餓鬼達の道 その1
私は寮に向かってトボトボと歩いていた
季節は春で、道には桜が儚く散ったあとが残っていた
登校初日、学校から寮までの道を覚えようと『寄り道』しながらのんびりと帰ろうと思ったのに
「はぁ…」
私はため息をついた
少し肌寒いので息は霞となって消えていく
まさか広子ちゃんに振られちゃうとは…彼女と一緒にお店とか巡りたかったんだ
「ごめんねルミ、今日はちょっと行かなきゃいけないところがあるのよ…また今度ね」
彼女の言葉が頭によぎる
登校初日に寄るところってどこなんだろう、私は少し疑問に思ったけど誰に対してもあんまり言いたくないことってあるよね
それぐらいの線引きは分かっているつもりだ、そんなに重い女じゃない
「あ、そうそう!寄り道とかはしないで真っ直ぐ帰るんだよ?『初めてのこと』をしたあとってさ意外と疲れが溜まっちゃってるんだ!寄り道とかは『初めてじゃないとき』にしたほうが良いよ!じゃあね!」
教室を出たはずの綱子先生がヒョコっと顔を出してきてそう言ってた
今回は先生の忠告を聞こう、私は桜の花びらを無意識に踏みながら歩いた
学校から寮までは15分くらいの道のりだったはず、目立った坂道とかもなかったから無心に歩いていればすぐに着く
さらに寮からは海が見えるし眺めも良かった記憶がある
広子ちゃんと一緒の寮じゃなかったのは凄く残念だけど
それにしてもなんかいきなり寒くなったな、天気予報だと比較的に暖かいって言ってた気がするけど
それに
「あれ?この道ってこんなにくたびれてたっけ?」
私は違和感を感じた
確かにまわりの景色は同じだ
パン屋さんがあってケーキ屋さんもあって少し先には教会がある
それ自体は良いのだが、それらの建物はどこか荒んでいる
それに今思い返してみると、私は途中から誰ともすれ違っていない
これは明らかにおかしい、今日は初日ということもあってお昼過ぎにはもう学校は終わっていた
真昼に働いている人、ましてや人っこ1人すれ違わないのはどう考えても違和感がある
「とりあえず来た道を戻ってみよう」
私が学校の方面を向こうとしたとき
「おたく、こんなところでなぁにやってんのよ?」
後ろから男の声がした
私は反射的にその男から距離をとっていた
さっきまで居なかったよね?私の足は硬直していた
「なにしてるだって聞いているのよ、それくらいは答えられるよな?」
ソフトモヒカンにスカジャンの男は私にジリジリと近づいてきた
私は男の人が苦手というわけじゃないし好意を寄せてくる人にはそれなりの対応をする
けれど、この人はそういう感情を抱いて私に近づいてきてるわけじゃない、今の状況から照らし合わせてもそういうのしゃない
危険だ、私の本能が警鐘をならしている
私はなんとか逃げる方法を考えていた
「み、道に迷っていただけです、ですが来た道を戻れば良いだけなので…失礼します!」
私は男の横を全速力で駆け抜けた、しかし
「そんな怖がらなくてもいいじゃねぇかよ、お兄さんとちょっとお話しようぜ?別におたくを取って食っちゃおうって訳じゃないんだからよ」
いつの間にか私の前に現れた男によって道を塞がれてしまう
一体いつの間に先回りしたのだろう
後ろから追いかけてくるのならまだ分かる、だけど今のは一瞬で私の前に現れたように見えた
「そんな怯えた顔しねぇでくれよ…まぁ、なら要件だけ話すわ、おたくイマドキのJKってやつなんだろう?なら金とかそれなりにあるんだよな?」
男は寂しそうな顔をわざとらしくしたあと、お金のジェスチャーをしてそう言った
この人、私からお金をせびるつもりだ
この地獄のような空間から抜け出せるなら正直払ってしまおうかと思ったが、こういう人に1回渡してしまうと永遠と付き纏われるっていうのを前にどこかで聞いた
私が頭の中で必死に打開策を考えている合間にも男は淡々と話す
「別におたくの服を剥いで何かしようって魂胆じゃないのよ、ただお兄さんのお昼ご飯を豪勢にしようとか、パチンコで大儲けできるそんな資金がほしいのよ」
手で何かを捻る動作をした男は私の考えなど知らんというかの如く言葉を続ける
「納得できない?じゃあこうしようか、お兄さんはおたくをお家にかえしてあげる、だけどその道には通行料がいる、それをオタクが払う!完璧だろう?」
何が完璧なんだろうか
そもそも勝手に道を占領しているのはそっちじゃないか、こういういい年して自分勝手な大人には正直イライラする
でも力でなんとかできる相手ではないのは私にもわかる
「す、すみません今日はお金持ってきていないんです」
だから私を相手にするのは時間の無駄だってことを分からせようとした
すると男はやれやれと言わんばかりの顔をして
「ソイツは仕方ねぇな、悪かったな足止めしてよ」
と私に背を向け何処かへ向かって行った
ホッ、なんとか切り抜けられた…私は安心して学校の方面へ戻ろうとした
「とでも言うと思ったかぁ!このクソアバズレがぁ!!」
私の首には登山用の大きなピッケルが添えられていた
え?さっき反対方向に消えていったのに
私の目の前にはさっきのソフモヒ男の顔があった
まるで瞬間移動してきたみたいだった
私の顔がすぐ近くにあるのにも関わらず、男はさらに声音を強めて怒鳴った
「いいかぁ?世の中はどんな事柄も金で動いてんのよ!パチンコするにも風俗行くにも金がいる、今回は俺が!お前から搾取する側なのよ!それなのに手持ちがないだぁ?あんまり舐めた口きいてるとその大層なおべべひん剥いてスラム街にほん投げんぞクソ女ぁ!」
男は興奮しているのかツバを撒き散らしながら私に向かって吠えた
正直、怖い
私は半泣きになりながら腰を抜かしていた
その間男は深呼吸をしたかと思うと最初のときの淡々とした口調で話を続ける
「まぁ払わねぇっていうなら、俺がここで仮におたくを見逃したところで出口には辿り着けないんだけどよぉ」
その言葉を聞いたとき不思議と驚きはなかった
多分、この空間はあの男の能力なんだろう
薄々そんな気がしてたけど、人間最悪な考えはしたくない
能力で妨害されていると考えるより、ちょっとおかしな事象と解釈したほうが心が楽だからだ
「餓鬼達の道、ネーミングは俺なんだけどさぁ、ちょっと変えたくなってきたなぁ、どんなのが良いかねぇ…まぁ俺はマルチタスク?ってのはそんなに得意じゃないのよ…今おたくの首筋にコイツをあてながらネーミングを考え直すって難しいなぁ、だから」
ピッケルを持ってない方の手で頭をガリガリと掻きながら私に向かって言葉を投げかけた
私は逃げようにも腰を抜かしてしまって体が動かない
私はもう泣いていた、あと数秒で自分の命が終わってしまう予感を感じ無力に涙を流していた
広子ちゃん…先生…誰でも良いから助けて
私は心の中で叫んでいた、口に出さなかったのはそもそも声が恐怖で出ないからだ
私のそんな思いを嘲笑うかのように不敵な笑みを浮かべる男が私の目の前にいる
この絶望的な状況に何もすることができなかった
「おたくの首にコイツをぶっ刺して金目のものを全部奪ってやる!1回払ったら永遠に付き纏われるって先のことを考えすぎてお先真っ暗ってのは笑えないよなぁ!その首からジャムみてぇな血をまき散らせてやるよぉぉぉぉ!」
男は勢いよく私に向ってピッケルを振りかぶった