餓鬼達の道 その2
あと数秒で私の首をあいつのピッケルが貫くだろう
男の力で振られたものに当たったら無抵抗な私はまず死んでしまう、新しい場所に来て特に何もないまま死んでしまう
そして、私の遺体は誰にも見つからないところに捨てられ行方不明扱いになるのだろう
それにしても未だに衝撃がこない
死の瞬間は時間がゆっくりになるらしい、きっとそれだろう
…いや、幾ら何でも遅すぎる
私は今何が起こっているのか恐る恐る目を開けた
「てめぇ! 一体ここにどうやって入ってきたのよ!」
スカジャン男は怒りを露わにしていた
男が振りかぶったピッケルを別の男が止めていたのだ
成人男性が力任せに振ったピッケルをガッチリと両手で抑えていた
いや、ちがう
受け止めていた方の男の片手からは出血していた
つまりその男は私に向かってきたピッケルを自分の見を呈して片手で受け止めたあと、もう片方の手でガッチリと固定したことになる
そして私はこの男の名前を知っている
「無抵抗な人間、ましてや女を襲うなんて男のすることじゃねぇだろうがよ!」
浅井薫だ
今日彼とはクラスメイトになったが、まだお互い知り合って数時間しか経っていない
そんな彼が私を助けてくれている
何はともあれ私はここで死ななくては良くなった
私がホッと安心している間にも2人の攻防は続いている
「おたくは俺の1番嫌いなタイプだわなぁ、女だ何だって次元じゃあないのよ!それに正義のヒーロー気取っているような人間はぶっ殺すしたくなるのよ!」
男はあえて刺さったピッケルをグリグリとわざと肉がエグれるように引っこ抜こうとした
「ぐっ、がぁ」
薫くんは苦痛な声を漏らしていた
しかしそれでも固定している方の手を話さなかった
「くっそ!離せよ!」
スカジャン男は薫くんから武器を引き剥がそうと乱暴に距離をとろうとした
しかし彼はソレを離さなかった
「離してたまるかよ、アンタは俺の近くにいるべきだぜ…」
息を荒くしながらも、絶対に離してたまるかと言わんばかりに力を緩めなかった
スカジャン男の顔からは焦りが見えた
いくら痛みを与えても一切怯まない彼に対して少し恐怖しているのかもしれない
ピッケルを離せばいい
そして距離をとって次の行動に移せばいい
普通ならそう思うかもしれない、だが人間想定外のことが起こると思考回路も単純になる
それに武器を持っているということが心の安心になっているのかもしれない
スカジャン男は必死に武器を取り返そうとしている
すると薫くんは男の目をギロッと睨みつた
「やっと力が溜まってきた、1つ予告すると俺は今から」
彼が話しているその最中、彼の腕に変化が起きていた
彼の腕の筋肉が増えたのだ
通常でもかなり筋肉質なのだが、明らかに今まで以上に発達していた
すると信じられない現象が起こった
彼の片手に刺さっていたピッケルがバキリと音を立てて折れたのだ
その現象を言葉で言い表すのなら「筋肉がピッケルをへし折った」
そう表すしかない
そのあり得ないほどの肉体強化、これこそが浅井薫の能力なのだろう
ピッケルを折られた男は何が起こったのか理解できなかったのだろう
折れたピッケルの先端を眺めながら放心していた
「てめぇの顔をグチャグチャにするけど構わねぇよなぁ!!」
彼がそう発した瞬間には既に彼の拳はスカジャン男の顔面に入っていた
ゴキッ! バリリッ!!
拳が入るたびに何かが折れるような音が連続して響いていた
私は人間がこれほど早く相手に拳を叩きつけることが出来るのを知らなかった
10秒ぐらいの間凄まじい勢いで男は殴られていた
そして、薫くんが相手の顎に最後の強烈なアッパーでを喰らわせた
「ぶべぇらぼッ!?」
スカジャン男は人には聞き取れないような断末魔をあげて、遥か彼方へ吹っ飛んでいった
私がそんな光景に呆気にとられていると
「大丈夫かよ? えっと…モモヤマさん?」
彼はなるべく柔らかい声を意識するような感じで不器用に私に言葉を投げてくれた
そうだ、私は彼に助けてもらったのだ、ボーッとしている暇などないお礼をしなければ
私は色々あってめちゃくちゃになっている頭を無理やり回転させてなんとか返事をした
「だ、大丈夫だよ! で、でもさっきは本当にありがとう」
言葉をたまに詰まらせながらも感謝の気持ちを述べる
薫くんが良いってことよ、と満面の笑みで答える
しかし、私は彼の右手の怪我についてふと思い出した
「そ、それよりも薫くん! その手大丈夫?病院へ行かなきゃ! 痛いよね…ごめんね、私を庇ったせいで…」
ピッケルが刺さったのだ、ひどい怪我に決まっている
それにそのまま放置してたらバイキンが入って取り返しのつかないことになってしまうかもしれない
私は彼を病院へ案内するべく急いでスマホで近くの病院を調べた
「確かにすげぇ痛えけどさ、アンタが痛い思いをしなくて良かったって思っているんだ」
まるで私をなだめるようにそういった、それにさ、と彼は言葉を繋げた
「男ってワガママな生き物でよ、女や子供、ダチの前では無条件で格好つけたくなるんだよ」
本当に馬鹿だよな、と薫くんは笑いながら答えた
私は「この人は良い人だな」と心から感じた
時刻は17時を回って夕日がのぼっていた
その夕日が彼の笑顔を照らした
その顔は嘘偽りのないとてもキレイな笑顔だった
彼を病院へ付き添うために私達は話しをしながら賑やかな声が聞こえる道を歩いていた
「そういえば薫くんはどうやってあの道に入って来たの? 」
今まで頭が混乱していたが冷静になった今だからこそ思いついた素朴な疑問だ
あのスカジャン男がターゲット以外の侵入を許すとはとても思えない
だからこそ薫くんがどう入ってきたのかが疑問だった
「ん?俺はちょっと寄り道してから帰ったんだけどよ、そのときに桃山さんが変な通路というかなんか霧がかかったような道に入っいくのが見えたんだよ」
薫くんはそのときの状況を具体的に話してくれた
「そしたらアンタのすぐ後ろに別の男が尾行するようについてった、そしてアンタの背中に小さいなんか…虫みたいなのを引っ付けたんだよ。俺はなんか嫌な感じだなと思ってその男に何をしているのかと聞いたんだ」
正直全然気づかなかった、その男はあのスカジャン男の仲間だろうか
それならその男は私に一体何をしたんだろう…
「お前! この現場を見たからにゃあ補助具なしじゃあ生活できないようにしてやるぜ! とかいうからとりあえずぶっ飛ばさせてもらった、アイツが先に金槌で襲い掛かってきたんだからな!?いざとなったら全力で謝ればいい!って思ってたしな …そしたらいきなりその変な通路の霧がクッキリとしてさ、そしたら桃山さんがあのスカジャン野郎に絡まれてたってわけだな」
長くなったけどこんなところかな、と薫くんは怪我をした方の手を眺めながら呟いた
その話の中に不可解な点を私は見つけた
彼の言っていることが正しいのなら状況的にあの変な道を作り出していたのはその私を尾行していた方の男だ
それじゃあスカジャン男の方の能力は結局なんだったのだろう
…いいや、そんなことよりも彼を無事病院に届けることが先だ
それにあの男は被害者の私が見てもすこし同情してしまうくらい派手にボコボコにされてた、アレならしばらくは動けないし最悪死んでしまったのでは? と考えた程だ
怖いことはあったけど自分のまわりに良い人がいると感じることができた、そんな日なんじゃないかな
もうすぐ夕日が沈む時間になる
けれど、私の気持ちは沈むことはなかった