二人の狂信者
スヴァ都市国・・・ジュロゼ住宅街
都市国の西側に存在する住宅街に向かうマリアティアスとザウロス。
住宅街に家があるザウロスは別に問題はないのだが、教会を寝床にしているマリアティアスがこちらに来るのは珍しい。
マリアティアスにしてみれば特に用事もなければ来ない場所だ。
『あの・・・まだなのでしょうか?』
不安気な様子でマリアティアスは先導するザウロスに問いかける。
今のマリアティアスは目立たないように聖職者の衣装の上のローブを被り、フードを着ていて顔を覗き込まなければマリアティアスだとはわからない格好をしている。
これはマリアティアスが出歩く時に普段から持ち歩いている物で、夕暮れ時の暗くなる頃から着始めたのだ。
最初は疑問に思ったザウロスだが、スヴァ都市国は治安がよい都市ではあるが夕暮れ時となるとやはり不安なのであろう。特にマリアティアスのような汚れを知らない女性であれば尚更だ。
しかし疑問がある・・・マリアティアスは魔導師では珍しい二重属性魔導師で扱える属性は風と水だ。
敵対者がマリアティアスに奇襲して来ても風の魔法により、回避する事は容易な筈だ。
まぁ・・・聞く話ではマリアティアスは魔法での戦闘を行った事がないらしが。
魔導師という者は比較的に肉体を鍛えようとはせずに知識を得ようとする。中には例外も存在するが・・・
なので基本的に戦闘は避け、戦うとしたら遠距離から戦うのが定石だ。
『もう少しですよ』
『あ、あの・・・もう夕暮れですし、明日でも大丈夫ではないでしょうか?』
マリアティアスが心配そうにザウロスに話しかける。
確かにマリアティアスの言う通り明日でも問題ない。そもそもザウロスの話した話は嘘なのだからで時間や曜日等は関係無い。
しかしここまで来たのだ。マリアティアスを帰らすにはいかないのだ・・・
『着きましたよ。すみませんがこの通りの裏側に向かってもらえますか?』
『わかりました』
『私が裏口を開けて待っていますので』
ザウロスの家の前まで来たマリアティアスだが、正面入り口から屋敷に入るのではなく裏口から入るように提案される。
特に反対意見がなかったマリアティアスは、薄暗い裏道を通り屋敷の裏側へたどり着く。
そこは日も暮れてしまっているからなのか、薄明かりが転々とするばかりで遠くにいる人物の顔はわからないくらいの暗さをしている。
女性や子供たちならば通りたがらない裏路地の一軒の屋敷の扉が開かれ、中から魔法の炎が灯っているランタンを持った人物が出てくる。
暗くてわかりにくいが先ほど別れたザウロスが出てきたのだ。
マリアティアスを見つけたザウロスはランタンを振って合図をする。
それに気がついたマリアティアスは少し駆け足で、ザウロスの元までたどり着く。
ザウロスは思わず緩みそうになる頬を引き締め、にやけないようにする。
心の中では欲情に駆られた思いを秘めて・・・
『さぁ、入ってください』
『失礼します・・・』
ザウロスの促されるように屋敷に入ったマリアティアス。
屋敷はザウロス以外にも使用人や、メイド、護衛の者が暮らしている筈なのだが・・・今は物音一つ立てずに使用人室で待機している。
屋敷に帰ったザウロスが予め命じたからであり、今夜は誰一人として使用人室から出ないようにさせてある。
もちろん通常ではありえないのだが・・・今夜は特別なのだ。
金ならこの屋敷に住まう全員を黙らせるだけの金額を出せる用意もある。いざとなれば交易で手に入れた純度の高い魔導石を差し出すのも厭わないつもりだ。
『あの・・・その・・・お話と言うのは?』
『その事なのですが、とりあえず立ち話もなんですので部屋にでもどうです』
マリアティアスはザウロスの言う通り部屋へと案内され、ソファに座られてもらっている。
本来はくつろぐよりも先に話を聞きたかったマリアティアスだが・・・家主のザウロスが『女性をもてなすのにお茶の一つも出さないのは紳士の名折れです』っと言ってキッチンでお茶の準備をし始めてしまったのだ。
マリアティアスはザウロスの言った関係のある事を考えていると・・・扉が開けられポットとティーカップ、そしてお茶菓子を持ったザウロスが入ってくる。
ポットとティーカップは同じ模様をしており、白を基調として赤い薔薇の描かれている。
まだ夕食を食べていなかったマリアティアスにはお茶菓子とお茶の香りが食欲をそそり、つい先ほどまで考えていたことまで忘れてしまいそうだ。
『とりあえずお茶菓子やお茶でも食べてください。お話は腹を満たしてからの方が頭に入りやすいですからね』
言われるがままにマリアティアスは差し出されたお茶菓子に手が伸びてしまう。
香ばしく焼かれたスコーンは少し時間がたっているからなのか暑さはなくなってしまっているが、味には何ら関係なくマリアティアスは食べている。
マリアティアスはこう見えて大食漢なのだ・・・その体型からはあまり想像が出来ないが。
みるみる内に減ってゆくお茶菓子、用意していた二人前のお茶菓子は既に半分以上が無くなった辺りでマリアティアスの手が止まり、恐る恐るザウロスの顔色を伺うように見つめる。
ザウロスがマリアティアスの意外な一面を見て幻滅していないか確かめるためだ。
今まで夢中で食べていたが、家に招いた女性が無我夢中でお茶菓子を頬張る姿は礼儀知らずでり、良い意味では欲望に素直な子供のような愛らしい一面とも言えなくもないが・・・
『どうです?冷めてはいますが美味しいでしょう?』
『はい。美味しいです・・・』
『お茶もどうぞ。暖まりますよ』
『ありがとうございます』
ザウロスの入れたお茶を飲むマリアティアス。
ほどよい温度になってしまったお茶は火傷することなく飲め、スコーンを食べて喉が渇いてしまったマリアティアスはお茶を飲み干す。
それを見ていたザウロスは不適な笑みを浮かべているが・・・マリアティアスにはお茶を飲んでいたので見てはいないが。
『どうですか?このお茶もスコーンに合うように選んだのですよ』
『はい。スコーンもお茶もとっても美味しいです・・・教会では贅沢品なので食べた事がなかったのですが』
『そうでしょう・・・』
『あの・・・ノックオンさんは飲まないのですか?丁度良い温度ですよ』
ザウロスは考える・・・確かにマリアティアスが言う通りお茶菓子とお茶を出したにも関わらずに、家主が食べないのも不思議な話だ。
別にザウロス個人はスコーンやお茶を食べるつもりはない・・・この後にはメインディッシュが待っているのだから。
しかし自らがお茶菓子とお茶を出したのにも関わらずに何も食べず、飲まないの不審がられる。
もう準備は完了し、後は時間が過ぎるのを待つだけだとわかっていたとしてもだ。
両者共にお茶を飲み終え、話はマリアティアスの経営する教会へと移る。
『そうなのですか・・・しかし私達が信仰する神は女神セラフティアスのみ。他の教会や皆様の信仰する四教天使を信仰しようとは思いません』
『しかしヘリエテリスさんそれでは他の教会と関係に隔たりが・・・ある・・・わけでして』
『どうしましたかノックオンさん』
マリアティアスと話していたザウロスが頭を抱え、何やら意識がはっきりしていないのか瞬きを繰り返している。
(何故だ・・・何故急に眠気が・・・まずいこのままでは)
『・・・ノックオンさん?』
気絶するようにその場に倒れてしまったザウロス。急激に襲いかかる眠気には抗えずに眠りについてしまう。
それを見下すように見つめるマリアティアス。
その瞳には嫌悪と軽蔑の感情が込もている。
何故そのような瞳で見つめているのか?その理由はザウロスの飲んだお茶に秘密がある・・・
『女性を家に呼び込み、あまつさえ睡眠薬を盛るとは・・・余程餓えているのですね。しかし残念ながら私にはそのような小細工は通用しません』
そう言い終えるとマリアティアスは白紙の聖書を手にして、開きそこに書かれている文字を読む。
すると文字自体が意識のあるように動き、マリアティアスの身体を囲み・・・淡い緑色の光がマリアティアスを包み込む。
『これで身体の中にあった睡眠薬の成分は浄化完了・・・今度私に睡眠薬を盛る時は竜人をも昏睡させる程の成分でなければ駄目ですよ。まぁ・・・次は永遠にないでしょうけど』
自身の身体に残留していた睡眠薬の成分を浄化し終えると、マリアティアスは閉じてあった窓を開ける。
外は日が完全に落ち空は夜空に変わってしまっていた。
残念な事にお月様は雲によって隠れてしまってはいるが・・・
本来であればザウロスではなく、マリアティアスが睡眠薬でこの場で寝ている筈であったのだが・・・そうはいかずザウロスが自身で睡眠薬を眠ってしまったのだ。
それもとびきり強力な・・・最早昏睡とも言える睡眠薬で。
しかしどのようにしてマリアティアスが睡眠薬をザウロスに飲まさせたかというと・・・マリアティアスの魔法を使ったのだ。
マリアティアスの使用可能な魔法の中に、水を使役する者という物が存在する。
これは自然界に存在する水源に自らの水の魔法を加えて操る魔法であり、その込める魔力によって操れる水の量が変化する魔法だ。
マリアティアスは痴漢や強盗に会ってしまった時の為に常時、睡眠薬の入っている瓶を懐に忍ばせている。
無論マリアティアスにかかれば痴漢やそんじょそこらの強盗等では相手にすらならない、魔法一つで無力化させる事など容易だ。
しかし、だからといって用心を怠るような事は一切しない。
常に自身の魔法の残量を気にし、常に相手がどのような手腕で攻めて来るのか、どのような魔法、武器で攻めて来るのかを考えている。
特に護衛を着けて出歩かない時は尚更だ。
今回は睡眠薬を水を使役する者で操り忍ばせ、ザウロスが余所見をしている内にザウロスのお茶へ入れたのだ。
これによって、自分が睡眠薬をマリアティアスに飲ませた筈が自身も睡眠薬を飲んでいた事に気がつかずに眠ってしまったのだ。
『さて・・・後始末をしましょうか』
そう言い終えるとマリアティアスは懐から犬笛のような物を取りだし音を響かせる。
人間には聞こえない音を・・・
セラフィア教会・・・敷地内
教会の扉の前で待っていたエールの耳に人間では聞こえない音が聞こえてくる。
その方向を瞬時に判断し、音が聞こえた方向・・・ジュロゼ住宅街を見つめ確認して教会の中に入ってゆく。
『アリセス。マリアティアス様からの呼び出し』
『そうなのですか・・・ではエール気をつけて』
『もちろんです。アリセスも準備は出来ていますか?』
『当然です。全てはこの日の為に・・・』
『我々の願いの第一歩を共に・・・全てはマリアティアス様の為に』
アリセスと別れを告げてエールは暗くてなってしまった都市国を疾走する。
ジュロゼ住宅街・・・ザウロス邸
窓を開けて待ってたマリアティアスの前にエールが降り立つ、物音一つさせずに着地したエールはその場で眠っているザウロスへと目線を送る。
その瞳はまるでゴミ虫でも見るような冷たい瞳だ。
『さて・・・エール。アリセスの方の準備は大丈夫ですか?』
『もちろんですマリアティアス様、夜が更ける頃には全てが完了しています』
『流石ですね』
『もったいなお言葉・・・それでマリアティアス様コレはどうしますか?』
エールは床で寝れているザウロスを指差す。
そこには魔導石長という者の地位に者への敬意も何もない。そんな態度だ。
『コレも含めてこの屋敷にいる全ての生物の意識を奪いなさい。手段は問いません』
『了解しました』
『音は外へと漏れないように魔法で封じているので問題ありません』
マリアティアスからの命令を受託したエールは物音をさせずにこの部屋を去り・・・その後、使用人室から物音が聞こえ意識を失った使用人、メイド、警備の者がマリアティアスの前に連れだされる。
どの人物も完全に意識を失っており、動き出す気配はない。
『それでコレ等はどういたしますか?』
『そうですね、邪魔になりそうなので身ぐるみを剥がした後にあの子達の餌食にしてしまってください。それと私はこの屋敷にある魔導石の回収を行いますのでコレ等をお願いしますよ』
『了解しました』
そう言い終えるとマリアティアスはザウロス、使用人、メイド、警備の者へ風による浮遊を発動させ、身体を浮かせる。
重力の概念を捨て去ったザウロス、使用人、メイド、警備の者を担ぎ、エールは再び都市国の闇に紛れるようにこの屋敷を去る。
『さて・・・なるべく早い終わらせますか』
マリアティアスは魔法を発動させ、この屋敷に隠されている魔導石を探しだす。
スヴァ都市国・・・セラフィア教会
教会の最も高い位置にある屋根に人影が見られる。
月明かりできしか確認する事が出来ないがその人物は聖職者らしき衣装を身に纏い、月明かりに照らされ輝くように靡いている長い金の髪に、赤い瞳の人物の右手には杖のような物が握られている。
しかし・・・その杖の先端には何やら奇妙な形になっており、パット見では何故そのような形状になっているかわからない形だ。
そして女性の瞳と同じような赤い宝石が杖に埋め込まれ、持ち手の部分にも何やら奇妙な文字らしき物が描かれている。
『何故今日に限って警備が厳重なのでしょうかねぇ・・・』
そう言いながら女性は手にした双眼鏡で遠くを見ている。
この女性の正体は・・・アリセス。セラフィア教会でマリアティアスやエールと同じように聖職者として神に従事している者だ。
そのアリセスが見ている先にあるのはスヴァ都市国の警備を担当する者達が集う場所なのだが・・・何故か今夜は警備の者達が多く集結しており、夜間警備する者達も多数都市国の街へ警備に出払っているのが見てとれる。
面倒なことになったと言わんばかりの顔をしているアリセスの耳に、何者かが接近してくる音が聞こえてくる。
非常に小さな音で、特殊な訓練をしていない者でしかわからない、そんな通常の人間では聞き取る事の出来ない音を出している者を双眼鏡で覗き込み、確認すると屋根から飛び降り出迎える準備をする。
『ただいまアリセス』
『お帰りエール。ソレは?』
『マリアティアス様からの天使になれるか実験するそうです・・・ですのでここにくるまでに意識を奪い、両腕両足の腱を斬り、喉を潰しておきました。これで助け呼べない筈です』
『なるほど・・・それではソレはそこら辺に放置しておきましょう』
『そうですね』
『それではマリア様を出迎える準備をしましょうか』
『もちろんです。マリアティアス様もあと数分でこちらに到着するでしょう』
夜も更け、辺りを静寂が支配する中でマリアティアスは正門の上空を通り過ぎて教会内に入る。
先に帰っていたエールとアリセスはマリアティアスを出迎えるべく、待機しているのが見てとれる。
スヴァ都市国には魔導石によって灯された明かりが転々としてはいるが、それでも薄暗く人の顔等はようく見なければわからない。
しかしマリアティアス、エール、アリセスの三人はこの薄暗い中でもしっかりと認識することができ、互いにに今なにをしているのかはある程度わかる。
その理由はマリアティアスが二人の為に作り上げた服に秘密があり・・・ある特定の魔法によってお互いに認識が可能なのだ。
目が見えずとも誰かが触れればわかるように魔法が見えない目の役割を果たし確認できる。
表情まではわからないが・・・
『お帰りなさいませ。マリアティアス様』
帰っていたマリアティアスに二人が深々と挨拶をする。
その姿はまるで・・・崇拝しているような、そんな姿だ。
『ただいま。エール、アリセス』
『マリアティアス様の指示通りアレ等の両腕両足の腱を立ち斬り、喉を潰しておきました。これで身動きは取れないでしょう』
『ありがとうエール。アレ等は・・・天使になる事が出来るでしょうか?』
『それはどうでしょうか・・・確率は低く、確実だとは言い切れませんわ』
『まぁ・・・別に問題はありませんけど』
教会の前で談笑する三人の姿はこの薄暗い世界から隔絶されたような雰囲気をしている。
そんな中・・・アリセスが少しばつが悪そうに喋りだす。
この雰囲気を壊したくはなかったが、そうも言っていられないのだ。
内容はスヴァ都市国の国境警備が強固になかっているということなのだ。
普段なら別段問題がないのだが・・・今日という日に限って何故警備が厳重になってしまったはさておき、警備が厳重なのは少し厄介なのだ。
警備する者が多いのであれば当然騒ぎになってしまった際に、その騒ぎを予定していたよりも早めに鎮静化されてしまう。
しかし・・・それでは駄目なのだ。
これから都市国で起きる出来事は三ヵ国・・・出来れば全世界へと拡散しなければならないのだ。
『なるほど・・・何故今日に限ってなのですかねぇ。まぁ・・・考えるのは後にしてそろそろ私達も準備をしましょうか?』
『わかりましたマリアティアス様』
そう返事をし終えると三人は教会へと入ってゆく。
これから行われる出来事・・・都市国に降り注ぐ疫病の、世界を変える為の天使の行いを執行する為に。