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隼人と二間(約3.6m)ほどのところで、ぴたっと止まった。
庭に躍り出た隼人の姿を縁側から青ざめた顔で窺っていた奏が、ここでようやく事態を認識した。
「魔」の気配をあからさまにはらんだ曲者が、魔祓い師の組合所へ公然と侵入してきたのだ。
奏の頭を半年前の魔武士襲撃事件がよぎった。
「曲者! 曲者です!!」
あらん限りの声で奏が呼ばわった。
すわ、何事やと屋敷のあちこちから魔祓い師たちが集まってくる。
まずは十人ほど駆けつけた彼らは、向かい合った黒い侍と隼人をやや離れた位置から取り囲んだ。
奏と同じく、この魔祓い師たちも半年前の襲撃事件を生々しく覚えている。
それだけに単身で恐れも見せずに乗り込んできた黒の魔侍に対して「何するものぞ」「今度こそ必ずや敵を撃退せん!」という気迫が、すさまじかった。
客人である隼人を害させてはならないとの決意も固い。
敵とにらみ合う隼人よりも先に開戦しようと全員が一歩を踏み出した、そのとき。
「待てや、雑兵ども!!」
黒侍が大音声で言った。
その迫力に気負い込んでいたはずの魔祓い師たちの足が、びくっと止まる。
それぞれの手に得物を構えたまま、敵の気迫と邪気に金縛りの如く動けなくなった。
「俺の名は酒井源九郎! 八神家臣の者!」
酒井はそう言って、胸を張った。
顎で隼人を指す。
「そこな小僧、美剣隼人に用があって来た! 我らが主、柊姫様のご命令よ! よってお前たちには何の関係も無い! 黙って見ておれば危害は加えぬと約束しよう!!」
曲者のあまりに堂々たる宣言に一同、一瞬、しーんと静まり返った。
が。
「ふざけたことを!!」と憤った者が居る。
縁側に立つ奏である。
「美剣さんは私の客人。しかも命の恩人です! 無礼にも、いきなり侵入してくる狼藉者、しかも『魔』を見過ごせるものですか!!」
そう叫ぶや奏は、ぶつぶつと何かを唱え始めた。
これこそが奏の技「魔祓いの唄」の下準備となる。
酒井の「黙っていれば危害は加えぬ」という言葉など無視して、機先を制しようとする奏の覚悟であった。
魔を倒すのが魔祓いの役目という気概である。
「待ってくれ、奏さん!!」
これに対して制止の声を上げた者。
酒井が指名したる相手、隼人であった。
よく通るその声に、奏の詠唱が止まる。
「でも…」と奏。
「まずは俺に話をさせてくれ」
隼人の言葉で奏は口を閉ざした。
「俺に用があるんだろ?」
隼人が酒井に問うた。
「おうとも」
酒井が頷く。
相変わらず憎悪に輝く双眸で隼人をにらんでいる。