銀狼の狂信者VS薔薇騎士の狂信者
エルピーラ王国へと戻ったマリアティアスは満足気に王城内に存在する監視塔から周りの様子を眺めている。
ベリアス城は未だに戦闘が続いていて、止む気配がない。
聖薔薇騎士団の行動がきっかけとなり王城内には最初よりも多くの民が押し寄せて来てしまっている。
『多勢に無勢』という言葉があるように訓練された王城警備兵でも一対一なら勝ち目があるが・・・一対ニ、一対三と数が徐々に増えていき終いには王城警備兵一人に対して五、六人を相手にしている状況だ。
そして王国最強騎士であるヴァーミリオンには命すらも惜しくない者達が壁となり行く手を塞ぐようにして立ち塞がり、ヴァーミリオンの行動を阻害して身動きが取れないようにしているのだ。
自らの正義が執行出来るのであれば自身の命すら惜しくない者達の行動というものは恐ろしく、そしてヴァーミリオンの心を蝕んでゆく。
彼らの叫びが、彼らの嘆きがヴァーミリオンの剣先を鈍らせる。
だが・・・それで戦意が無くなるほどヴァーミリオンの心は折れてはない。
『どれだけ斬れば終わる・・・誰を殺せばこの暴動はおわるんだぁ!』
自らの王国の民を斬り伏せ、踏み潰し・・・屍体の山、血の川の中を突き進んで行くヴァーミリオン。
それでも彼を止めようと立ち塞がる王国の民。
倒されても倒されても何故彼らは歩みを止めないのか?そんな疑問を抱く暇もなく剣を振るヴァーミリオン。
そんなヴァーミリオンを見ているマリアティアスともう一人、魔導士のローブを着込んだ人物・・・ヘルメス・T・アレイスティアもヴァーミリオンを観察するように見ている。
何故彼女がこの場にいるのかというと・・・彼女は最初っからマリアティアス側という事だけだ。
それにヘルメスは元から疫病の狂天使を倒す為に行動していただけであり別に王国・・・所属していた魔法国に忠誠を誓っているわけではない。
それに・・・マリアティアスのしようとしている事を真に理解してからは、最早何の躊躇もすることもなく行動出来る。
それが誰かを殺める事になってもだ。
『順調ですねマリアティアス様』
『そうですね。少し予想外の事はありましたが・・・これで王国も秒読みといったところでしょうか?』
『王国の次は魔法国ですよね?』
『えぇそうですね・・・魔法国では期待していますよ』
『任せてください。マリアティアス様のお役に立てるのであれば本望です』
『良い返事です・・・それではヘルメス。私は用事を済ませてきますので此処は任せますね』
マリアティアスに対して深々と頭を下げて一礼するヘルメス。
ヘルメスにこの場を任せてマリアティアスはとある場所へと向かって行く。
王城内とある館・・・此処はかつてマリアティアスが一時暮らしていた館であり、そして今は第二王女であるソイル・ネロクリリス・ラック・エルピーラを幽閉している館だ。
王城内へと侵入して来た聖薔薇騎士団は少なからず存在するが・・・ソイルの館へと辿り着いた者は一人も存在しない。
だが、そんな館に近づく一人の人物。
王城警備兵なのだろう、王国の紋章が入った鎧を身に纏っている。
しかしながら手に持っているのは帯刀したいる刀や、身を守る盾などではなく・・・その両手には料理を運ぶ為のトレイを持っている。
しかしながらそのトレイの上に上がっているのは料理などではなく・・・人間の右腕とそして真っ赤、綺麗なルビーを思わせる色をした目玉が二つ乗せられている。
右腕からはまだ赤く滴る鮮血・・・目玉も新鮮なのかまだ色褪せていない。
『つ、着いた・・・こ、これを中にいる人物に渡せば・・・い、いんだな?』
緊張した様子で誰かに質問する王城警備兵。
そんな質問に対して答える声が一つ・・・王城警備兵の後ろ、物陰から出てきたのは一人の女性。
聖職者の衣装に身を包み、両手には短刀。
黒髪の女性であり、その瞳は前髪で見えにくくなかっているが、少し目付きの悪い・・・良い意味ではドスの効いている目付きの女性だ。
答える声から察するに、まだ幼く・・・眼つきとは裏腹に可愛らしい声をしている。
『えぇ、渡してください』
『わ、渡せば俺は自由に・・・』
『なれますよ。しかし、もし渡そうとしなかった場合・・・』
『ひっ、ま、待って、』
思わず驚いた声を上げてしまった王城警備兵。
その瞳には今にも零れ落ちるそうな涙が浮かんでしまっている。
大人が泣き叫ぶ姿は無様としか言いようがないが・・・命がかかっているのであればそれは仕方のない事なのかもしれない。
そんな王城警備兵は自身の首に嵌められている首輪を見つめる。
『大丈夫ですよ・・・貴方がちゃんとやってくれるのであれば』
そう言いながら聖職者・・・エールは手に持っている短刀を王城警備兵の首元を少し斬る。
すると王城警備兵が声にならない叫び声を上げてしまう。
致命傷ではないが斬られた王城警備兵の傷口には赤く、火傷したような跡が出来ている。
『しっかりやって下さいね・・・でなければどうなるのか?』
念を押すために王城警備兵を傷つけたエール。
そして念を押された王城警備兵は扉を開けてソイルの囚われている館に入って行く。
『こ、これが第二王女ソイル・ネロクリリス・ラック・エルピーラ様なのか?』
ソイルを見つけた王城警備兵はその姿に息を呑む・・・
今のソイルは両手両足を拘束され、視界と聴覚を奪われてしまっている。
そして口も塞がれてしまい自身では何も出来ない状態となってしまっている。
この館に連れて来られ、拘束されてから数日が経ってしまったからか少し痩せてしまっているソイル。
どう考えても国王からまともに扱いを受けていないようだが、それも仕方がないと心の中で思う王城警備兵。
(あの噂が本当なら仕方ないことなのか・・・)
王城警備兵がそんな事を思っていると急に音がしたと思った瞬間・・・ソイルの視界、聴覚、そして口も塞いでいたのが破壊される。
誰がそんな事をしたのかと思うよりも先に、投擲されたであろう短刀が壁に刺さっている。
そして即座に襲いかかる痛みに気がついたが時すでに遅かったようであり、斬られた瞬間に恐ろしい脱力感に襲われて思わず倒れ込んでしまった王城警備兵。
『何が起き・・・』
何が起きたのか理解出来ていない王城警備兵だが、近く落ちてある短刀に見覚えがある事に気がつく。
『まさか・・・くそ、身体に力が入らない』
倒れ込んでしまった王城警備兵を他所に徐々に視界が慣れてきたソイル。
数日感何も見ることも、何も聞くことも、許されなかったソイルが最初に見たのは・・・絶望であった。
(あ、あの手の・・・あの瞳はまさか・・・まさか!?)
ソイルの前に転がっている片腕と目玉が誰の物なのか理解した瞬間・・・一瞬にしてソイルの中の何かが砕け散る。
『あ、あぁ・・・あぁぁぁぁぁぁ。いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!?』
発狂・・・世界を怨むような人ならざる者の叫び声が王城内を駆け巡る。
『うるさ・・・』
思わず耳を塞ごうとしている王城警備兵だが・・・ある事に気がつき動きが止まってしまう。
『嘘・・・だろ・・・』
ソイルの世界を怨むような咆哮の中で消えるように呟き、そして目にしたのはソイルを拘束していた鎖が軋み始め・・・そして皹が入る瞬間であった。
ソイルを拘束している鎖は決して人の手で破壊出来るような品物ではなく、そして剣、斧などで破壊しようとしてもかなりの労力を有するであろう堅牢な鎖な筈だ・・・
そんな鎖に皹が入るという事はどういうことなのか?
今のソイルはろくな食事は与えて貰えずに、はっきり言って衰弱しているような状況だ。
『ありえな・・・』
『ありえない』っと言おうとした王城警備兵だが、その事を言う前にソイルを拘束していた鎖が断ち斬られる。
『まずい』っと思った王城警備兵だが思った時には既に遅く、断ち斬られた鎖が首に直撃し・・・鋭利な刃物で切断されたかのように斬られる。
余程のパワー、スピードで攻撃されたからなのか一瞬何が起こったのか理解出来ていない王城警備兵だが、自身の身体を見た瞬間・・・一瞬にして絶望の色に染まり、叫ぶ間もなくこの世を去る。
『あぁぁぁぁぁ・・・マリア、私のマリアがぁぁぁぁぁぁ!?』
床に転がる片腕と目玉を拾い上げるソイル。
泣き叫び、絶叫するその様は最早それしか見えていない・・・世界の全てさせどうでもいいと思える程に。
『マリア・・・私のマリアが・・・』
一通り叫ぶ終えたのかソイルは枯れそうな声で片腕、そして目玉を見つめる・・・
『・・・一つになりましょうマリア』
消えそうな声で呟くソイル。
そして見つめていた片腕を・・・食べ始める。
ゴリゴリ、グチャグチャと不快な音をたて食べるその姿は異常としか言いようがないが・・・そんな事はソイルにとって重要では無い。
『うっ!?ぐっ・・・』
食べている最中に何度か吐き出しそうになったのか口を抑えるソイル。
しかしながら出すような事はせず、むしろ床に付着してる血液までも綺麗に飲み干し・・・そして最後にデザートを食べるように目玉を丸呑みにする。
『マリアのいない世界なんて・・・滅んでしまえばいいんだ』
ソイルの呟きと共にソイルの身体に変化が起こり始める・・・痩せてしまった身体が巻き戻るかのように元のソイルの身体に戻る。
『これは・・・マリア残した意志?』
元に戻った身体を見て驚愕と同時に困惑しているソイルだが、次第に自分の身体に何が起こっているのか理解し始める。
『なんだ・・・この目・・・』
徐々に自身の身体に何が起きているのか理解し始めるソイル、最初に気がついたのはその目に映る物が先ほのソイルよりも変わっているという事であり、そして次に聴覚、嗅覚が鋭くなってきているのを徐々に感じ始める。
『この感覚・・・』
ソイルは鋭くなった感覚を頼りに周囲を散策すると・・・誰かが物陰に隠れている事に気がつく。
『いったい誰なのか?』そんな事を思うよりも早くソイルは行動を開始する。
気がつかれないように気配を出来る限り無くし・・・そして襲いかかる。
『なかなかの仕上がりですね・・・』
奇襲した筈のソイルだが、奇襲は失敗に終わってしまい攻撃にしようした鎖を受け止められてしまう。
物陰から現れたのは聖職者の衣装に身を包んだ女性であり、その手には短刀が握られている。
器用にソイルの攻撃した鎖の間に絡める事によって止めたようだが・・・ソイルの心に疑問が生まれる。
(かなりの速度で攻撃した筈なのですが受け止められるとは・・・それに何故聖職者がこの場に?)
まじまじと聖職者・・・エールを見つめるソイル。
しかしながらエールもまたソイルの事を観察するように見ている事に気がついていないようすだ。
『これならば及第点と言ったところでしょうか?』
『何を言って・・・』
『何を言っているんだ』っと言うよりも早くエールが言葉を遮るように話す。
『マリアティアス様に此方に来てもらうようにしてもらいましょう。貴方も会いたい筈ですよね?』
エールの問いかけに時間が止まってしまったかのように動きを止めるソイル。
それもそのはずだ。死んだと思っていた人物と会えるというのだから・・・
『お、お前は何者だ!?私のマリアの場所を知っているのか?』
『・・・私のマリア?』
ソイルの『私のマリア』と言う言葉に反応したのかエールの動きが止まる。
マリアティアスと連絡を取ろうとしていたエールだが・・・連絡用のお札を元に戻すと真っ直ぐにソイルを見つめる。
『今、マリアティアス様の事を私のマリアと呼んだのか?』
『・・・私のマリアだから当然であろう?』
『一度確認する・・・貴様の言っているマリアとはこのお方の事か?』
そう言いながらエールは懐からマリアティアスの写真を取り出しソイルに見せる。
その写真はマリア・・・マリアティアスが写っている写真だ。
とても美しく、微笑んでいる姿は正しく女神のような・・・絶世の美女と言っても過言ではない。
そんなマリアティアスの写真を見て、少し興奮した様子で頷く。
『・・・私が仕えるお方と貴様が言っている人物が同一人物だと言うことはわかった』
『そのようですね。では私のマリアの元へと案内してくださいますか?』
『その言い方が気にくわないな・・・私のマリアだと?何を勘違いしているかわからないが、貴様がマリアと言っている人物のは名はマリアティアス・V・ヘリエテレス・・・この世界を救うお方だ』
『私も貴女の事が気にくわないですね・・・貴女は私にマリア居場所を教えてくれればそれでいいのですよ?』
少し苛立ちしているのかソイルはエールを睨む。
その事に納得していないエールのまたソイルを睨み・・・エールとソイルの間に見えない火花が出来上がる。
『教えて頂けないのであれば私にも考えがあります・・・』
『へぇ・・・考えってなにさ?』
エールの問いかけに答えるようにして後ろに跳躍し、地面に落ちている短刀を手に取るソイル。
この短刀は先ほどソイルを拘束していたのを斬る為にエールが投げた短刀であり数は三つ存在する。
『力ずくで聞き出すしか無いようですからね』
そう言いながらソイルは三つある短刀の内の二つを両手に構え・・・そしてエールと対峙する。
『・・・マリアティアス様にはあまり良い結果にはならなかったと報告しておきましょうか』
『貴女が教えてくれないからいけないのですよ?』
一瞬・・・ほんの一瞬でエールとの間合いを詰めるソイル。
縮地と言われる限られた才能の者にか扱うことの出来ない技術をしようして一瞬にしてエールとの距離を縮め、手に持っている短刀斬りつけるソイル。
前の・・・以前のソイルでは扱う事が出来なかった縮地という技を使いエールとの距離を縮め、攻撃を繰り出したソイルなのだが・・・その攻撃を化け物じみた反応速度で対応するエール。
右手の刀は交わし、左手の刀はいなす事によってソイルの軸をずらして、今度はエールがいつの間にか持っていた短刀でソイルの腕を狙い攻撃する。
しかし・・・その攻撃を完璧と言っても過言ではないタイミングでガードするソイル。
『防い・・・』
自身の攻撃を防がれた事に驚いたエール。
その一瞬の隙を見逃さず、崩れた体勢にも関わらず手に持っている短刀を地面に向かって投擲する。
そして突き刺した短刀を脚に繋がれている鎖を利用してエールに攻撃を仕掛けるソイル。
『・・・少し貴女の事を侮っていたようですね』
ソイルの攻撃を完璧にかわすことは出来なかったのかエールの足首から血が流れだす。
先ほどソイルがどのようにしてエールに攻撃を仕掛けたのかというと・・・手に持っている短刀を自ら手放し、地面に突き刺す事によってエールの気をずらし、更にエールの攻撃を別の短刀で防いだことによって完全にエールから地面に突き刺した短刀の事を忘れさせる事がまず第一段階。
次はソイルの脚に繋がれている鎖を器用に動かし、短刀をエールの足首へと飛ばしたのだ。
死角からの攻撃に、完全に気にしていない方から攻撃というのは反応したとしても、一瞬遅れるものでありエールはかわす事が出来なかったのだ。
更に言うとエールを傷つけた短刀には風の魔導石を組み込まれた短刀であり、この短刀は通常の刃渡りよりも風の魔導石を起動させることによって風の刃を作り出すことが可能な短刀だ。
薄く、そして鋭利に展開されている風の刃は注意して見なければわからないような感じて展開し、『かわしたと思って避ければ斬られている』という性能をもっている短刀なのだ。
無意識なのか?それとも意識してこの短刀の能力を使ったのか?そんな疑問を抱いたエールは新たに短刀を取りだし・・・ソイルに向かって投げつける。
ソイルは巧みにその短刀を鎖を利用して受け止め・・・そして手に持った瞬間、明後日の方向へと投げつける。
何故ソイルがその短刀で攻撃して来なかったのかというと・・・
『その刀の能力に気がついたのですか?』
エールの問いかけに対して無言で頷き、壁に突き刺さっている先ほどの短刀を横目でみる。
『あの短刀の能力は・・・激臭ですよね?』
一瞬驚き、そしてソイルの新たに会得した能力を確認したエール。
『だからあの短刀・・・風の属性魔導石を埋め込んだ短刀を使いこなせたようですね』
『どうやら当たりなようですね』
『何故私の短刀の能力を知っているのです?それに能力を使用する方法も・・・』
『何故っと言われても私にも理解出来ないのですよ・・・ただ何故かわかるのですよね。何をどうすればよいのか?どのようにしたらその物を使う事が出来るかという事が何故かわかるのですよ』
『なるほど・・・では今この王城で何が起きているのかもわかっているのですか?』
『えぇ・・・理解しています。私の作り上げた組織である聖薔薇騎士団が暴動を起こしたようですね』
『その暴動を止めないのですか?』
『冗談を・・・私にはマリアさえいれば別に何も必要無いのです。私が作り上げた組織だとしても暴動をするのは彼女達の自由ですからね』
『その原因は貴女なのですがねぇ・・・』
呆れたのかため息をするエール。
完全にソイルと対峙する為の闘争心は折れてしまい、やる気を無くしてしまったようだ。
『やる気がないのであればマリア様の居場所を早く教えて下さいませんかね?私も暇ではないのですから』
『それとこれとは話は別ですよ・・・まぁ、マリアティアス様と貴女との間に何があったのかは知りませんが、とりあえず貴女の戦闘力を計らせてもらいますよ?』
『ずいぶんな物言いですね。まるで貴女の方が強いと言っているようですが・・・』
『強いですよ・・・何故なら私の師匠はマリアティアス様ですから』
『へぇ・・・』
不意討ちをするように縮地を使ってエールとの距離を一瞬にして縮め、そして両手に持っている短刀で斬りつける。
その攻撃を読んでいたかのように再び短刀を一瞬にして取りだし、片方をガードして、もう片方をいなす。
(ソイルの持っている私の短刀は風の属性魔導石を埋め込んだ短刀と、もう一つは傷つけた対象の筋力を低下させる能力を持っている短刀。そしてもう一つはこの場ではあまり使う事がない磁気を帯びる事が可能な短刀・・・気を付けるべきはやはり筋力低下の方ですね)
ガードした短刀の方を見ながら新たに取り出した短刀の能力を発動させるエール。
するとガードした方の短刀・・・筋力低下の能力を持っている短刀に変化が起こり始める。
『その短刀は!?』
『時既に遅しですよ・・・』
いくらその刀の性能を瞬時に理解し、使う事が出来ると言っても手遅れならば意味が無く、そして今は筋力低下の短刀の能力が使用不可能になってしまった。
エールが取り出した短刀の能力は凍結・・・短刀の能力を発動すると瞬時に、一瞬にして触れた物の水分を凍結させる能力を持っている短刀だ。
エールの持っている短刀は全部で二十種類で主に二つの系統に別れる。
一つはソイルの持っている筋力低下等の、相手を斬った瞬間にその傷口から血液に浸透していくデバフ系の短刀。
この短刀は錬金術系統によって生成された半固形状の液体を短刀内に仕組む事によって、その能力使う事が出来るという短刀であり、能力を使用すると短刀の刃の部分にそれぞれ対応した能力の液体が付与されているいうものだ。
そしてもう一つはソイル、エールの手に持っている各属性の魔導石を組み込まれた短刀。
こちらの短刀は基本的に魔導石を起動させ、そしてショック等を加えた瞬間に能力が発動するという物だ。
ソイルの持っている短刀には風の属性魔導石、エールの持っている短刀は凍結、もとい冷気を使う事が出来る短刀・・・つまり筋力低下の短刀の能力を無効化することが出来る。
斬った対象に傷口から血液を通して浸透して行く筋力低下の短刀では、筋力低下の能力を持っている液体が凍りついてしまうのだ。
斬ったとしても凍結させられてしまっているのであれば液体は血液には浸透せず、能力は発動出来ない・・・つまりソイルは持っている短刀の一つがただの短刀になってしまったのだ。
『一瞬にして理解しても、その一瞬で形成は逆転するのですよ』
『・・・能力を封じられても短刀としては使えますよね?』
『ならやってみますか?』
そう言い終えた瞬間・・・エールの身体に変化が起きる。
黒かったエールの髪が白・・・というよりは銀色に変わっていき、瞳孔が縦に割れる。
『貴女その力は!?』
『二割程度の力ですが・・・今の貴女を倒すだけの力はありますよ』
見た目が変化したエールなのだが・・・それ以上に劇的に身体能力が強化される。
跳躍力、瞬発力、そして反射神経が先ほどよりも強化されたエールの攻撃は辛うじてソイルが反応出来る速度で、防戦一方になってしまう。
両手に持っている短刀・・・つまり攻撃してくる方向は二方向からしかない筈なのだが、エールの素早い斬撃はほんの一瞬だが残像を生み出す。
その残像に翻弄されてしまい一瞬でも反応が遅れてしまい防ぐだけで精一杯になってしまうのだ。
(速い!それにこの身体能力・・・人間ではないのか?)
人間を越えた身体能力を見せるエール。
ソイルもまた人外の身体能力を持っているが・・・それでもエールの方が速い。
更にエールとソイルでは決定的な違いが存在する。
その違いとは装備だ。
今のソイルは聖薔薇騎士団の鎧着ておらず何の魔化も、何の強度もないただの布を着ている。
それに対してエールが着ている聖職者の衣服には金属質の糸で織られており、更には見えないところにルーンで刻まれた文字や、魔化がされている為に見かけとは裏腹にエールの衣服は恐るべき強度を持っている。
この聖職者の衣服には耐熱、耐炎、そして冷気にも耐性がかけられており、着用者の身体能力を強化するような多様な仕掛けが施されているのだ。
もちろんマリアティアスお手製であり・・・エール以外にもマリアティアスやアリセスも着ている。
微妙に着用者の得意分野に合わせて変えており、得意分野を強化するようなっているので・・・細部には異なる細工が施されている衣服なのだ。
そんなこともありエールとソイルの戦いは徐々にソイルが劣勢になってしまってゆく。
『やはり私の方が強かったようですね・・・』
両手に持っていた短刀を弾かれ、首もとに短刀を突き付けられるソイル。
絶対絶命であり、最早逃げることも防ぐことも出来なくなかったソイルなのだが・・・その状況は一瞬にて変化してしまう。
『あらあら・・・まさか喧嘩していたのですか?』
なんとも呑気な感じてエールとソイルの間に割って入ってきたのはマリアティアス・V・ヘリエテレス。
この二人が戦う原因を作ってしまった人物が現れたのだ。
マリアティアスが現れたことによってエールとソイルの両名は争いの手を止め、エールはマリアティアスにかしずき、ソイルは満面の笑みでマリアティアスの事を見つめている。
『おかえりなさいませマリアティアス様』
『ただいまエール・・・そしてソイル』
『あ、あぁぁ・・・私のマリア、マリアが・・・』
話が聞こえていないのか、ソイルは今にもマリアティアスを襲いかかりそうなほどに興奮してしまっているようだ。
『・・・エール少し席を外してもらえませんでしょうか?』
『私に聞くまでもございません。マリアティアス様の命令に従い直ぐ様出ていきます』
そう言い終えるとエールはこの部屋から出ていき、マリアティアスとソイルの二人っきりになってしまった瞬間・・・ソイルが獣のようにマリアティアスに襲いかかる。
過激と言っても過言ではない愛情表現をソイルから受けるマリアティアス。
そして数十分後・・・一通りマリアティアスの事を堪能したのかソイルは冷静になり、マリアティアスの話を聞いている。
『・・・ということです。理解出来ましたか?』
『わかりましたマリア・・・いえ、マリアティアス様』
マリアティアスから一通りの話を聞いた後・・・ソイルの態度が劇的に変わり、先ほどのエールと同じようにマリアティアスにかしずくソイル。
その姿は仕えるべき主を目の前にした騎士そのものだ。
『では参りましょうか?世界を救う為に・・・』
『全てはマリアティアスのお心のままに・・・あの・・・でも・・・マリアティアス様?』
『どうしましたソイル?』
もじもじと何かを話したそうにしているソイル。
その姿はまるで好きな人に告白しようとしているようだ。
『あの・・・時々でもいいのですけどマリアと言ってもいいでしょうか?』
『いいですよ・・・ソイル様』
その言葉に一瞬にして表情が崩れてしまったソイル。
最早ソイルはマリアティアスの虜なってしまったようだ。
『さてまずは・・・この王国を掌握するとしましょうか?』
ソイルを仲間にしたマリアティアスは楽しそうに次の計画を執行させる。




