1
この世界とは違う世界の戦国。
古ぼけた寺の境内。
夕陽に照らされ、ひとつの墓の前に座り、両手を合わせる男が居た。
三十代前半か。
腰の辺りまである黒髪を後ろでひと括りにしている。
細身ではあるが引き締まった筋肉質な身体。
流浪の剣士といった風体だが、腰に携えた得物は木刀であった。
男の名は無法丸。
かつて共に旅し、無法丸を庇って命を落とした女、縫の墓前で手を合わせているのだ。
(縫…)
無法丸は心の中で呼びかけた。
(お前にもらった、この命。何とか繋がせてもらってる。そっちに行くのは、まだ先になるかもな)
無法丸の口元が思わず緩んだ。
生前の縫がよく叩いていた軽口が聞こえてきたような気がしたからだ。
(ただ、どうにも俺に合う刀が見つからない)
(はっ。あたしに頼むなんて、どんな神経してるのさ! 前の女にでも探してもらいなよ!)
縫が肩をすくめ、けらけらと笑う姿が思い出される。
無法丸の顔も自然と笑顔になっていた。
(じゃあ、またな)
無法丸が合わせた両手を下げ、立ち上がる。
背後を振り向いた。
「それで」
無法丸が、まるで緊張感の無い声で言った。
「お前は誰なんだ?」
無法丸の左斜め前方、一丈(約3m)ほどの位置にある墓石の陰から、ぬっと進み出た者が居る。
無法丸と同じ歳ほどの偉丈夫な侍であった。
正装ではないが、なかなかに立派な武士の風体。
侍は敵意が無いと示すためか、両手のひらを無法丸に見せ、柔和な表情を浮かべた。
「怪しい者ではない」
侍が言った。
無法丸は、にやりと笑った。
そんな言葉を鵜呑みにするほど、馬鹿ではない。
「何故、俺を見張る?」
無法丸の問いに、侍は話が早いとばかりに頷いた。
「拙者は鬼庭誠志郎と申す者。八神家、柊姫様の使い」
無法丸は首をひねった。
八神家、柊姫、どちらも聞き覚えはない。
「無法丸殿」
鬼庭に自分の名を呼ばれ、無法丸は眉間にしわを寄せた。
何ものにも縛られたくないと自らを「無法丸」と名付けた気性は、見知らぬ相手に己を詮索されるだけで、うんざりしてくるのだ。