新たな時代
前作邂逅を、公爵家の執事の視線で、角度を変えて書いたものです。事件のあらましが判りやすいかと…。
シェネリンデの新国王に成られる王太子、マルグレーヴ様にお仕えして、王宮に伺候して1週間に成りました。
私は、王太子様のご実家、公家オルデンブルクの執事を勤めさせていただいて居ります、ケインと申します。
本来なら、お若くとも16~7歳でも早いところが、先年国王が急に崩御され、急遽若干8歳での立太子となりました。新王太子には、先王の側近の内から半数、慣れ親しんだ公家の使用人から半数がお就きするべく、王宮に伺候して居ります。
私は、公家唯一の執事であり、これまでお仕えした唯一の上級者と言うことで、新王太子のスタッフが軌道に乗るまで、管理の要をお勤めすべく侍って居ります。
ここ1週間のお勤めで、一応の落ち着きが着き、王太子様の日常も、一応の収まりか着きましたので、お暇を願い、ご不自由を我慢頂いていたアウル様の元へ戻るべく、夜半では有りますが帰途に就きました。
アウル様と申しましたのは、王太子マルグレーヴ様の弟君にて、次代のオルデンブルク公爵と成られる方を申しました。先王は始めアウル様をこそ次代の国王にと望まれたのですが、思うところが有られて、お兄様に王太子の地位をお譲りになりました。
と、申しますのも、先王の崩御の前に、お二人のご両親に当たられます先代の公爵ご夫妻が、事故で共々お亡くなりになられました。
未だ5歳でしか有られなかったアウル様が、他に替わる方が居られなかった為に、公家を取り仕切ってこられた方で有ったからでした。
7歳にして先王に王太子として伺候するようにと拝命された折、公家を見捨てる訳にはいかないと仰せになりましたそうで、お咎めが有るやも知れない状況で、ご自分の意志を恐れる事無く主張なさる辺りが、生まれながらの執政者で有られるのだと感服致しました。
王家同様、公爵家もお二人が16歳に成られるのをお待ちして、当代となられるアウル様のお支度が必要なのでした。従って、翌日戻る予定を切り上げ、夜半では有りましたが何やら気が急いて帰途につきました。
一つ目の門を過ぎて、館が見えてくる辺りで、見慣れない車が猛スピードで走り去るのとすれ違ったのです。
運転していたのは…確か、空席になりましたアウル様の秘書として、王宮から派遣されてきていた男だっと…。
私の王宮への伺候と入れ代わりで派遣されていた為に、顔合わせで1度見たばかりだったのです。
何やら厭な気が致しました。何か有ったと…。
はたして辿り着いた屋敷の表戸が片方解放されています。この夜半に?!。
車を止めると、庭師が此方へ走り寄ってくるのが見えました。
「ケインさん!貴方がお帰りだと思って出て来たんだが…表が開いとる!!」
血の気が失せていくのが感じられました。
館の者はもう既に自室に引き取って休んでいる時分です。それで無くとも、今日は何時も居る使用人の殆どが王宮に伺候していて、館に居るのは料理人とメイドが一人。
アウロォラ様の寝室のある2階の北翼に駆け上がりました。辿り着くと、彼女等がドアの前で途方にくれていたようでした。
私を認めて、ほっと息をつきます。
「ケインさん!帰って来て下さったんですね?!」
悲痛な面持ちで振り返りました。
「坊ちゃまが…アウル様が!!」
「中か?!」
「はい。恐らく、ですが錠が下りていて…」
肩で錠を破って室内に踏み込みました。女性達は先を争って中に進んで行きます。ですが、私は、室内が何処か荒らされているような気配が有り、微かに血の匂いがした気がして、足を止められていました。
悲鳴が上がりました。走り寄ると、寝室と次の間の境辺りにアウル様が倒れておいででした。
女性達が傍に座り込んでいて、余りのことに凍り付いてしまっていました。恐る恐る近づくと、無残なお姿が有ったのです。
引き裂かれた夜着と、毟り取られた肌着を、纏いつく程しか着けておられず、両手と下肢は血に塗れておいででした。
その上…あろう事か…まだ幼いその胸に…心臓の真上辺り…に…ナイフが突き刺さって…居ました。
座り込んで居た料理人が、我に返ったのか叫び声と共に、刺さったままのナイフに手をかけて、引き抜こうとしました。
「止めなさい!!抜いては駄目だ!!」
思わず叫んだ自分の声で、私自身もまた、漸く自分を取り戻せていました。
「救急車を早く!!」
「はいっ!!」
彼女等が転がるように立って行き、残された私は、震える手で、幼い当主の白い頬に触れました。ひんやりとした手触りに、既に温もりが失われつつあるようでした。
…なんと…酷い…。この方のこれまでの末がこれかと。
無くしたご両親にも、暖かいとは言い難い扱いを受けて来られて、その様な親御様でも失ってしまえば尚更…なのに…。
溢れた涙がそう見せたのか…睫毛が微かに震えた気がしました。首筋に指を置くと…微かに脈が触れます!!。
生きておられる…!!。
ナイフの為に、救急救命士の到着迄は何も出来ません。
半裸にされてしまっているお体に、ケットを掛けて差し上げるくらい。
突き立てられたナイフの傷からはさほどの出血は無く、心臓や肺には達して居ないようでした。それは不幸中の幸いでしたが、このご様子は明らかに何者かに乱暴されて…
しかし、それは余りに唐突で、まだ8歳にしか御成で無くて、御身分から幼年学校にも通っておられず、最近になって兄上様に付いて伺候なさった王宮でも、係わりが出来たとも思えません。
輝くばかりの美貌をおそなえですので、不埒者の目を眩ませないとは限らないのですが…ひょっとすると、覇権争いの一端に巻き込まれてしまわれたかと、胸が詰まります。
程なく救急隊が到着し、国立病院に搬送されることになりました。応急処置が施されながら搬送が始まりました。女性達に後を託して、私もお就きして病院へと向かいました。
到着の後、あらゆる検査が行われ、バイタル測定、緊急手術。そして…ようやく…命を取り留められました。
救急通報と共に駆けつけた警察官が、屋敷の捜索の後、病院へとやって来ました。
アウル様はまだ意識が戻っておられず、担当医に傷の様相を尋ねる為と、私に事情聴取にやって来たのです。
帰宅以来の出来事をつぶさに話し、車ですれ違った者が誰かをも聞かれました。すれ違った車と同じ車種の車が、ほど近い森の外れから崖下に落ち、運転して居たと思われる元秘書が、死体で発見されたと言う事も聞きました。
一方で、聞かれない事には殊更言及しませんでした。
この事件が覇権争いの一端ならば、現在の後ろ盾の無い公家では、事を荒立てても何の手段も有りません。
今私に出来ることは、これ以上誰の手も及ばないよう、片時も離れずにアウル様にお就きするだけでした。
幸いにして2日後、意識を取り戻されました。
ICUの中で、帽子とマスクを着けた私を、不思議そうに見ておられます。
「アウル様。おわかりになりますか?!」
伺うと、微かに微笑んで下さいました。
余りの出来事を経ての事だっただけに、変わらぬご様子に安堵して良いものやら…。
それでも、少しずつお体も良くなられ、一般病棟に移られて、ようやく愁眉を開きました。
ご報告を兼ねて、王宮のマーヴ様をお訪ねしました。
「ご機嫌ようおいで下さいましたか?!今日は、ここに伺う前に、アウル様をお尋ねして参りました。」
言いながら、お二人のお好きな温室のイチゴをお示しすると、一粒とられ唇を寄せられて、涙がぐまれました。
「これを食べられる迄に良くなったのだね?!有り難うケイン、私は何も出来なくて…」
弟様を思われて、お心を痛めて居られた事が伺えました。力及ばぬ私が悔やまれます。
「何を仰いますか、王太子として立派にお勤めでいらっしゃいますよ」
「アウル様の事は、私にお任せを」
「頼みます。でね、ケイン。昨日リント伯爵が挨拶に訪れて妙な事を言ったんだけど…」
「妙な事…で、ございますか?!」
「うん。間もなくご実家にお戻りになれますよ、と」
ご実家に…公家にお戻りになられると言うことは、廃嫡になる以外はあり得ません。
私の危惧が現実のものに成ったようです。
「マーヴ様、この事をカーライツ伯爵には?!」
「まだ言って居ない。言った方が良い?!」
「私をお待ちくださったので?!」
「うん。私達のことを第1に考えてくれるのは、お前だけだもの」
この方と言いアウル様と言い。生来の執政者としての資質に他ならないのもを、この歳にしてお持ちで有るのに驚かされます。
「畏まりました。マーヴ様はなるべく早くこの事をカーライツ伯爵に」
「わかった。アウルを宜しくね」
「は。命に替えましても」
車を飛ばし、病院に戻りましたが、時既に遅く、アウル様のお姿は病室には有りませんでした。サナトリウムに転院されたとの事でしたが、担当医にも病院長にも連絡が付きません。何と言うことか。通常このような事は、出来ることでは有りえません。
書類に残る転院先は、かつてお二人のお母様、故オルデンブルク公爵妃が、亡くなる寸前迄居られた療養所でした。ですが、駆けつけたそこにも、アウル様が移られた形跡も有りません。
手がかりを絶たれ、アウル様の行方は杳として知れませんでした。
今朝ほど、紅いイチゴを口にされた折の、まだあどけない微笑みだけが私の脳裏に広がります。
口惜しさと、己の無力に涙が出ます。
「…ケインさん」
途方にくれる私に、声を掛けて来られたのは、先代の公爵夫妻に付いて、何度か訪れた折、事務手続きでご一緒した…お名前は…。
「アウル様をお探しなんでしょう?!」
小声で、辺りをはばかる様にですが、声を掛けて下さいました。
「何かご存知なのですか?!」
「書類の上だけの事ですが、此方を経由して、フランスのアルザス地方の療養所に転院なさったようです。これが住所と、連絡先です」
思いがけず、有力な手がかりを頂きました。
「ありがとうございます。助かります」
「奥様は此処においでの間、とてもお労しくて。お子様方を案じておいでだったと思います。アウル様をどうか宜しくお願い致します」
「はい。この事は口外致しません。貴女も」
「はい。御案じ無く」
直ちにフランスへ向かいたいのはやまやまでしたが、段取りを付けた上で無くては、私の行動が彼方に筒抜けになり、却って危険な事に成りかねません。
案の定、二日後、私はマーヴ様のお身回りの事に託けて、王宮に召し出されました。
執務室に通されると、マーヴ様とリント伯爵がおいででした。
「ケイン」
「アウルはリント伯爵の計らいで、フランスの療養所に移らせて頂いたのだそうだ」
事も無げにそう、仰います。
「は」
「わしのな、縁者が営んで居る。その道の優れた医者でな。所もひなびた良い田舎じゃ」
「公爵には殿下にとっても大切な弟君ゆえ、万全を期する必要が有ると思うての。ちと、急いだ故、其方には心痛をかけた。許せよ」
とくとくと、その老いた鷲のような面が言い募る。
「痛み入ります。私が至りませず、お手数をお掛け致しました」
頭を下げると、満足そうに高笑いする。
「良い良い。では、殿下。私はこれにて」
「ご機嫌よう」
柔やかにリント伯爵を見送られると、手招いて、私をお側に寄せられました。
「ケイン。今日は?!イチゴを忘れたの?!」
「は…申し訳ございません」
お約束の覚えが無かったが…。
「そうか…こちらのイチゴは季節が終わったろうな。お祖母様の温室の夏イチゴが懐かしい」
フランスの…、お遣いに出掛けろと…。
「さようかと」
「内緒で、取りに行ってくれないか?!」
「畏まりましてございます」
応えると柔やかに微笑まれました。
全く…このご兄弟は…お仕えのしがいの有ると言うものでした。王と成られてもさぞや名君に御成だろうと…。
お遣いに託けて、アウル様の行方を突き止めよと、あわよくば連れ戻し参らせよと…。
リント伯爵はかつて、先王がアウル様を後継に希望されていると知って、掌中の球とも言えるお孫様を、婚約者とされました。
ですが、アウル様がそれを蹴って、マーヴ様を王に推された為に、マーヴ様の 婚約者を出されたカーライツ伯爵に、外戚の地位を奪われた恰好になりました。
その地位を取り戻すために、何らかの手でコントロール下に置いたアウル様を傀儡の王座に据えて、己が意のままに動かす事で利用しようとしているのでした。
翌日、お母様のご実家をお訪ねし、情報を得よとのご命令を実行すべく、伺いました。
こちらの大奥様は、お嬢様の遺された幼いお二人を殊の外愛しておられました。お二人を代わる代わる抱き上げられてはイチゴを摘まれる様子を拝見致しました。
なくなられた方を介して、お祖母様とお孫様の束の間の団らんでした。
数年前に、大奥様は身罷られ、それ以来のご無沙汰であるので、マーヴ様が懐かしいとの仰せだったのです。
お遣いで有るむねお伝えをして、夏イチゴが有れば頂きたいと申しますと、宝石の様な夏イチゴの粒と、コンフィチュールを頂きました。
加えて近隣の情報も、2つ向う町のサナトリウムが、最近騒がしいとの事でした。持ってきた住所と照らし合わせると、どうやら間違い無いようでした。
確かめるために、頂いたイチゴと花束を抱え、見舞客を装ってサナトリウムを尋ねました。
踏み込んだ内部は、何時もは静かで有ろう施設の中が、上を下への大騒ぎとなって居たのでした。
受付に見舞い相手を尋ねるふりで、聞いてみると、患者が一人行方不明になっていると言うのです。
「まさか、老婦人ですか?!」
驚いた風に聞いてみると、若い看護師が教えてくれました。
「いいえ。小さな男の子ですよ」
「貴女!患者様の事をみだりにお話ししてはいけないのですよ!」
聞き咎めた上司らしい人が留めたものの、聞きたいことは聞いてしまっていました。
お一人でここを出られた?!お母様のご実家を頼られるおつもりだったのでしょうか?!。
それとも…、アウル様は、先代様との間に確執がお有りで、通常の父子の間柄では無いご様子でした。先代様は、アウル様とマーヴ様を、双子でお生まれにも拘わらず、隔てを設けられ、区別しておいででした。
同時に奥様にも、何らかの異なった感情をお持ちで、お二人を儲けられた後、病を得た奥様をあの、ひなびた療養所に隔離するように閉じ込めて終われたのです。
従ってアウル様には、ご自分をまるで価値の無いものの様に仰ることが時折有ったのです。
今度のことで尚更に、居てはいけない者の様に思われておいででは無いかと、案じられて成らないのです。
私の危惧が当たっているとしたら、お母様のご実家とは別の方向、サナトリウムの裏に広がる森の方に捜索を向けてみようと思いました。仄暗い森を抜けると、片側に、カードレールを境に切り立つ崖が有り、縁をそうように道が続いています。
思わず覗いてぞっとします。
道の片側は、一転してとりどりの花が咲き乱れる花の原が広がって居ました。この道を…とは限りませんが、どの様なお気持ちで辿って居られたかと思うと、早く見付けて差し上げたいと、気が急くばかりでした。
こちら側は、村の繁華とは外れていて、遠くに小さなホテルが見えるばかりでした。やはり、村の中心に戻って聞き歩いた方が良かったかと思ったものの、一応と、尋ねてみました。アウル様のご様子を憶測ではあるものの、言葉にして聞いてみると、意に反して、此処に居たことが有るとの返事が返ってきました。
勢い込んで先を尋ねると、このホテルの裏庭で、宿泊客が綺麗な男の子を拾って、パリへ連れて戻ったとの事でした。まず間違いないと思った途端涙が零れました。
「なんだ。あんたさん。あの子の身内かね?!なら、此処に出入りしとってあの子を診察した医者が居るが、会ってみなさるかね?!」
親切にアウル様を診察したと言う医師に連絡をとってくれ、会うことが叶いました。
「ええ。とても綺麗なお子でしたよ。仰るように緑色の綺麗な瞳をして居られました。これが、お連れになった方の所書きです」
どうやらアウル様のご様子を不憫に思われてお助け頂いたようです。
「そうです。官憲に渡して、これ以上傷付ける事はしたくないと仰っておいででした」
「有り難うございました。また御礼には改めまして」
とんでもないと、固辞される医師を見ていて、何の関わりの無い方々の真の好意が身に染みます。急いで駅に向かい、パリを目指すべく、改札でチケットを求めていた所を、呼び止められました。
「公家の執事だな?!こんな所で何をして居られる?!王太子殿下にお仕えするのが今の君の勤めでは無いのか?!」
明らかにリント伯の手の者でした。
「殿下のお遣いで母上様のご実家に参っております」
「なるほど。では、帰国のお手伝いをしよう」
「申し訳ない事でございますが、殿下のご希望のお品を整えて頂いております。それをお持ちせずには帰国は叶いません」
王太子殿下のお遣いで、母君のご実家に用があると言われれば、相手も否やと言うことは出来ません。案の定、館の中まで付いてきましたが、こちらの執事の機転で、逃れる事が出来ました。
車に隠して送って頂き、1つ先の駅からパリ行きに乗ることに成功しました。東駅に着き、記憶していた連絡先に電話を致しました。
「其方にリェージェ様と仰る方がおいででございましょうか?!こちらへ連絡を入れるようにとお言付けを頂いてお電話を入れさせて頂いております」
「…はい、はい。畏まりました。では、1時間の後にもう一度ご連絡致します。失礼致しました。ごめんくださいませ」
間違いなく連絡先は実在しました。ですが、お電話の先は事務所のようで、お住まいの方に連絡を入れるので、後ほど再びお電話をするようにと言われたのです。
何と言うことも無く、公園に時間つぶしでもございませんが、少々疲れも感じて居りましたので、腰を下ろして飲み物を口にしておりました。
記載の住所はもう少し街中で、シテ島に近い様でした。ここはどちらかと言うと、公園が近い住宅街の並ぶ地区でした。
庭師でしょうか、公園に植えられた薔薇の手入れをしているお年寄りの傍に、白いチュニックの様なドレスに、短いサブリナパンツを着けた女の子が近づき、手伝いを始めました。
可愛らしい…アウル様と同じくらい…あの方も花がお好きな方で…イチゴを口に運ばれて、微笑まれる様が目に浮かんで堪らないものが込み上げてきます。
その時、女の子がこちらへ顔を上げました。碧の瞳…。
「アウル様っ!!。」
叫びましたが、公園の反対側までは声は届かず、薔薇を手に角を曲がって小路を行ってしまわれます。
必死に追いかけますが、曲がられた角に立ってみても、どこの建物に入られたのか皆目見当が付きません。
こんなに間近にまで辿り着いているのに、もどかしい思いが殊更に焦りを掻き立てます。
片端から建物を訪ね歩きますが、見つかりません。
次第に、心を悪い予感が包み始めました。あれは私の願望が見せた幻覚では無かったか。
アウル様はもう既に…。
仕方なく、女の子を見かけた公園に戻って来ました。ですが、夕暮れの公園には人影は無く、庭師の姿も、もちろん、アウル様と思った女の子の姿も有りませんでした。
途方に暮れて、仕方なく指定された連絡先に電話をしようと公衆電話のボックスを探しました。
その時、明かりの灯った5階建てのビルの窓際に、シルエットが映ったのが見えました。
そこは女の子を見失った辺り、やはりあのビルだったのだ。5階建てのその建物には、入った直ぐにコンシェルジュが常駐しているらしく、無視して階段を上がりかけると、止められました。
「お取次致します!お待ちを!」
「確かめたいだけです!何も狼藉を働こうとしているのでは無い!!」
「アウル様っ!!お出でですか?!」
階下とは明らかに違う、瀟洒なガラス扉が開いて、そこに昼間見た女の子が…違う!やはり錯覚では無かった!!。
「…御無事で…良かった…」
こみ上げる安堵と、溶ける緊張に、その場に膝をついたなり、滂沱の涙が止まりません。
「…お前…私を探していたのか?!」
「ああ…やはり何もご存知無かったのですね?!リント伯爵が貴方を王にと横やりを入れて来られたのです」
「そう言う事か…お前を遠ざけて置いて、私を療養所に隔離して、マーヴを廃嫡に…か」
「はい。こちらへ向かうのも1度は阻まれました」
「四の五の言っで居る場合では無いな」
ああ、良かった。何も変わらずにおいでだった。そう思った途端余計に体から力が抜けてしまいました。
「父様。これは私の執事のケイン。ケイン、この方が私を救い、匿って下さったのだ」
父とお呼びに成るとは、余程の信頼を置いて居られるのだ。
「御無礼を致しました。二度目の連絡をするように申し遣って居りましたのに、この方をお見掛けしてしまって、矢も楯もたまらず…」
「重ねて勝手を申し上げます。本日これより直ちにこの方をお伴いする事をお許し頂けませんでしょうか?!」
「お助け頂きながら、非礼は重々承知でお願い申し上げます。この方を置いて、我がシェネリンデを未来へと導く方は他に有りません」
「この方のお気持ちにはそぐわぬ事かも知れません。ご幼少のみぎりよりのご苦労を思えば…お願いする事がどんなに酷な事かは存じて居ります。が、どうか!!」
必死に願う私に、その方は異存は無いと仰せ頂き、アウル様は、共に帰って遣りたいと言って下さいました。
望外の仰せが有り難く。
ですが、共に戻れば危険では無いのかと諭され。
アウル様の、必ず戻るとのお約束を頂きました。
送ってやろうと言って頂いたのを、憔悴と共に帰国すれば、油断を醸し出せましょうからと、1人で戻って参りました。
翌日、隠し持っていたコンフィチュールをお土産に、王子宮に伺い、アウル様の無事をご報告しました。
涙と共に喜ばれるマーヴ様に、私の目にも涙が溢れました。
そうして今日、アウル様がお戻りになられました。
神の采配に感謝致します。
お読み頂き有り難うございました。
随分古い原稿を引っ張り出してきて書いているので、まだ、手探りです。
そのくせまだまだ続きます。よろしくお願い致します!