二人の過去
今から数十年ほど前・・・一人の少女は憂鬱な気分で空を眺めていた。
季節は春。
雪解けが進み春の息吹が感じられるよく晴れた日なのだが、少女の気持ちは沈んだままだ。
少女がため息をこぼしていると小鳥が少女の近くへと着地し、その小さな瞳で少女を見つめる。
『貴方は自由でいいですね・・・』
少女は退屈そうに小鳥に話しかける。
しかしながら小鳥は少女の問に答えることはなく羽ばたき、何処かに飛んで行ってしまった。
『お嬢様。身支度は整いましたか?』
扉越しから聞こえてくる女性の声に反応すること無く少女は空を眺めている。
『失礼します・・・まだ何もしていないのですか?』
少女から何の返答もないのにも関わらずに扉は開けられ、中にメイド服を着た女性達が入ってくる。
一番先頭は年齢にして三十後半くらいの女性であり、その眼光は鋭く凛っとした表情の女性だ。
『お嬢様・・・そろそろ準備してもらわなければ間に合いませんが?』
もう一度女性が問いかけるとようやく窓から視線をメイド服を着た女性達の方へと向く少女。
その瞳にやる気はなく、心底憂鬱な表情をしている。
『・・・私は何回も言ったはずですが?』
『そうは言われましてもこれは決定事項ですので・・・』
『決定事項・・・私の同意も無しにですか?』
先ほどまで無気力であった少女の瞳には怒りが宿り、殺意がメイド服を着た女性達に向けられる。
しかしながら先頭の女性は怯むことはなく、寧ろ当然のように首を縦に振る。
『我々はお父上様に雇われている身ですので』
『私の言う事は聞くつもりがないと?』
『お嬢様が我々を雇われれば別ですが・・・』
女性にそう言われやる気を無くした少女はため息をつく。
少女の家計は代々続く貴族の家計であり、少女もまた貴族娘として大事に育てられてきた。
・・・そう政略結婚の道具として。
少女がそのことに気がついたのは数ヶ月前・・・自身が十五の誕生日を迎えた時だった。
楽しい宴に、美味しい料理、綺麗なドレスを着て十五の誕生日を迎えた少女の前に突如として現れた初老の男性。
最初は父の友人なのではないかと思った少女だが父が『彼が君の夫になる人だよ』っと言われどうすれば良いのか困惑してしまった。
誰だってそうであろう・・・見ず知らずの男性を父親から紹介され、その男性が自らの夫になる男性だと言われたのであれば・・・
それに自らの歳よりも三十以上、歳の離れているのであれば尚更だ。
そして・・・少女はこの男性と合った瞬間に理解した・・・この男の欲望を。
違和感か、それとも少女の勘がそう告げたのか、少女は男性が少女に触れるよりも先に部屋を飛び出し自室に閉じ籠ってしまった。
あれから数ヶ月が経ち今に至る・・・
望まぬ結婚に、望まぬ生活・・・少女の言葉に耳を傾ける人間など最早この世界にいなくなってしまった現実。
幼い頃から育ててもらったメイド達も、尊敬していた父も、そして優しかった母でさえも、もう少女の事を気にしていないのか少女が閉じ籠った頃から一回も会いに来ていない。
信じていた人物に裏切られてしまった少女・・・気がついた時には時既に遅く何もかもが手遅れであった。
少女には自力でお金を稼ぐ手段も、人を動かす人望も、権力も無い。
そんな無力な少女の抵抗虚しく着替えさせられてしまった・・・女性が最も憧れる衣装ウエディングドレスに・・・
『・・・誰も信用できないなぁ』
少女はウエディングドレスに身を包み、そして馬車に揺られている。
この馬車は少女を婚約者の元に運ぶための馬車だ。
・・・外から鍵を付けられ出られなくされてしまった少女。
その両手には手錠とそして目隠しをされてしまっている。
(あまり私に手間をかけさせないでくれるかね?)
手錠をかけられ、そして目隠しをされてしまった少女に冷たく言い放つ少女の父。
その言葉には何の悲しみも、何の同情も感じられなく少女を物のようにして扱う父の心情を、最後まで理解出来なかった少女は涙を流す・・・誰も頼ることの出来ないこの世界に嘆きながら。
『馬車が止まった?』
目隠しをされてしまった少女では外の様子を見ることが出来ず、そしてこの馬車では外の音を聞く事が出来ない。
しかしながら振動という物は感じとれるので止まったことはわかる。
『・・・遂にたどり着いてしまったのですかね』
少女の問いかけに答えるように外の鍵が開けられ、そして馬車の扉が開けられる。
しかし聞こえて来た声は予想外のものであった。
『おいおい、こいつはいいぜ!』
『おぉ!上玉じゃねぇか!?』
『ウエディングドレスとはまさか嫁入り前か!?』
『あぁ!?だがどういうことだ?』
『目隠しに手錠・・・どうやら訳ありのようだな』
少女の馬車を開けたのは少女の婚約者ではなく・・・ならず者達であり、その瞳には強欲な感情が感じられる。
目に見なくても理解出来るほどに下品だと直ぐ様に直感した少女だが・・・手錠をされ、目隠しをされた少女に抵抗する術は無く、ならず者達が馬車へと乗り込んでしまった。
『無言とはどういう心境なのかなぁ?』
『まさか俺達にビビって声も出ねぇのか!?』
『可哀想なお嬢ちゃん・・・これからおめぇは俺達の物になるんだぜぇ』
『目隠し取ってやるよ』
馬車へと乗り込んだならず者達は少女を囲むようにして座り、そして目隠しを取る。
目を開けた少女の目の前にいたのは想像通りの・・・下品な連中で、その手には得物が握られている。
その得物には血が付着している物もあり、容易に騎手と護衛の者を殺害したのだと想像出来る。
目に見える範囲で四名に、外から聞こえてくる声が二つ、合計で六名のならず者達に方位されてしまった少女の心にあるのはただ一つ・・・『どうしてこんな事に』っという感情だけであった。
『おぉ!赤い瞳とは・・・』
『おいおい、すげぇべっぴんさんじゃねぇか?』
『赤い瞳に艶やかな黄金の髪・・・こいつはそそるなぁ』
『さっさとアジトに運ぼうぜ!』
赤い瞳に黄金の髪・・・珍しい組み合わせの少女の瞳と髪見て興奮した様子のならず者達。
その表情はいやらしく・・・彼らのアジトについてしまったらどうなるのか容易に想像が出来る。
彼らが今少女に手を出さないのは、彼らよりも上の存在がいる事を意味しており・・・そしてアジトという言葉から更に彼らの仲間がいると理解してしまった少女。
そんな少女とならず者達を乗せた馬車は走り出してしまう。
『なぁ、お嬢ちゃん名前は何て言うんだい?』
『それにその手錠・・・何か訳ありか?』
『ウエディングドレスっていうことはこれから結婚式か?』
『でも残念だなぁ・・・あんたはこれから俺達のアジトに行くことになるぜ』
ならず者達が少女に話しかけるが、少女は何も答えない。
答える気も、目線さえも合わせようとしない少女に向かって得物を突き立てるならず者だが・・・少女は何の反応も示さない。
『・・・少し痛い目を見たいようだなぁ!』
『おいおい待てよ。流石にボスに合わせる前に傷物にしたら不味いんじゃねぇの?』
『そうだぜ・・・それとも俺達だけで楽しむか?』
『流石にそれは不味いんじゃねぇのか?時間を過ぎると疑われるぜ?』
『だが俺達を無視するのは許せねぇだろうがよう!』
『だとしても・・・なんだ?』
会話をしていたならず者達に馬車を操っていたならず者が話しかけてくる。
その内容は雨が降ってきたということであり、この様子だと土砂降りになってしまうという話だ。
何処かに雨宿りするか?それともアジトに戻るのか?
ならず者達が出した答えは後者であり、土砂降りになってしまう前に帰るという事なのだが・・・残念ながら土砂降りなってしまった。
そして運の悪いことに風も徐々に強くなってしまい、辺りは薄暗い雲に覆われてしまう。
『つり橋かぁ・・・』
そんな最中に目の前に現れたのはアジトと道を繋ぐつり橋なのだが・・・アジトに戻るにはこのつり橋を渡るしか方法は無い。
つり橋さえ越えてしまえば後は直ぐ其処なのだが・・・
『渡るしか方法は無いのか・・・』
憂鬱そうにため息をつき、ならず者は馬車を動かすが・・・突如として悲劇は起こってしまう。
今まで馬車を引っ張っていた馬に飛んで来た石が直撃してしまったのだ。
更に運の悪い事に、その石は馬の目に直撃してしまい大暴れしてしまい・・・そして雨によって濡れてしまったつり橋で転んでしまった。
バランスを崩してしまった馬車はそのまま馬と共に谷底へと落ちてしまう。
突如として馬車が揺れたことに驚いたならず者達だったが・・・時既に遅く、谷底に落ちる馬車を止める術は無い。
そしてならず者達と共に少女は地面へと激突してしまう・・・はずであった。
『・・・どうして生きているの?』
辺りに散らばった馬車の破片と、物言わぬ肉塊になってしまったならず者達。
何故か少女だけは無事で、途方にくれていると・・・少女の手錠がなの前触れもなく外れる。
いや、外れるという表現は正しくなく、正確には手錠は斬られたのだ。
少女を傷つけることなく斬られたのだ。
『可愛いお嬢ちゃんに手錠とは・・・やはりこの世界は腐ってますね』
少女が困惑しているといったい何時から其処にいたのかはわからないが、聖職者の衣装を着た女性が少女の隣に立っている。
そして少女は気がつく、自分が濡れていないことに。
周りにはまだ雨が降っていることは確認出来るが、それでも少女と聖職者の衣装を着た女性が濡れていないのがわかる。
それに雨音が少し遠くに聞こえるのも不思議だ。
『あ、貴女は・・・』
『別に名乗るほどの者ではございません・・・』
『えっ・・・あぁ・・・』
『とりあえず移動しましょうか』
聖職者の衣装を着た女性がそう言い終えると・・・急に少女と女性の身体が宙を舞う。
突然の出来事に困惑してしまった少女を他所に、物事は動き始めてしまい・・・宙に舞った少女と女性は空を移動して行く。
困惑していた少女だが・・・空を飛ぶという今まで経験したことのない経験をして興奮してしまう。
困惑よりも、恐怖よりも、何がどうなっているということよりも少女は空を飛んだという出来事に興奮してしまった少女は突如として現れた女性を見つめる。
『この人はいったい何者なのか?この力は何のか?』不思議が、自分では理解出来ない現象を体験してしまった少女は興奮を覚える。
空を飛ぶという経験をし終えた少女は気がつくと、何処かの道にたどり着いていた。
あまりにも興奮してしまったが為に覚えてはいなかったが、どうやら少女は渓谷から移動したようだ。
降りしきる雨の中で少女は本能で・・・心で理解する。
『この人と一緒ならば今までとは全く違う世界を経験出来る』っと。
そう思った瞬間、少女は既に行動しており、その身を聖職者の衣装に身を包んだ女性の前に投げ出す。
自身が出来る最大の敬意を示し表すようにして少女は頭を垂れそして・・・
『私を貴女様と共に居させてください!』
少女は自身の出来る最大の敬意と共に、心から・・・魂から叫ぶ。
その少女の行動に女性は少し考えた後・・・再び少女と女性は宙を舞っていた。
そしてたどり着いたのは少女の実家であり、元の家だった。
何故女性が少女家を知っているのかは別として・・・女性は少女に一本のナイフを差し出し、こう言い放つ。
『貴女の覚悟を試させてください』っと。
その言葉、そしてそのナイフが何を意味しているのか理解した少女はナイフを手に取り家へと戻って行く・・・全てを終わらせ、自分が望むべき未来を示し表す為に。
そして数時間後・・・血塗れとなってしまった少女を暖かく迎える女性。
それがアリセスがマリアティアスに認められた瞬間であった・・・
アリセスがマリアティアスに出会って数日後・・・マリアティアスはとある場所に来ていた。
その場所は女神セラフティアスに見棄てられた土地である竜王国の下・・・翼無き者達が住まう場所と帝国との国境である結界付近にもう一人の少女はいた。
人間が居ないはずの深い森の中に少女は一人・・・死にかけになりながらも本能のままに生きていた。
その少女は生まれながらどのようにして生きればいいのか?どのような方法をとれはこの状況から脱出出来るのかなど瞬時に理解出来る才能を持って生まれて来たのだ。
しかし・・・その少女は望むべくして生まれて来たわけではなかった。
少女の母親は奴隷だった・・・それも人間の。
人間が女神セラフティアスの作り上げられた結界から基本出ることはない。
しかし時として逃げ出す為に・・・もしくは興味本位で結界外に向かう人間も少なからず存在する。
大抵の人間は亜人、翼無き者に殺されたり、食われたりするのだがその女性は違っていた・・・
奴隷だった女性には思い人がいた。奴隷なのにも関わらずに女性は恋に落ちてしまったのだ。
だが、奴隷である女性がその男性と一つになることは不可能・・・しかしながらそんな女性の恋心に漬け込んだ女性の主人は一つの提案をしたのだ。
不可能な提案を・・・
その提案とは女性が翼無き者の子供を身籠るということであった。
人間と亜人である翼無き者との間に子供が出来る事はありえない。それ以前に作ろうとも思わないのが普通だ。
しかしながら女性の主人は趣味が悪かったのだ。最低、最悪と言われるまでに・・・
そして女性は愛する男性と一つになるために翼無き者に犯され、そして身籠ったのだ。
隙を見て逃げ出す事に成功した女性なのだが・・・現実は非常であった。
既に女性の愛する男性はこの世にいなく、そして自身に身籠らせるように指示をした主人も帝国皇帝によって裁かれしまいこの世にいなかった。
彼女は全てを失ったのだ・・・自らが愛する男性も、復讐するべき相手も。
そして失意の中で産まれてしまった少女・・・
少女の母親は産んでしまったことによって体力が無くなってしまい死んでしまった。
最後に彼女が何を思っていたのは今では何もわからないが・・・
『ここですかね・・・』
そんな望むべくして産まれてしまった少女を探しにマリアティアスは魔法を発動させる・・・よりも早く発見する。
物陰からこちらを見ている少女。
その目付きは鋭く、野生の眼光と伸びきった髪。健康とは言いがたい痩せ細った手足の少女だ。
何故か似合わない大きめな服を着ているが・・・
『あら・・・思ったよりも』
マリアティアスが話しているのにも関わらずに、少女は手に持っている錆び付いたナイフをマリアティアスに向かって投擲する。
しかしながら投擲したナイフがマリアティアスに直撃する事はなく、マリアティアスに当たる直前に弾かれ地面に落ちてしまった。
その事を驚いた表情で見ていた少女の視界から一瞬にしてマリアティアスはいなくなる。
『あぁ!?』
驚きの声を上げた少女の後ろにいつの間にか移動したマリアティアス。
そして気がついた時には少女はマリアティアスによって抱き抱えられてしまっていた。
『少し教育が必要ですね』
マリアティアスが呟いた瞬間、少女にある物を手渡す。
『飲んで見てください・・・そうすれば新天地が開けると思いますよ』
それは真っ赤な色をした・・・血のような練っとりとした液体だ。
その真っ赤な色をした液体を不思議そうに眺めている少女。
数秒程度迷った少女だが・・・少女は決意したようにその真っ赤な液体を流し込む。
『う・・・あぁ・・・』
少女が呻き声をあげて踞ってから数分後・・・少女はゆっくりと起き上がる。
『・・・いったい私に何を飲ませた?』
先ほどまでしどろもどろに話していた少女が打って変わって何の抵抗もなく話始める。
その姿を見て満面の笑みになるマリアティアス。
そんなマリアティアスとは対照的に困惑した様子の少女。
『貴女に飲ませたのは私の記憶の一部ですよ・・・まぁ、普通に話せるようにしただけですが』
『記憶の一部・・・』
記憶の一部を飲まされたという言葉がピンとこなかったのか少女は首を傾げている。
得体の知れない液体を飲まされた・・・飲んだのにも関わらずに嫌悪感を抱いていない少女。
『普通に話せる』と言った言葉通りに少女は、今では知らなかった単語や言葉の意味を瞬時に理解出来るようになっている。
まだ少女は年齢にして五歳にも満たない少女であり、知らない言葉など数多く存在する。
基礎的な読み書きや、計算が一瞬で出来るようになった少女はじっとマリアティアスを見つめる。
(この人はいったい何者・・・記憶の一部?確かに今までわからなかった事が理解出来るけど・・・)
『さて・・・これで貴女は普通に会話出来るようになりましたが・・・どうです私と共に行きませんか?』
『・・・断ったら?』
『別に何もありませんよ・・・ただ、貴女は今まで通りの生活を送るだけです』
『今まで通り・・・』
『えぇ、そうです。戻るだけですよ今まで通りの・・・ただその日を生きるだけの日常に』
そう言われて少女は考える。
今まで産まれてから本能のままに生きてきた少女は今日始めて言葉を習った。
考えて行動するという事がどういうことになるのか理解出来るようになった少女は、昨日とはまるで違う世界をこれから生きることになる。
知識は力であり、情報は武器になるという事を学んだ少女であれば、その日その日を生きるだけだった生活から抜け出せると確証する。
しかし・・・目の前の女性の得体の知れない力を目の当たりにした少女の答え既に決定していた。
だが、知識を得たからにはその知識を使ってみたいというのが人の性であり、少女もまた例外ではなかった。
『・・・力を見せてくれませんか?』
『力ですか?』
『そうです。貴女はありえない力を持っている人だということは、貴女から貰った知識で理解出来ました。だけどもその実力を知りたいのです』
『なるほど・・・ならば一つ私と賭けをしましょうか?』
『賭け?』
『賭けの内容としては・・・二十四時間以内に貴女が私に傷つける事が出来れば貴女の勝ち。出来なければ私の勝ちということで』
『なるほど・・・』
『それで貴女が私に勝ったら私の全てを貴女に捧げますよ』
『私が負けたら?』
『私の所有物になってくださいね』
『所有物・・・奴隷ですか?』
『奴隷とは違いますね・・・それでどうします。受けますか?受けませんか?』
『受けますよ。貴女を傷つければいいのですよね』
『えぇそうです。受けるのであれば貴女にこれを差し上げますよ』
そうマリアティアスが言い終えると、空間に皹が入り・・・そして割れた空間から四本の刀を取り出す。
その四本の刀をマリアティアスは少女の足元に向かったて投げ、使うように促す。
少女は素直に四本の刀を手に取る。
僅か五歳にも満たない少女には大きすぎる刀なのだが・・・少女が手にした瞬間、一瞬にして大きさと長さが変わり少女の手に馴染む大きさに変化する。
『魔法の刀・・・それも四本』
呟くように手に持っている刀をまじまじと見ている少女だが・・・四本の刀の性能を理解した少女はマリアティアスに向かって攻撃を仕掛ける。
四本の内の一本は投擲で、もう一本は宙に向かって投げ捨て、残りの二本を両手に持っての攻撃だ。
本能に身を任せた少女の攻撃は、並の人間であれば防ぐ事が出来ない攻撃になる。
投擲された刀を避けたとしても、上空へと投げた刀が襲い掛かり、投擲された刀と上空へと投げた刀の両方を避けたとしても接近してきた少女に斬られるということになる。
少女の勝利はマリアティアスに傷を付ければ勝利であり、別に命を奪う必要はないのだ。
だが・・・その攻撃を何も、一歩も動くことなくマリアティアスは魔法によって全て、完全に完璧に防ぎきる。
『魔法!?それも一瞬で・・・』
防がれたことに驚きを隠せない少女は距離を取り様子伺う。
マリアティアスが少女に反撃する様子は無く、少女と同じように様子を伺っている。
『攻め込む必要はないから・・・流石にこのままじゃあの防御を突破出来ない』
少女は呟くと空を見る。
空は既に黄昏時を迎えていて、あと数時間もすれば月が出てくるであろう。
『今日は満月・・・本気で戦える』
『えぇそうですよ・・・今日は満月。貴女が全力で戦える日ですよ』
『何故その事を知っている・・・誰にも言っていないはず』
『知ってますよ貴女の事は・・・望むべくして産まれてしまった貴女の事は・・・』
『・・・何故知っているのかは後で話してもらう』
少女は再びマリアティアスに向かって攻撃を続けるが・・・数時間攻撃し続けてもかすり傷一つさえ与えることは出来ずに遂に満月が顔を出す。
すると少女の姿が一転する。
黒かった髪白色・・・銀色へと変化し、瞳孔が縦に割れる。
それだけではなく、少女の身体自体がまるで別に生き物のように変化していき・・・銀色の髪には獣のような耳と後ろからは髪と同じ色の銀色の尻尾。
両手、両足の途中からは体毛に覆われ始め・・・終いには爪が鋭く変化する。
『ガルルルルゥゥゥゥ』
歯を剥き出しにして威嚇するその姿はまさに亜人である狼人そのものだ。
『奇跡の確率で産まれた銀色の狼人・・・人間の母親と狼人の父親から産まれた貴女は満月の時にその力を発揮する』
マリアティアスが興味深そうに姿が変わってしまった少女を見ていると、少女はクラウチングスタートのようなポーズを取り・・・爆発的な跳躍力と共に一気にマリアティアスに近づく。
それはさながら引き絞られた弓から放たれる矢のようだ。
『・・・えっ!?』
マリアティアスに近づき・・・そして攻撃を仕掛けた少女であったがその表情は驚きと共に柔らかな感触に包まれていた。
『美しい銀色の髪ですね・・・それにとっても魅力的な瞳をしています』
『なっ!?何を言って・・・』
マリアティアスに攻撃を仕掛けた少女であったが、その攻撃が当たることは無く少女の攻撃は受け流され、そして少女はマリアティアスの胸に踞っていた。
突如として柔らかな感触に包まれ、困惑した様子の少女をマリアティアスは優しく撫でて、縦に割れた・・・異様な瞳を見つめている。
じっとまじまじとマリアティアスに見られていることに思わず顔を背ける少女。
その表情は赤く、照れている様子だ。
『うーん。ですが勿体ないですね。こんなに綺麗な髪をしているのに手入れされてませんね』
『お前・・・私と戦う気があるのか?』
『それに・・・少し臭いますね』
『おい!話を・・・』
全く戦意を感じないマリアティアスに対して疑問を持ち始める少女。
そんな少女を他所にマリアティアスは少女の髪を触ったり、臭いを嗅いだり、まじまじと見たりしている。
『そんなじろじろ見るなよ・・・』
『貴女は原石ですからね・・・貴女自身も知らないのではないのでしょうか?』
『何を言って・・・』
『貴女はまだ自身の力を引き出せていないのですよ』
『・・・何故お前がわかる?』
『わかりますよ・・・私はそういう力を持っていますからね』
『信用出来ないな・・・』
『そうでしょうね。ですが真実です』
『その力を引き出した私は今とどうなる?』
『新天地が開けるでしょうね。それに・・・私と共に来るのでしたら今までの生活とはまるで違う世界へと行くことになりますよ』
『違う世界・・・』
『実力は・・・もう理解出来ますよね?』
そう言われて少女は今まで入れていた力を抜き、少女もまたマリアティアスをじっと見つめる。
『貴女について行けば新天地に行けるの?』
『えぇそうです。今までとは全く違う世界ですよ』
『わかった・・・貴女についていく』
マリアティアスにそう告げると少女からは戦意が無くなり、そしてマリアティアスもまた少女から手を放す。
『そうと決まれば、名前を決めなければなりませんね』
『名前・・・』
『そうですね・・・エールという名前はどうでしょうか?』
こうして望むべくして産まれてしまった少女はエールと名前を変え、マリアティアスと共に歩いて行くのであった。




