蠢く軍勢
バルエラ竜王国の下・・・翼なき者達の住まう都市にて。
巨大な力を持つ竜人達によって支配され、日陰者としての生活を強要させられてしまっている翼なき者達が住まう都市には監視役として数十名の竜人達が派遣され、翼なき者達が何か企ててはいないか監視している。
と言っても翼なき者達が束になって戦ったとしても、勝てる筈がないので反旗を翻そうという者が出てくるのはかなり稀である。
それにもし何か企てていることが竜人にバレてしまった場合・・・その企ててた血統全ての翼なき者達が殲滅されてしまうからだ。
それも惨たらしく・・・見せしめとしての意味を兼ねてなのであろうが、残虐と言う言葉では収まりきれないほどの行為が行われたと言われている。
そんな絶対的な力に支配されている翼なき者達なのだが・・・今日は違っていた。
何故なら・・・
『さて・・・今回私がこの場に赴いた理由を簡潔に答えましょうか?』
この場・・・かつて竜王国が存在していた場所に一体の竜人が現れたからだ。
その竜人の名は、ルーシャ・ルビー・イエウエスト・アリードライブ。
西側の浮遊大陸を統べる竜人であり、翼なき者達にとっては厄災そのものだ。
そんな厄災そのものが今目の前におり、そして機嫌を悪くしている。
その事実が翼なき者達を拘束し、金縛りでも会ったかのようにする。
吸い込む息は重く、そしてこの場の全員の動きも鎖で繋がれているように鈍重になってしまっている。
どんな些細なことで機嫌を損ね、その・・・恐るべき力を誰に対して振るうのか、気が気ではないからだ。
『まぁ・・・単純に憂さ晴らしだね』
その言葉を聞き、この場の全員が絶句してしまう。
憂さ晴らし・・・それが誰に対して、どのような行為が行われるのか分からないからだ。
額に大粒の汗を浮かべ、次にルーシャが何を言うのか固唾を飲む翼なき者の面々。
『この場の全員・・・全種族に命じるよ。バルエラ竜王国に反旗を翻せ!』
『・・・はぁ!?』
一体の翼なき者が間抜けな声を上げ・・・ものの数秒でこの世を去る。
間抜けな声を上げた者の名・・・種族は蜥蜴人であり、ルーシャの黒銀の斬妖によって生じた風の竜力の斬撃によって斬り伏せられる。
しかしその斬撃は蜥蜴人を斬っただけでは収まらず、壁すらも斬り大きな亀裂を生み出す。
一瞬・・・ほんの一瞬の出来事であり、瞬きをしようものならば見逃していたであろう攻撃だ。
最速の竜人の名に相応しい最速の斬撃であり、ルーシャはもう一度黒銀の斬妖を振るう。
すると今度は集まっていた翼なき者達の頭上を斬り裂く。
バターをナイフで斬るが如く、意図も簡単に煉瓦作りの建物を斬り裂くルーシャ。
その黒銀の斬妖を持っている右腕にはいつの間にガントレットを装備している。
『さて・・・今の事が分からなかった間抜けは後はいないかな?』
ルーシャの意味不明な命令を理解出来た翼なき者など存在していなかった。
しかし、今この場でその事を言ってしまったらどうなるのか?
この惨状を見て理解出来ない者はいない。
どんなに間抜けであってもだ。
しかし・・・聞かなくてはならない。
聞かなければ・・・ルーシャを言葉の意図をもし読み違っていたのだとしたらどうな状況になってしまうのか?理解出来ない者もこの場にはいなかった。
『る、ルーシャ様・・・あ、あの・・・その・・・』
『なぁーにぃ?』
一体の翼なき者が恐る恐る手を上げ、そしてルーシャに問いかける。
問いかけた翼なき者の名前はジャル。猿人と言う人間よりも手足の長い・・・猿に似ている亜人だ。
『わ、我々はどのようにしてバルエラ竜王国へ攻め込めばよろしいのでしょうか?』
『あぁ・・・その事』
『そ、そうです。ば、バルエラ竜王国は空に浮かぶ浮遊大陸・・・我々のような飛ぶことの出来ない種族では太刀打ちが・・・』
『そうだったねぇ・・・すっかり忘れてたよ』
何も悪びれる様子もなく、ルーシャは『そんなこともあったなぁー』っ的な事を思いながらこの場に集まった翼なき者達を見渡す。
この場に集まっている翼なき者の中で飛行能力がある亜人はただ一種族。
人間に蝶々のような羽根と触角のある亜人である蝶々人ただ一種族だけだ。
昔は蝶々人よりも飛行能力が高く、そしてより高い高度を飛ぶことが出来た翼なき者も数種族いたが・・・空を羽ばたくのは竜人だけで充分と判断し、全て根絶やしにされてしまったのだ。
そして幸運なことに比較的に低空を飛行し、木々の生い茂る森で生活してからなのか根絶やしを免れる事が出来た蝶々人。
飛ぼうと思えば竜王国へも飛ばないこともないが・・・飛んで行く理由がないので今まで細々と暮らしたのだ。
『あぁ!そうだ!』
何かを閃いたルーシャ。
そして閃いた内容を得意気に話始める・・・どのようにして翼なき者達が竜王国へと戦いに行けばよいのかを。
『・・・っと言う訳なの分かった?』
『わ、分かりました・・・つ、つまり我々は・・・』
『そう!お前達が定期的に竜王国へと物品を送る為に使っている飛空挺を利用して攻め込めばいいんだよ』
竜王国は翼なき者達からの献上品を運ぶ為に飛空挺と言う物を使い物品等を運んでいる。
数は全部で二十隻・・・その全てに翼なき者が乗り込むのであれば数にして四千程度の翼なき者達を竜王国へと運ぶ事が可能だ。
無論、献上品等を詰め込むつもり等はなしの方向でだ。
しかし問題がある・・・その飛空挺には勿論護衛する竜人が存在し、さらにその飛空挺の構造など知るよしもない翼なき者達にとってはかなり無茶苦茶な話なのだから。
まず第一に飛行挺を護衛する竜人を一体も逃すことなく、捕縛、もしくは倒してしまうと言うこと。
そして第二に、構造が何も分からない飛行挺の操縦をしなければならないということ。
飛空挺という物の操縦というものはかなり難しい物であり、自転車のように感覚や、直感程度で操縦する事が出来るほど容易なものではない。
冷静に考えれば不可能な事なのだが・・・
『し、しかし問題があります・・・あの、護衛の竜人様達はどうすれば?』
その問いに対してルーシャは簡単に笑って答える『全員皆殺しにしろ』っと。
あまりにも理不尽かつ無理難題な事を言われ、翼なき者達の血の気が一斉に引くのが目に見えてわかる。
翼なき者・・・亜人達の中には武闘派の連中の種族も存在してはいるが・・・それでも飛空挺を警備している竜人達全員を皆殺しにするなど不可能に近い。
不可能な理由の第一に根本的な肉体能力の差だ。
竜人という種族は全員・・・全てが全て竜と同じような翼、尻尾、角を持っている。
中には変わった翼・・・ルーシャのように妖精のような翼を持っている者も存在し、尻尾や角もまた各血統独特の者も存在する。
無論この翼、尻尾、角は竜人の武器であり翼は飛行に、尻尾は第三の腕のようにして扱う事が出来る。
中には出来ない者もいるが・・・それでも基本的に竜人は全員飛行することが可能だ。
つまり・・・翼なき者達と比べて圧倒的に広範囲、そして周りの障害物を気にせず自由自在に飛ぶことが出来るというのはかなりのアドバンテージなのだ。
自由自在に飛ぶことが出来れば相手の攻撃が届かない距離に移動するのも容易であり、攻撃が届かない距離からの一方的に竜法を叩き込めるのも利点だ。
そして何よりも瞬時に撤退する事が可能だということだ。
確かに上空へ向けての一斉射撃をすれば迎撃する事は可能であるが・・・中には防御重視、時にはルーシャような速度重視の装備を着ている竜人も存在するので迎撃するとなると一苦労な筈だ。
そして第二に装備の差だ。
竜人達と比べて翼なき者達の装備という物は貧相と言っても過言ではない。
というよりも必要以上に装備が揃っていないのが問題だ。
一部の長と言える者に対してのみ武装が許されている程度であり、他にはないような状態だ。
一部の長に対してはその種族を纏めるという意味もあり武装を許してはいるが・・・
『る、ルーシャ様・・・申し訳ございませんが我々の力では・・・』
『そんな事は分かりきっているよ・・・君たちの実力じゃ到底達成不可能だってことくらい』
その言葉を聞きこの場の全員・・・ルーシャ以外の全ての翼なき者の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
ルーシャが翼なき者達の実力を見極めているのであれば不可能であると容易に理解出来る。
しかし何故バルエラ竜王国へと攻め込もうなど言い出すのかそれが分からないのだ。
ルーシャがバルエラ竜王国、竜王オール・ディストピア・バルフロン・マリッジに対しての反逆なのであれば戦力を揃えなければまるで意味がない。
それにもし反逆するのであれば勝利は絶対。
完璧に打ち倒し、勝利しなければまるで意味がないのだ。
『別に君たちが竜王様に勝てるとは思ってもいないし、反逆が成功するとも思ってない・・・ただ単純に今暇だから反逆してほしいだけなの』
その言葉に対して何も言い返せず・・・沈黙がこの場を支配する。
暇潰し・・・そして最初のルーシャの一言が本当なのであればこの反逆は単なる憂さ晴らしであり、何の大義も何の目的もないただの気まぐれでしかない行為。
しかし、それは竜人達に支配されている翼なき者達にとっては種族が絶滅するかしないかの大事なのだ。
『ひ、暇だからですか?』
『そうだよ?そう言ったじゃん。もしかして理解出来ない間抜けなの?』
ルーシャが一人の翼なき者に対して黒銀の斬妖を構える。
それに対して即座に謝罪し許しを請う。
『まぁいいや・・・少しでも戦力は温存したいからね。それでやってくれるよね』
『も、勿論です!』
『我々死力を尽くし挑ませてもらいます!』
『そうだね。いくら竜王国の中央都市を守る警備兵でも八千の軍勢が突然襲いかかって来たら驚くよね』
『・・・は、八千ですか!?』
『そうだよ?』
『飛空挺の合計は全部で二十隻・・・その二十隻に詰め込めるだけ詰め込めばそれくらいは入るよね』
ルーシャの放った狂気の殺意に当てられ何も言い返す事が出来なくなってしまった翼なき者達。
それもその筈だ・・・八千、つまり飛空挺で運べる最大人数を優に越える人数を運べと言うのだ。
それはつまり・・・水、食料等物資を入れる事は考えていない。背水の陣での反逆だ。
通常ならば考えもしない狂気の作戦内容であり、人を・・・翼なき者を何体犠牲にしてもかまわないという考えだ。
そしてその反逆もルーシャにとっては暇潰し程度でしかないのだ。
(なんて無茶苦茶な事を言うんだ・・・)
(俺たちはどんなに死んでもいいってのかよ!)
(暇潰しだからという理由で殺されるのか・・・)
(冗談じゃですよ・・・私はまだ死ぬつもりはないのに)
言葉では現さないが心の中ではルーシャに対して怒り狂っている翼なき者の面々。
決して顔には出さず、態度には現さず・・・ただひたすらにその事を誤魔化し続ける。
もしルーシャにバレてしまった場合・・・先ほどの蜥蜴人のような結末が待っているだろう。
そしてこの場の全員がルーシャとって暇潰しの道具でしかなく、別にこの場で全員殺してもかまわないのだ。
代わりなどいくらでもいるのだから・・・
『それと・・・政導竜ストレイブ・ネザー・ポリティキアには未知の魔導石が見つかったと伝えてね。多分も明日にでも来ると思うから』
確かに今日は、政導竜ストレイブ・ネザー・ポリティキアは朝から来てはいない。
監視役の竜人も何故か、今日は全員いない。
『あの、今日の監視役の竜人さんは・・・』
『全員殺しましたよ?』
『し、死体は・・・』
『死体?残ってませんよ。全員、全て骨も残ってません』
『そ、そうなのですか』
平然にそして意図も簡単に答えるルーシャ。
監視役の竜人は合計でかなりの数がいる筈だ。
翼なき者達には何名いるのか正確には分からないが、それでも全員皆殺しにしたのなら・・・最速の竜人の名は伊達ではない。
一人の逃亡も許さずに討伐したのだから。
『あの・・・監視役の竜人様達がいないと分かるとポリティキア様も不思議がるのでは?』
『あぁ!確かにそうだね・・・』
『そのような状態では飛空挺を出してくれるのか・・・』
『うーん』
『どうしよう』っと考え込むルーシャ。
幼い見た目のルーシャが小首を傾げる仕草は可愛さを覚える・・・狂気の考えでなければ。
ルーシャがいろいろと考えていると・・・先ほどルーシャが斬った煉瓦の壁の亀裂から一匹の蝶が迷い混んでくる。
しかしその蝶は紙で出来ていた。
『なんだこれは!?』
一体の翼なき者が紙の蝶を捕まえようとした時・・・捕まえようとしていたその腕は既に地面に落ちていた。
そして悲鳴を上げようとした時には喉を掻き斬られてしまっていた。
斬られた翼なき者の名前はアラクノ。そして斬ったのは勿論ルーシャだ。
蜘蛛人と呼ばれる種族であり、蜘蛛人の女王なのだが・・・ルーシャにとっては関係のないようだ。
『誰がそれに触っていいって言ったよ!』
ドスの効いた声と共に尋常ならざる殺気をアラクノ、そしてこの場の翼なき者に対して叩きつける。
その殺気を当てられ全員無言になってしまう。
腕を斬られ、喉を掻き斬られた筈のアラクノでさせ必死に痛みを堪え、溢れでる涙が床に落ちる。
そしてその殺気はルーシャに紙の蝶が近づくにつれて薄れ、ルーシャの掌に乗る頃には先ほどの殺気は無かったかのように収まる。
『へぇ・・・流石だね。あの状況からこんな策を思いつくなんて』
ルーシャの掌に乗った紙の蝶はその形状が変化し、手紙のようになっている。
そしてその内容を確認しているルーシャから歓喜に満ちた、嬉しそうな声に変わる。
『さて・・・さっきの話なんだけど』
『は、はい!』
『何も問題は無くなったから』
『そ、それはどういう・・・』
困惑している翼なき者達を他所にルーシャは答える・・・『全ては上手くいく』っと。
スペルオーネ帝国・首都ダグマオーネ
災害級の疫病の狂天使が首都で暴れてから数ヶ月・・・廃墟同然となってしまった首都には未だに疫病の狂天使が徘徊している。
建物は壊れ、石畳には地割れのような亀裂があり、そして嘗ては繁栄の象徴であった城も見るも無惨に破壊されてしまっている。
そんな人が住めるとは言えない場所なのだが・・・首都の一角、とある教会に人々が集まっていた。
彼、彼女達は皆幼く、年齢的には二十代前半から幼い者であればまだ五歳・・・三歳程度の子供もいる。
『さぁ皆さん・・・今日も祈りを捧げましょう』
教会の中では祈り最中であり、聖職者が少年、少女達と共に祈りを捧げている。
聖職者は二人。
両者共に黒を貴重とした色で、ロングスカートには銀の糸で刺繍されているのか十字架が描かれている衣装を身に付けている。
一人は金髪で三つ編み、瞳は赤く、気品のある顔立ちをしていて何処かのご令嬢のような雰囲気のある女性だ。
もう一人は先ほどの女性よりは身長が低く、年齢的にも二十代のような女性で、黒髪のショートヘアー、前髪を伸ばしているので分かりにくくはなっているが、どうやら少し目付きの悪い・・・良い意味ではドスの効いている目付きの女性だ。
廃墟同然・・・疫病の狂天使が未だに徘徊しているのにも関わらずに彼、彼女達が怯えている様子はなく、むしろこの都市で暮らしているような様子だ。
顔色は健康そのものであり、その身に付けている服装も綺麗で、廃墟には似つかわしくない格好だ。
何故少年、少女達がこのような格好・・・何故廃墟となっているこの都市で暮らしている。いや、暮らしていけるのかというと・・・
答えはこの教会を包み込む無数の結界であり、その結界の中では何もかもが綺麗であった。
疫病の狂天使によって引き裂かれた大地もなく、破壊の後や焼け焦げた建物もない・・・まるで結界の外と内側では空間そのものが違うような場所だ。
そして祈りが終わり少年、少女が祈りの間から離れ始め、祈りの間の扉が開かれ二人の聖職者が入ってくる。
『祈りは終わった?』
『終わった・・・それよりも外の方は順調?』
『順調だよ・・・順調に進んでる』
『そうですか。これでまた一歩・・・マリア様の夢に近づいたのですね』
『そうだねアリセス。マリアティアス様の夢に・・・』
『クチルギ達も少しは休憩したら』
『ヘルはもっと殺したい・・・まだ足りない・・・』
『ヘルは相変わらずですね・・・私達は比較的に人間より疲労が少ないとはいえ、無理をしたら倒れてしまいますよ』
そう言いながら談笑している四人の聖職者の前にもう二人・・・二体の天使が何処からとも無く降臨する。
そしてその天使もまたこの四人と同じように聖職者の衣装に身を包んでいる。
『今戻った』
『おかりなさいエリカちゃんとアイカちゃん』
『そっちも順調?』
『順調だよ・・・順調に疫病の狂天使は進軍して行っている』
二人の天使・・・エリカとアイカが合流する。
都市国においてマリアティアスを補佐していたアリセスとエール。
人間を守る為に今まで武器とし戦い、そしてマリアティアスにこの世界の事実を教えてもらった魔導六刀の内の二本・・・魔導六刀・朽ちゆく奪刀、魔導六刀・蠢く虐刀。
そして祝福された楽園から戻ってきた天使・・・エリカとアイカ。
マリアティアスを信仰する六名の狂信者が集まり話始める・・・これから進めるマリアティアスの求める理想の為に。
エルピーラ王国・・・首都エル・べリアス王城内にて
都市国へと赴いたエルピーラ王国第二王女、ソイル・ネロクリリス・ラック・エルピーラの要望が叶い、スペルオーネ帝国に部隊を派遣する事が出来るようになり今日がその出発式だ。
ソイルの要望が叶った背景には王国への疫病の狂天使出現が大きい。
少ない数ながらも疫病の狂天使王国へと侵入していると確認されていて・・・その数は平年の数を優に越えるからであり、王国の面目を保つ為にも軍の派遣は行うべきと判断したからだ。
他国の王が不在の中でその国に軍を派遣をするにはどうかという意見もチラホラとでたが、非常事態であり、魔法国も部隊を派遣すると結論づけたのも要因の一つだと言える。
国というものは民意を大切にしなければならない・・・帝国に疫病の狂天使が暴れているのにも関わらずにそれを無視しようものならばどうなるか知らない王国ではないのだ。
数十年前と同じように一部の都市を国として認めてしまうなど言語道断であるからだ。
『ソイル様そろそろ出発のお時間です』
ソイルの自室の扉がノックされ、出発の時刻を告げる。
普段ソイルは複数のメイド、近衛兵を連れて共に暮らしている。
明確な身分は確かにあるが・・・それでも幼少の時から暮らしており家族同然の付き合いをする間柄だ。
しかし・・・そんなメイド、近衛兵であってもソイル率いる聖薔薇騎士団が出撃するときは、決してソイルの自室に入る事はない。
『分かった』
そう言いながらソイルは自分の首から下げているロケットペンダントを眺める。
ロケットペンダントには綺麗な・・・とても綺麗な聖職者、聖女と言っても過言ではないほどの美しい女性の写真が入れられている。
黒曜石のような黒髪に、雪のような白い肌、そして真っ赤なルビーのような瞳の女性だ。
『あぁ・・・まだあの人に会えない』
祈るように手を組み、神・・・女神へと祈りを捧げるソイル。
『あの時私を助けてくださった聖女様・・・あなた様を探すために王城を離れ国中を探し回りました。どうか次の出撃で会えますように』
ソイルは女神に祈る。ソイルを助けてくれた聖女・・・マリアティアスへと会える事を信じて。




