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9.襲撃


 その報せは魔術師ミノロフが定例会議の閉会を宣言しようと懐中時計に視線を落としたそのとき、飛び込んできた。


「議長! ミノロフ議長!」


 毎年、魔術師学校の優秀な学生を弟子として抱えているミノロフは自身の弟子の一人である赤毛の若い男が慌てた様子で駆けてくるのを見て目を細めた。若い男は学生であることを示す深緑のローブを羽織り、利発そうな青い瞳とふさふさと立派な眉毛をしていた。


「何じゃ、ベルゼン。会議はもう終わりじゃ。わしが今からそれを宣言したならの話だが、それまで待てぬのかね」


「そ、それが……」


 ひょうきんな態度のミノロフを前に、ベルゼンはかしこまりながら、困ったように眉を下げた。ミノロフは同じように片眉を動かすと、片手を振った。


「よい。それほどの要件なら話してみよ」


 ベルゼンは、おずおずとミノロフに顔を近づけると彼の耳元で囁いた。ミノロフはベルゼンという名の赤髪の男の言うことを興味深そうに聞いていた。袖口に金の刺繍が施され、胸元には青薔薇の刺繍が施された堅苦しい制服に一様に身を包んだ周囲の魔術師達は、何の騒ぎかと眉を顰めながら、しかし、それを直接ミノロフに問いただすほどの権力を持たないがために皆、大人しく口をつぐんでいた。

月に二、三度、王の庭の魔術師達が揃う会議では王の庭の中からさらに厳選された王の薔薇と呼ばれる組織に属する魔術師ミノロフが議長を務めるのが常だった。王の庭とてそこら辺の魔術師よりは格上の存在だが、王の庭が三十名程度で構成されているのに対し、王の薔薇はそれより数の少ない六名によって現状の体制が組まれていた。ここ数十年、その人数に変動はなく、不動の地位を固めた彼らは今では王の絶対的な信頼の下、ヴェラシードの領地を実質、取り仕切るまでになっていた。

 ベルゼンがミノロフから離れると、ミノロフは険しい顔で頷いた。


「ふむ。事情は分かった。皆にはわしから伝えておこう。わざわざご苦労だったな、ベルゼン。そうじゃ。このことをヨーゼフにも伝えてやってくれんか」


 ベルゼンはミノロフに敬礼し、来たとき同様、急ぎ足で部屋を出て行った。ミノロフは目をつぶって考えるような仕草をした後、向けられている視線の全てに答えるよう部屋の中を見回した。


「諸君。これは連絡事項として通達しておくが、先程、ガガンの強制収容所が襲撃されたそうじゃ」


 口調とは裏腹に、告げられたことの重大さに集団からざわめきが起こった。


「案ずることはない。既に王の薔薇の一人が現地に飛び、襲撃した犯人の行方を追っている。目撃された容貌からガガンの者であることは明らかじゃが……とにかく、ここにいる君達の部下や魔術師が対応に当たっている故、心配は無用じゃ」


「ミノロフ議長。我々もすぐに現場に急行した方が良いのではないでしょうか」


 声を上げたのはアドリアーノだった。この場で彼より年を重ねた魔術師はもはやミノロフ以外にいなかった。眼光をぎらつかせたアドリアーノに臆することなく、ミノロフは涼しげな顔で左手を振った。その手には青色の丸石がはめこまれた指輪が燦然と輝いていた。見る角度によって輝きを変えるその指輪は王の薔薇の一員である証として、彼が六十年前に王から賜ったものだ。ミノロフはアドリアーノの言葉を毅然とした態度で跳ね除けた。


「その必要はない。上官と上官候補である君達のような優秀な魔術師がわざわざ出向いてやるほどの現場ではない」


「しかし」


「強制収容所を任されている君としては心配じゃろうが……襲われた現場が現場なだけにことを大事にするなと王からのお達しじゃ。収容所は表向き、罪人を囲う施設として認知されておる。そこを襲うとなれば、権力へ盾突くこととなり、反体制派にとっては良い宣伝にもなろうて。今までと同様、深い意味はあるまい」


「今回はあれが盗まれているのです。前回の襲撃とは事情が違います」


「考え過ぎじゃ。奴らにそこまで知恵の回るものはおらんじゃろう。二つはそれぞれ別に起きたこと。……さて、話は以上じゃ。大人しくこのまま帰路に着くがよい。各々、気を引き締めて各自の持ち場を守りたまえ」


 ミノロフの言葉に全員が敬礼をし、アドリアーノは反論の言葉を飲み込んだ。集まった魔術師達は慌ただしく部屋を出て行った。アドリアーノもまた配下の魔術師達を連れて部屋を出た。強制収容所が襲撃されたとあって彼らの表情はいつになく固かった。

アドリアーノ達は急ぎ、馬番から預けていた馬を受けとった。サヴマにより馬脚を速めれば一時間もあれば王都から戻れるだろう。


「……アドリアーノ所長」


 手綱を握りしめたアドリアーノの横に配下の男が馬を並べた。男の名はダミアンと言った。彼は強制収容所で捕らえた空っぽ達の点呼を取る役割を担っていた男だった。


「何だ」


「ガガンの収容所が襲撃されたことと本が盗まれたこと。私にはどうしても関係があるように思えてなりません。何故、彼らが……この事態を楽観視していられるのか、到底理解できません」


「同感だ。恐らく、奴らは本の秘密に勘付いたのだろう。あれを操るために必要な空っぽを血眼で探しているに違いない」


「……我々のところも危ないのではありませんか」


「ああ。奴らの手に空っぽが渡るようなことがあってはこちらの面目が丸潰れになる。急ぎ、戻らねば。到着後、迅速に警備の立て直しを図りたまえ」


「承知いたしました」


 馬上で短く首を垂れるとダミアンは下がっていった。

 それにしても。アドリアーノは王の住まう城の横に建築された巨大な聖堂のごとき外観をした建物を忌々しげに振り返った。相変わらず、あのジジイはこれほどの非常事態にも関わらず、ヘラヘラとして、完全にいかれている。王から称号を得た魔術師達の中枢部であり、最上階は王の薔薇の住処となっているこの要塞はあらゆる力の象徴として君臨している。見かけは適当なあの老人もその身に強大なサヴマを持つからこそ、最上階に部屋を与えられ、議長という役職に暇つぶしという名目で名乗りを上げ、あれほど自由に振る舞えているというのだ。アドリアーノは舌打ちをした。いくらサヴマが強かろうとご自慢の力に胡座をかいて、危機感というものを年々忘れていくようでは王の薔薇として適任とはいえないし、上官として仕える気にもならない。もっと言えば、自分の方がよっぽど王の薔薇として適任であるだろう、というのは彼がここへ足を運ぶ度に思うことだった。


「今に引き摺り下ろしてやる」


 アドリアーノは固く心に決めると馬の腹を蹴り、自らに与えられた唯一の城であるアザール強制収容所へ戻るため、手綱を握った。


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