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「何の用だ?」と隼人。
「ふふふ」
酒井が笑った。
しかし、その眼は微塵も笑っていない。
「俺の殺気で分かっているだろう? もちろん、お前を斬る」
「俺を? 斬る?」
「ああ」
「何故だ? 理由を言え」
「我ら八神家が、お前たち美剣家に恨みがあるからに決まっておろうが」
隼人が首を傾げる。
「美剣家に…恨み?」
「おう」
酒井が何かを思い出したような表情を浮かべた。
「あの時、すでにお前は美剣家を破門されておったのか。それで知らぬのだな。美剣家によって我ら八神家が冤罪にもかかわらず滅ぼされたのを」
隼人がさらに首を傾げた。
美剣家と八神家の間で何かあったようだが、隼人はそれを全く知らぬ。
「ふ。まあ良い。とにかく我らは美剣家に深い恨みがある。美剣一族を根絶やしにせねば気が済まぬほどのな。お前が破門されていようとも関係ない。美剣の血を引く者は例外なく殺す」
「なるほど」
あっさりと隼人が頷いた。
「俺とお前の尋常な一騎討ちの勝負だな?」
隼人のあっけらかんとした様子に、酒井の邪気がやや揺らいだ。
「お、おう」
「みんな!!」
隼人が魔祓い師たちに呼びかける。
「聞いた通り、これは俺とこいつの果たし合い! 手出し無用だ!!」
酒井の剣気に気圧されていた魔祓い師たちは、爽やかに言い放った隼人の言葉に皆、頷いた。
ただ一人、奏だけが不服そうに唇を噛みしめる。
「よし、やろうぜ!!」
隼人が再び酒井とにらみ合う。
酒井の邪気が勢いを取り戻し、隼人の全身に絡みついてくる。
同時にすさまじい殺気も、ぴしぴしと音を立てて少年剣士の頬を打った。
そのあまりの禍々しさに、周りの魔祓い師たちは息を飲んだ。
もし、先ほど怒りに任せて酒井に襲いかかっていたならば。
あっという間に全員が斬殺されていたに違いない。
魔祓い師たちの背筋は一瞬で凍りついた。
しかし、その酒井の殺気を一身に受けたる当の本人、美剣隼人を見よ。
隼人の顔は。
笑っている。
楽しくて楽しくて仕方ないという風に笑っているのだ。
これは八神家の怪人、酒井には恐ろしく生意気に映った。
「ぬうう」
憤怒に満ちた形相でもって腰の長刀を抜き、八相に構える。
そのまま、じりじりと隼人との間合いを詰め始めた。
隼人は笑みを浮かべ、微動だにしない。
ただ、左右の刀の柄に置かれた両手は、今はそれをしっかりと握りしめている。
(な…何だ…)
前進する酒井は動揺に顔をひきつらせた。
剣の腕前には相当の自信がある。
ましてや今の自分は常人とは違い「魔」の力も合わせ持っているのだ。
いくら「大剣豪」美剣の孫とはいえ、六年も前に美剣流を破門された、言ってみればただの浪人ではないか。
何を恐れることあらんや。
早々にこれを斬り伏せて柊姫様の元へ馳せ帰り、残り二人の美剣一族も血祭りに上げねばならない。
それなのに。
それなのに何だ、この異常な剣気は!?
近づけば近づくほど、暴風の如き隼人の闘気が身体に叩きつけてくる。
もう少しでお互いに刀が届く間合いに入るというのに、足がまるで鉛のように重い。
酒井の顔が歪む。