体育の時間
歩くたびにサクサクと砂を踏んだ感触がある
能力者を集めて教育する学校というからどんなものかと思っていれば、それはどこにでもあるただのグラウンドであった
整備されてあるそれには、今は春なので、役目を終えた桜の花びらが目一杯散らばっていた
「なんだかそれっぽくなってきたじゃない?」
広子ちゃんが私に向かって言った
それっぽい、というのは曖昧な表現かもしれないが的を得ていると思う
恐らく一人だけだが、実際に能力を使った実戦をするかもしれないのだ
私はあまり乗り気ではなかったが、実戦をする人間がいても良いとは思う
「うん! 確かに特別感はあるね! 写真撮れなきゃ!!」
昔から貴方は変わらないわね
呆れながらも少し嬉しそうに広子ちゃんが笑ったので、私も釣られて笑ってしまった
こうやって広子ちゃんとまた話せる、これだけでココに来てよかったと思う
初日に襲われたことさえ忘れてしまいそうなほどに
ダラダラと話しながら私たちは先生が待つグラウンドの真ん中にたどり着いた
「全員集まったね! それじゃあこの体育を教えてくださる先生を紹介します!」
綱子先生の言葉に合わせ横にどっしりと立っているその男性は話し始めた
「俺はカリキュラムで言う体育をお前らに教える後藤茨だ! よろしく頼むぞ!」
恐らく身長が2mを超えているであろうその身体は、一言で表すのならば筋肉の塊
そして、遠くの人間にも難なく聞こえるのではないかという大声であった
古典的な体育会系かよ、そんな声がボソボソと聞こえてくる
口に出すのは失礼に値するかもしれないが、正直私もまわりと同じような感情を抱いた
「後藤先生よろしくお願いします! んじゃこの子たち能力についてまだ分からないことだらけだと思うからさ、この授業の内容と交えて軽く説明してくれませんか?」
分かりました、そう綱子先生に返事をして後藤先生は言葉を繋げる
「お前らもここにいるということは、突然何らかの能力が発言したのだと思う。これらを正しく使うのは当然だが、能力を使うには基礎体力がいるのだ! 無闇に能力を使い過ぎて身体がバテる、という経験をしたものがいるだろう。この授業では基礎体力を作り、正しく自分の能力と向き合う内容だと思ってくれればいい」
私たちに突如発言したこの力にはまだ謎が多い
だから、今分かっている範囲で正しく向き合わなくてはいけないのだ
これは私なりに理解しなければならないことだ
「汗まみれになるのはアイドルには似合わないんだけど…華奢なのよ私…」
この絶妙に空気の読めない呟きは絶対小早川さんだ
というかアイドルは結構ステージで汗まみれになると思うんだけど…
後藤先生スパルタそうだから気持ちは分からなくもない
あ、今の呟き聞こえたみたい
それに反応してか先生は口を開いた
「体育とは多少の汗はかくものだ!」
その大きな声に小早川さんはビクついていた
ただ、そのあとに続けた言葉が意外なものであった
「俺はアイドルというものには疎いが、それを好きな奴らはアイドルのそういうところを応援しているんじゃないのか? それに俺はお前らに無理を強要させたりは絶対にしない! 個人差はあるのは当然のことだからな。今よりもほんの数ミリでも成長を後押しする、それが体育であり教師の役目だと思っている」
私は正直この先生に対して偏見を持っていたのかもしれない
小早川さんも下を向きながら静かに頷いていた
これからみんなで成長できると良いな、私はそう思っていた
「後藤先生素晴らしい言ったね! こんな感じで良い先生だからみんな仲良くしようね!」
綱子先生の言葉に、後藤先生は照れを隠そうとどっしりと上を向いていた
「さてと、それではみんなお待ちかねの抽選だよ! 立候補してくれた人の名前が入ったクジを引くよ!」
忘れていた
今日は選ばれしものが綱子先生と手合わせできるというコンセプトもあったんだった
「誰が当たるか分からんが全力を尽くせよ! 無理をしてはいけないがな!」
後藤先生が激励を送った
我こそがと盛り上がる男衆+αのなか、1人だけボーッとしている男がいた
「よし引いたよ! えっとね…」
春なのに赤いアロハシャツ、頭をポリポリとかきながら大きなあくびをしていた
そんなやる気の無さの擬人化のようなその男の名は
「伊達鈴福くん! 君だよ!おめでとう!」