。
「もちろんです。美剣さんに魔剣を渡してもらえるよう、手紙も書かせていただきますが…」
そこまで言った奏の顔が不安げに曇った。
「奏さん?」
隼人の呼びかけに、再び奏が口を開く。
「その魔剣鍛治は、かなり変わったお方なのです」
七年前。
将軍家配下であった八神家は主家に逆心ありとされ、その居城たる八神城を攻められた。
このとき、将軍家の軍勢の指揮を執っていたのは「大剣豪」美剣であった。
とはいえ、彼は城門が破られ、自らの軍が怒濤の勢いで城内に突入するを見るや否や、太刀持ちの刀吉を引き連れ、戦いの最前線へと駆け出した。
美剣とは、そういう男であった。
彼の采配は息子の宗章へと引き継がれ、大きな混乱は起きずに済んだ。
城内の城門は次々と破られ、矢倉も陥落していった。
将軍家の軍勢は大波の如きうねりとなって、縦横無尽に八神城を蹂躙した。
最後に残されたのは本丸へ続く城門のみ。
そこで突如、破竹の勢いが停止した。
城門の前に陣取った数名の守り手の獅子奮迅の活躍によって、攻め手がそれ以上、進めなくなったのだ。
その者たちの中心となりしは三名の兄弟たち。
長兄、獅子真紅郎、その下の長女、獅子蒼百合、そして末弟の獅子黄魔。
それ以外の何名かの中には、鬼庭誠志郎と酒井源九郎の姿も見える。
押し寄せる攻め手をものともせず、八神家当主、盛政を守り通さんとする真紅郎たちの剣気、闘気はすさまじく、城門前に死屍累累の山を造りだしたのだった。
真紅郎たちが血刀を振るう度に辺りを覆い尽くす血煙を見て、とうとう最前線へと到着せし「大剣豪」美剣は圧倒的な味方の劣勢に気づき、すぐさま大音声を発した。
すなわち。
「ええい!! 退がれ、退がれ!! まだ分からんのか、この雑兵どもが!! お前たちが例え千人、いや万人かかろうとも、そ奴らを斬れはせぬ!! それほどの技量の差があるわ!! 身の丈にそぐわぬ武功の欲など捨て、ここはこの『大剣豪』美剣に任せて退がらぬか!!」
すさまじき怒声に将軍家の軍勢たちは押し黙り、引き退がった。
かくして齢六十半ばとはいえ、具足に身を包んだ筋骨隆隆の偉丈夫「大剣豪」美剣と、その横に大刀を携え控える、こちらも筋骨逞しいが小男の太刀持ち刀吉、これに相対する先ほどの雑兵たちの返り血で甲冑を紅く染めた真紅郎たちが向かい合い、にらみ合ったのだった。