芽生える感情
聖薔薇騎士団が駐屯している村に向かって進行してくる五体の疫病の狂天使。
数としては問題ないのだが・・・今は聖薔薇騎士団の面々は疲労してしまっており、更にはあの奇妙な疫病の狂天使の自爆が起こったのも大きい。
あの自爆により聖薔薇騎士団の後方援護を担当する魔導銃部隊と弩部隊が壊滅してしまい、そして八本脚の疫病の狂天使の水の属性魔法によって数名が犠牲になってしまい、更には水の属性魔法によって地面が泥濘んでしまっているのだ。
それにより聖薔薇騎士団の活動に必要な物資、水などがめちゃくちゃにされてしまった。
つまり今の聖薔薇騎士団は戦いが長引けば長引くほど不利になってしまう状況にいるのだ。
それに対して疫病の狂天使は疲労という概念があるのかわからない存在であり・・・今のところは疲労して動けなくなっているなどという報告はない。
聖薔薇騎士団の面々も人間だ。何度も何度も戦いを繰り広げていれば次第に疲労していき倒れてしまうであろう。
しかしながら逃げようとにも先ほどの戦いで疲労している者、傷ついている者がいるために逃げる事が出来ないのだ。
傷ついた者達を見捨てれば数名は逃げる事が出来るが・・・
『後残り数分で疫病の狂天使がこの村に到着します』
淡々と報告済ませるフレル。
その報告を聞き頭を抱えるソイル。
今、聖薔薇騎士団団長ソイルは選択を迫られていた・・・たった一つしかない選択を。
『どうしても無理なのか?』
嘆くようにフレルに問いかけるソイル。
そんな嘆くようなソイルの問いかけにフレルは首を振って否定する。
『無理ですね今の我々の力では・・・』
『見棄てろというのか・・・動くことの出来ない者達を見棄てて逃げろというのか!』
激昂し、自分の拳が傷つくのも恐れずに思いっきり拳を降り下ろすソイル。
それにより借りていた机が凹み、けたたましい音を響かせる。
『落ち着いてくださいソイル。我々は聖薔薇騎士団に入った時より既にもう戦場で死ぬことを心に決めています』
『だがしかし・・・』
『我々は騎士です。我々全員貴女という存在に憧れ、そして貴女と共に戦いが出来る事を誇りに思っています。なので最後は騎士らしく・・・戦わせてください』
『その姿でか・・・』
『・・・そうですね。今の私では足手まといにしかなりませんが』
そう言いながらフレルは自身の右足を撫でる。
フレルはあの八本脚の疫病の狂天使の魔法によって足場を悪くさせられた事で足をとられ、そして右足に瓦礫が直撃してしまったのだ。
幸いな事に足を失うことはなかったが・・・それでも今の聖薔薇騎士団の持っている治療液での治療には限界があり今はこれが精一杯なのだ。
『まだ帰って来ないサリアを置いて私に帰還しろと・・・』
『何度も言っていますがソイル様、我々は騎士です。そしてサリアも理解しています』
『だ、だが・・・』
『ソイル様!』
急に大きな声を出されビクッと身体が反応してしまうソイル。
『時間も時間です・・・もうこの議論は無駄かと』
『な!?フレ・・・』
『今より五分後・・・数名の動ける部下と共に脱出してください。五分を過ぎると動ける部下達を使って強制的に脱出させますので』
そう言いながらフレルは冷たく言い放つ。
明らかにこれ以上はソイルと会話する気がないようだ。
そんな態度をとられ無言で簡易駐屯所を後にするソイル。
一人寂しく歩いているソイルは気がつくとマリアティアスの止まっている宿の前に来ていた。
『あ、あの・・・大丈夫ですか?』
宿に入るなり崩れるように膝をつくソイル。
そんなソイルを心配するマリアティアス。
そして今から五分後にこの村を棄てて脱出するとマリアティアスに告げる。
『あの・・・怪我をした人達は?』
マリアティアスの問いかけに言葉を詰まらせるソイル。
しかしながら一呼吸し、ソイルは悲しくマリアティアスに事実を告げる。
傷ついた者達を見棄ててこの村から脱出すると・・・
『それで・・・よろしいのですか?』
『いいわけないです・・・しかし、既に決まってしまったことなので』
うつむいてしまいそうになっているソイルをマリアティアスは支える。
『マリア様・・・』
『諦めては駄目です。残りの戦力で勝つのです』
『しかし・・・そんな・・・』
『無理だ』っと言いそうになるソイルだが、その口をマリアティアスの指が遮る。
『私に策があります・・・しかしその策は犠牲をゼロにすることは出来ません』
『何か秘策が・・・』
『勝負は一瞬・・・そして数名を犠牲にする覚悟はがあれば』
『その策とは・・・』
そしてマリアティアスは話す・・・この状態から打開する策を。
聖薔薇騎士団簡易駐屯所にて・・・
『どういうことだ!』
フレルは怒号と共に自らの拳を机に叩きつける。
どうしようもない怒りの感情に支配されてしまったフレルは頭を抱えながら机に伏せる。
『私は逃げろっと告げたのだが・・・迎え撃つだと!?』
『は、はい。そうです・・・ソイル様や他の聖薔薇騎士団の皆様方も納得してくださいました』
『私は納得していないのですが』
『だがフレル。この策なら犠牲にして逃げるよりも犠牲者を減らす事が出来るのだ』
『確かにそうですが・・・勝率が高いとは言えませんよね』
『は、はい・・・』
力のない声で返事をするマリアティアス。
確かにマリアティアスの考えた策は犠牲者が出るだろうし、そして確率が高いとは言いきれない。
それにもしこの策が失敗したりすると、更なる犠牲・・・全滅してしまう可能性もありえる。
より確実にソイルを含めた数名の聖薔薇騎士を逃がすのであれば、今すぐこの場を去ったほうが確実なのであろうが・・・その策に納得していない聖薔薇騎士も多い。
特に多いのはまだ無傷でいる聖薔薇騎士だ。
無傷で戦いを終えたからか、それとも仲間を見棄てるつもりがないからなのか・・・
どちらにしろソイル率いる他の聖薔薇騎士団の面々は既にマリアティアスの策に納得し、準備をしている最中だ。
『伝令!対疫病の狂天使用の罠が完成しました!』
『同じ伝令!疫病の狂天使を目視で確認!』
伝令を告げる為に部屋へと入ってきた聖薔薇騎士によりフレルは決意する。
フレルの提案したソイルと動ける数名の聖薔薇騎士での脱出よりも、マリアティアス考えた疫病の狂天使を迎え撃つ策をやるしかないと。
『わかりました・・・頼みましたよ皆さん』
その言葉聞き深々とお辞儀をするマリアティアスに、敬礼をするソイルと聖薔薇騎士。
直ぐ様フレルの元から出てきたソイルと聖薔薇騎士は直ぐ様に定位置へと向かい、迫りくる疫病の狂天使の襲撃に備える。
そして数分が過ぎ・・・五体に疫病の狂天使が襲来する。
五体の疫病の狂天使・・・は村に着くなり各々の獲物を刈るために行動を開始したりせず、ただの一点に視線が集中する。
その一点とは半壊している建物であり・・・中には動くことの出来ない者、怪我をしている者達がいる。
それに気がついた獲物の狂天使は一目散に突進、飛行して近づこうとする。
『来ました・・・それではお願いします!』
マリアティアスの掛け声と共に建物の後方で待機していた残りの魔導銃部隊と弩部隊、そして弓兵部隊が一斉に攻撃を開始する。
当然かわす疫病の狂天使もいれば、直撃してしまう疫病の狂天使も存在する。
しかしながら一直線に飛んでくる魔導弾と弩の矢はかわすことが出来ても、降り注ぐ矢をかわすことが出来なかったのか数十発の矢が疫病の狂天使に直撃してしまう。
魔導弾、弩の弓を喰らった疫病の狂天使は耐えきれずに地面に倒れ込む。
すると地面に倒れて込んだ疫病の狂天使の身体は液状化した地面に足を取られ、五体の内三体がバランスを崩して転ぶ。
残念なことに魔導弾、弩の矢が当たらなかった疫病の狂天使は背中に矢を受けながらも突進を止める気配はないが・・・
『残り二体健在!なんとしても死守してください!』
再びマリアティアスの掛け声と共に出てきたのは半壊した建物に隠れていた聖薔薇騎士団であり、その手には巨大なタワーシールドを持っている者達が疫病の狂天使の前に出てくる。
『ぎぃぃぃぃぎゃぁぁぁぁ!』
疫病の狂天使が世界を怨む咆哮と共に突進、拳で攻撃してくる。
その攻撃をタワーシールドで防ぐ聖薔薇騎士だが・・・疫病の狂天使の攻撃を防ぎきれなかったのかけたたましい音と共にタワーシールドが凹み、そして投げ飛ばされる。
しかし、直ぐ様に前方のタワーシールドが破られると次のタワーシールド・・・聖薔薇騎士が行く手を阻む。
絶対死守する・・・その信念と共に。
『今です!お願いします』
マリアティアスの指示の元に聖薔薇騎士団の土の属性魔導師が魔法を放つ。
すると疫病の狂天使の地面とタワーシールドを持っている聖薔薇騎士の地面が突如として盛り上がり、疫病の狂天使と聖薔薇騎士を吹き飛ばす。
空中へと投げ出された二体の疫病の狂天使と四人の聖薔薇騎士。
今回の疫病の狂天使討伐作戦はまず第一に生き残った魔導銃部隊と、弩部隊により飛来してくる疫病の狂天使の迎撃。
かわされる事を想定して弓部隊にも死角となる上空からの攻撃。この攻撃は疫病の狂天使を倒すことが目的ではなくあくまでも速度を遅くする事を目標にしている。
威力のある魔導銃部隊や、弩部隊とは違い通常の矢では疫病の狂天使を倒すことは難し事を考慮しての作戦だ。
次に魔導銃部隊、弩部隊が撃ちもらした疫病の狂天使をタワーシールドを持った聖薔薇騎士が防ぎ・・・速度を落とした疫病の狂天使を聖薔薇騎士ごと吹き飛ばす事を命じられた土の属性魔導師。
聖薔薇騎士団の中でも魔導師は全体の一割程度しかいなく、そして土の属性魔導師は今動けるのは一人しかいない・・・
そしてタワーシールドを持った聖薔薇騎士の仕事はまだ終わりではない。
タワーシールドを持った聖薔薇騎士の最大の仕事それは・・・
(・・・お母さん私も今すぐそちらに向かいます)
(ソイル様今までありがとうございます。そして家族に伝えてください私は立派に戦ったと・・・)
(この命!エルピーラ王国とソイル様の為に!)
(後は任せましたよ・・・)
それぞれの思いを心の中で秘め、タワーシールドを持った聖薔薇騎士四人は予め持っている爆薬を爆発させる。
空中で爆発したことによって逃げることなく直撃してしまった疫病の狂天使は地面へと落ちる。
そう・・・タワーシールドを持った聖薔薇騎士の最後の仕事、それは自爆特攻であり、疫病の狂天使を叩き落とす事が目的だ。
そしてその狙い通りに疫病の狂天使は地面へと叩き落とされる。
『全て落ちました!後はお任せしますよ』
そして次はマリアティアスの指示の元に動ける全ての聖薔薇騎士がその手に角材や、倒壊した家屋から出たであろう柱、大木等を地面に足を取られている疫病の狂天使に向かって投擲を開始する。
大量に投げ込まれた角材に対して、次に行われたのは火の属性魔導師と風の属性魔導師による連携攻撃。
大量に投げ込まれた角材や大木が火種として燃え上がり、そして風の属性魔導師の魔法によって更に爆発的に燃え上がらせる。
『これで後は・・・』
ソイル率いる強行強襲部隊の全員が得物を手に取り・・・タイミングを計る。
『ぴぃぃぃぃぃぎゃぁぁぁぁ!』
世界を怨む咆哮と共に燃え上がる炎の中から出てきた二体の疫病の狂天使。
全身に大火傷や、致命傷を受けているのにも関わらずに未だ動けるのは驚きだが、明らかに最初に飛来して時よりは速度が遅くなっている。
『残り二体!二体とも深手です犠牲を出さずに倒せます!』
マリアティアスが発破をかけ、聖薔薇騎士団強行強襲部隊の面々が戦闘を開始する。
しかし、自身の限界も理解できない疫病の狂天使は大振りな攻撃をかわされ、かわした隙に斬撃を浴びせられよろけてしまう。
その隙を見逃さなかった聖薔薇騎士の面々は更に追撃を行い、疫病の狂天使は一人の聖薔薇騎士団のメイスでの脚払いを喰らい転倒する。
この好機を逃すまいと聖薔薇騎士の面々は全身全霊の一振りを喰らわせ・・・疫病の狂天使は息途絶えてしまう。
『これで最後だ!』
ソイル率いる聖薔薇騎士の面々が残り一体の疫病の狂天使に対して集中攻撃を開始する。
かわそうとしても直ぐ様に次の攻撃が疫病の狂天使を襲い、そして逆に疫病の狂天使の攻撃に対して聖薔薇騎士団は団結して防ぎ、惑わしかわしている。
そして次第に疫病の狂天使の動きは鈍り・・・動かなくなる。
『これで終いか・・・』
『ソイル様!』
戦いを終えたソイルにマリアティアスが駆け寄り、そして抱き締める。
今のソイルは疫病の狂天使の返り血を浴び、そして汗をかいているのにも関わらずにマリアティアスはソイルを抱き締めているが・・・気にしている様子はない。
逆にソイルは気にしているのか顔を高揚させ、マリアティアスを直視できていない。
その雰囲気を気にしているからなのか周りの聖薔薇騎士団も近寄れずにいる。
『ついにやったのですね』
『え、えぇ・・・マリア様の作戦のお陰です』
『私は何も・・・ソイル様が率いる聖薔薇騎士団の皆様が・・・』
マリアティアスとソイルが話していた場所の近くの地面が突如として動き、地面の中から一体の疫病の狂天使が出現する。
完全なる不意討ちであり、そして出現した場所があまりにもマリアティアスとソイルに近すぎる距離。
そして無防備なマリアティアスとソイル。
気がついた時には既に遅く、全て片付けたと油断していたソイルは剣を構えるよりも早く疫病の狂天使の攻撃が当たる・・・はずであった。
『ソイル様危ない!』
疫病の狂天使がソイルに狙おうと攻撃を繰り出すが・・・その前にマリアティアスが攻撃を遮り犠牲になる。
攻撃を喰らったマリアティアスは吹き飛ばされて、そのまま瓦礫に激突してしまう。
『き、貴様ぁぁ!』
激昂したソイルが疫病の狂天使に向かって王国最速の斬撃を喰らわす。
自身の身体が軋み、節々が悲鳴をあげるがそれでもソイルの斬撃は止むことはなく斬撃は、疫病の狂天使を細切れにするまで続く。
『はぁ・・・はぁ・・・ま、マリア様』
息を切らせながらソイルはマリアティアスに近づき状態を確認する。
『マリア様!』
『そ、ソイル様・・・ぶ、無事だったの・・・ですね』
『喋らないでください!今すぐ治療液で・・・』
自身の鎧から高価な治療液を取りだし、マリアティアスに飲ませようとするが・・・飲み込む力が弱いのか溢してしまい上手くいかない。
『くそ・・・仕方ない・・・ですね』
上手く飲み込めないマリアティアスに対してソイルは自ら治療液を口に含み・・・口移しでマリアティアスに飲ませる。
強制的に飲ませたことにより上手くいったらしくマリアティアスの顔色が良くなり始める。
『マリア様・・・大丈夫ですか?』
『ソイル・・・様・・・ありがとうございます・・・』
そう言いながらマリアティアスは安心したからなのか、それとも疲れたからなのか気を失ってしまう・・・
エルピーラ王国・首都エル・べリアスにある王城べリアス城にて・・・
スペルオーネ帝国に出現した疫病の狂天使を討伐する為に赴いた聖薔薇騎士団が遠征を終えて帰国してから数日後・・・マリアティアスは見知らぬ天井を見ていた。
いつ、どのようにして連れてこられたのかは不明なのだが・・・マリアティアスはべリアス城にいる。
マリアティアスが今横になっているベッドはかなりふかふかであり、そして広いベッドだ。
大人の男性二人も横になれそうなど広く、そしてかなり大柄な男性でもはみ出ないと確信できる。
当然マリアティアスには大きすぎるベッドであり、部屋の周囲を確認できる限りでは明らかに宿屋ではないとわかる。
その理由としては壁にかけられた聖薔薇騎士団の旗だ。
宿屋であるのならばその宿屋の旗がかけられている場所もあるが・・・王国の組織である聖薔薇騎士団の旗が壁にかけられている宿屋はまずないだろう。
『周りには・・・五人いますね』
マリアティアスは気がつかれないように風の属性魔法を発動させて周囲にいる人間を確認する。
別室に三人と、部屋の前に二人であり、部屋の前にいる二人は武装していると確認し終え魔法を解除する。
『さて・・・それでは』
そう言いながらマリアティアスは少し身体を動かす。
するとマリアティアスがいる部屋とは違う部屋で人の動く気配がし始める・・・数秒後、マリアティアスのいる部屋がノックされる。
『ひっ!?ど、どう・・・ぞ?』
マリアティアスは少し演技を加え・・・ノックの音に驚いたように反応する。
『失礼します』
そう言って入ってきたのはメイド服を着た女性で、マリアティアスが確認したように二人だ。
綺麗・・・というよりは愛嬌がある女性と、凛とした感じの女性だ。
『あ、あの・・・その・・・』
『始めましてマリア様。私の名前はトルイ。そして彼女が・・・』
『ラクアです。マリア様』
二人の女性、トルイとラクアがマリアティアスに対してお辞儀をする。
それに対してマリアティアスも丁寧にお辞儀をする。
『あの・・・その・・・』
『私はソイル様のメイドです。そして今はマリア様のメイドです』
『え・・・あの・・・』
『私達はソイル様の命によりマリア様をお世話するように言われています。なので何なりとご命令ください』
緊張しているマリアティアスに対してトルイが笑いかける。
その間にラクアが扉から出て行きそして数分後に入ってくる。
『ソイル様にお伝えするように伝えて参りました』
『わかりました。それではマリア様、これからソイル様が参られると思われますので湯浴みを行います』
『え、そ・・・』
マリアティアスが返事をするよりも早くトルイとラクアがマリアティアスの手を引き、浴場へと案内される。
浴場への案内している最中にマリアティアスがどのようにしてべリアス城に来たのかを説明してくる。
確かにマリアティアスは最初にソイルと会った時とは違う格好をしている。
少し胸が苦しい気がするが・・・
『これはこれは・・・いったい其処にいるのは何処の誰だ?』
威圧的な・・・女性ではない、男性の声が聞こえ此方に近づきいて来ている男性と、二人の鎧を装備した騎士。
二人の騎士に守られるように歩いている男性は身なりがかなり良く、貴族特有の雰囲気とそして右胸には家紋が描かれている。
二人の兵士もその胸プレートに同様の家紋が描かれていることからその家系に代々使える騎士だと判断出来る。
『こ、これはニガラス公。どのようなご用件で此方に・・・』
この場に現れた貴族・・・その名はスペード・ワルビエルムス・ニガラス。
王族内でも珍しく鍛練が趣味の変わった貴族であり・・・貴族の中でも発言力のある人物だ。
出生が特殊な為に他の貴族からの印象は悪く過去に暗殺されそうになったという経験がある・・・そして今現在、ソイル率いる聖薔薇騎士団がスペルオーネ帝国へと遠征に行ってからは悪い噂がメイド達、兵士、貴族の間に流れている。
その噂とは・・・裏でソイル率いる聖薔薇騎士団の解体を模索しているというものなのだが・・・真意は不明であり、公にも喋るものでもないので噂の範囲でしかないが。
『少し通りかかったものなのでなぁ・・・それでその女性は?メイドではないようだが?』
そう言いながらマリアティアスをなめるように見るスペード。
本来この通路は王族とその付き人しか通る事が出来ないので、人と人が八会うなどということは珍しい。
偶然か、それとも・・・
『どうした?なぜ答えられない?』
スペードの気迫に押されてしまったのかマリアティアスが一歩後ろに下がり、トルイとラクアも黙ってしまう。
貴族としてはかなり権力を持っているスペードに対して、迂闊にマリアティアスの事を話してしまっていいのか心配なのだ。
『その首輪・・・まるで奴隷ではないか?何故王城に奴隷風情が居るのだ?』
『ひ・・・あぁ・・・』
そう言いながらマリアティアスに近づき、その首輪を触るスペード。
マリアティアスが怯えて目線を反らす。
トルイとラクアが止めようしようとするが、その前にスペードの護衛の騎士によって阻まれてしまう。
『奴隷は奴隷らしく・・・ご主人様に仕えないとなぁ』
首輪に繋がれている鎖を引っ張り自分の元へと引き寄せるスペード。
体格が一回りほどマリアティアスよりも大きなスペードによって、鎖を上に向けて引っ張られるマリアティアス。
その鎖を上に向けて引っ張ることによって、中吊り状態になってしまいそうになるが・・・何とか爪先で立つことによって中吊りになるのを防いでいる状態だ。
『や・・・止め・・・』
マリアティアスが声を上げようとした瞬間、更に力を加え・・・マリアティアスを持ち上げようとしたその時、廊下に響き渡る凛とした声によって阻まれる。
『貴様・・・何をしている!?』
『これはこれはソイル様。何故かこの王城内にて奴隷を見つけたものでして・・・』
声の正体は第二王女であり、そして聖薔薇騎士団団長ソイル・ネロクリリス・ラック・エルピーラだ。
ソイルの問いかけに対してスペードはマリアティアスを自分の元へと引き寄せ、そしてマリアティアスの顔触る。
その行為がソイルの逆鱗に触れてしまったのかソイルは帯刀している剣を引き抜き・・・殺意を露にしながらスペードへと近づいていく。
『今すぐその汚ならしい手を退けろ!』
『おや?どうしたのですかソイルさ・・・』
スペードが顔に触れている手を顔から胸へと移動させようとしたその時、ソイルの剣に施されている風の魔導石の効果により飛ぶ斬撃をスペードに向かって放つ。
直撃することはなかったが、それでもスペードの裾を斬る。
『もう一度言う・・・その汚ならしい手を離せ!』
ソイルの放つ殺気により堪らず手放してしまうスペード。
トルイとラクアを阻んでいた騎士もソイルに近づこうとはせず、後ろに下がる。
『この女性は私の恩人だ・・・決して奴隷ではない』
『そうなのですか?しかし・・・見ず知らずの人間を王城に入れるのはどうかと』
『貴様の意見などは聞いていない・・・そして貴様は邪魔だ!』
ソイルはマリアティアスを立たせると、自身の後ろに隠しそしてスペードに向かって剣を向ける。
その行為、そしてソイルの放つ殺気に押されてしまったスペードは後ろに下がる。
『今度この女性に触れたら貴様とて容赦しないぞ』
そう言いながらソイルはマリアティアスの手を引きこの場を去る。
それにつられるようにしてトルイとラクアもこの場を去る。




