物語の始まり
スヴァ都市国・・・セラフィア教会
都市国に存在する小さな教会に朝早くから笑い声が聞こえてくる。
子供の無邪気な笑い声と共に聞こえてくるのは人を追いかけるような足音であり、その音は次第に大きくなり教会の扉が開かれる。
輝く太陽の光が子供達を祝福するように、教会の扉から出てきたのは年端もいかない少年少女達であり、それに続くには聖職者の衣装に身を包んだ女性だ。
何やら子供達はこの女性に追いかけ回されているようで必死に逃げてはいるが、残念ながら子供の体力では限界であったのか教会の門付近にて捕まってしまった。
女性に抱えられるようにして捕まってしまった少年は不機嫌そうに顔を膨らませ、同じく捕まってしまった少女は少年と対照的にがっかりしているようだ。
『まったくキースもメリーも悪戯は程々にして下さいね』
キースと言われている男の子は注意されたのにも関わらずにふてくされているのか顔を膨らませたままで、メリーと言われている女の子はやる気無さそうにしている。
両者共にまだ子供であり年齢でいえば10歳もいっていないだろう。
普通なら母親や父親がいるはずの年齢なのだがキースとメリーにはいない・・・いやキースとメリーだけではない、このセラフィア教会にいる全員は親というべき存在を知らないのだ。
『おやおや、シスター様にまた叱られたのかね?』
教会の門付近で一連の騒動を目撃していた老人から嫌味が飛んでくる。
それに反応したのかキースは舌を出して老人を挑発するような態度を取るが、老人にはまるで効いていないようで嘲笑うかのように笑い話しかける。
『シスター様も気の毒にのぉ・・・このような糞ガキではまともになることはないじゃろうのう』
『何だと!?』
『ちょっとキース止めなよ』
少年が暴れた事によって女性の手を抜け出し、老人のところまで近づくと睨み付ける。
しかしいくら睨んでも少年の迫力のない眼力では、老人を怯ませる事は出来ずに軽くあしらわれてしまう。
さすがにそれは不味いと思ったのかメリーが止めに入るが・・・キースは一向に止めない。
『ヴァンクリーフさんそれぐらいにしていただけますか?』
少年を嘲笑っていた老人が名前を呼ばれたことに反応して女性、シスターの方を見据える。
その目には哀れな者を見るような・・・残念な瞳をしていた。
『シスター様・・・いやマリアティアス・V・ヘリエテレスさん。悪い事は言わないこのような事をしても無意味じゃ』
『それは・・・どういうことですか?』
シスターと言われていた女性の名前はマリアティアス・V・ヘリエテレス。
整った顔立ちは美しく、長く艶やかな黒髪は黒曜石を思わせるかのようであり対照的に、服を来ているので見えにくくなっているが雪のように白い肌をしている。
ルビーを思わせるような赤い瞳には見るもの全てを魅了するような、そんな瞳だ。
聖職者らしい服装をしてはいるのだが基本的な色は髪の色と同じ黒で、下はロングスカートでその両脇に銀の糸で刺繍されているのか十字架が描かれている。
服の上からでもわかるようなボディラインは聖職者と言われても疑問に思うかしれないが・・・それは仕方ないことなのである。 人は見かけによらないのだから。
しかし聖職者らしからぬ物が二点・・・それはマリアティアス・V・ヘリエテレスの首に付けられた首輪であり、その首輪は分厚い鎖で繋がれている。
途中で立ち斬れてはいるが・・・
そしてもう一つ・・・腰に付いている分厚い本だ。
聖職者、シスターが身に付けている本なのだから聖書なのだろうが・・・その本は何故か不気味な雰囲気をかもし出し、好き好んで触りたくはないような本を身に着けている。
『マリア様ー?』
教会の方からマリアティアスを呼ぶ声が聞こえてくる。
駆け出したキースとメリーを連れてくる為に出て行ったマリアティアスが、一向に戻って来ないのを心配したからなのであろう、教会の扉が再び開かれ中からもう一人シスターが出てくる。
マリアティアスと同じように黒を貴重とした聖職者の衣装に身を包み込み、髪は金髪で三つ編みその瞳は赤い色、マリアティアスとは違い首に首輪を着けていない事を除けば対して変わらない。
いや・・・マリアティアスよりは少し胸が小さいようだ・・・
『もうしわけございませんアリセス。キースとメリーを頼めますか?私は少し話があるので』
『わかりました。キース、メリー行きますよ』
『なっ!?この老人が・・・』
『い、行こうキース。マリア様にご迷惑だよ』
キースの手を引っ張りメリーがアリセスの元までたどり着くころには、キースはおとなしくなってしまいアリセスの言う通りに教会の中へと入っていった。
この場に残っのはマリアティアスと老人のみであり、老人はばつが悪そうにこの場を去ろうとするが・・・
『先ほどのお話なのですが・・・無意味とはどういう意味なのでしょうか?』
マリアティアスの問いかけに無言の老人の瞳は何処を見ているのか?
何処か遠く・・・過去の記憶を思い出しているかのような老人にマリアティアスは語りかける。
『・・・救った筈の少年が疫病の狂天使に倒された時からこんな事をしても無意識だと悟ったのですか?』
老人の瞳が大きく見開かれ、マリアティアスを直視する。
その表情は信じられないと言うような顔であると同時に、苦い思い出を思い出したくないようなそんな顔だ。
『何故その事を知っている・・・あの出来事はおおよそ五十年前。都市国が出来る以前の出来事であり、何故かお主が知っているのじゃ』
『別にどうでも良いことじゃないのですか・・・あの時の貴方と私では決定的に違うものがあるのですから』
老人の顔が更にこわばり憎しみを込めた瞳がマリアティアスを見つめる。
年齢的に見てもマリアティアスは三十代前半であり五十年前の出来事を知っているはずはない筈なのだが・・・それよりは気になるのはマリアティアスの言った言葉・・・『あの時の貴方と私では決定的に違うものがあるのですから』という言葉の意味だ。
『そうか・・・あんたには』
『えぇ・・・そうです私には魔法が使えるますので』
そう言い終えると老人はマリアティアスの足元を見つめる。
別にマリアティアスが変わった靴を履いているからや、ロングスカートが変わった刺繍を施しているからではない。
浮いているのだ・・・今老人の目の前にいる女性、マリアティアス・V・ヘリエテレスは空中に浮いているのだ。
地面から10cm程度はあるのが確実に浮いているのだ。
『風による浮遊』
老人は風魔法の基礎的魔法の名前をあげる。
風による浮遊
風の魔法であり、生物、無機物にも使用することが出来る魔法であり効果はいたってシンプル。物質を浮かすという魔法だ。
この魔法は生物・・・人間にも効く魔法なのだが浮かすだけではなく魔力の質や魔力の噴出方向を帰る事によって魔導四輪以上のスピードが出すことが可能な魔法なのでが、地面を移動するだけならどうってことないが空中を移動するのはそれなりのコツを必要とする魔法だ。
『それだけではございません』
そう言い終えるとマリアティアスの右手に水が溢れ出し、球体を造り上げる。
明らかに自然ではありえない水だ。
『そうじゃな・・・お主は魔導師の中でも特別な存在、二重属性魔導師であったの』
二重属性魔導師
本来魔法を扱える者は稀で、全人口・・・人類の約三割が使用することが出来ると言われており、それぞれに属性が存在する。
火・水・風・土の四属性が存在し、各属性の魔導師は女神セラフティアスの従属神と言われている、四教天使が人類を守る為に授けたと言われている力だ。
そしてその四属性に属さない人の手で作り上げられたどの属性にも属さない魔法が存在する。
マリアティアスが使えるのはその四属性魔法の内の二つ、風と水の二重属性という極めて稀な魔導師なのである。
『ならばこそ何故その力をもっと他の事に生かさない!?聞いておるぞ、お主はこれ程までに魔法の力があるのにも関わらずに一度も攻撃した事がないらしいそうじゃのぉ』
『そんな事はございません。女神様に仕えるの当然です。それに争わずとも分かり合えるはずなのです』
『それは亜人や竜人・・・狂天使にも言えるのか?』
『そ、それは・・・』
マリアティアスは黙り込んでしまう。
確かにマリアティアスの言っている事は正しく。最も良いことである事は事実だが・・・現実は非常であり、無情で、無慈悲なのだ。
マリアティアスがいくら声を張り上げ喋っても悲劇を止める事は出来ず、手の届かない範囲にいる人々を救う事は出来ない。
人間はこの世界では劣等種族であり、他の亜人や竜人と比べても遥かに劣る身体能力では救えるものも救えないのだ・・・しかし諦める事は出来ない。
最初は小さな教会から教えを広め・・・そして終いには全世界から争いが無くなるのを信じて・・・
『それじゃ儂は行くぞよ・・・せいぜいその理想を現実にする為に頑張ることじゃな』
そうじゃ言い終えると老人は教会を後にし、マリアティアスはゆっくりと聖書を開く。
『世界から争いは無くなるのですよ・・・ねぇ。セラフティアス様』
そう言い終えるとマリアティアスの持っている聖書に文字が書かれる。
マリアティアスの持っている聖書・・・聖書には違いないのだがそれは白紙の聖書と言われてる。
先ほどマリアティアスに叱られた子供の一人、キースが悪戯をしようと盗んでみて、何が書いてあるのかを確かめたのだが・・・何も書いていないのである。
シスターが持つ分厚い聖書のような本なのだから何かしら書かれているのが常識であり、そもそも何も書いていない分厚い本を持っているのは不思議である。
それにマリアティアスの持っている聖書は、はっきり言って一般人が手に入るような物出ない。
不気味な雰囲気を醸し出しているだけではなく、何か・・・そう、人の持つ物ではない聖遺物のような。
(えぇ・・・世界から争いはなくなりますよ・・・その為に貴方はこちら側に来たのですから)
『そうですね。私達の利害が一致しているから手を組んだのですから』
(最初は結構文句を言っていたように思えるのですけどね)
『まぁ、それは水に流して下さいよ。今ではこの身体・・・気に入っているのですから』
(そうでしょう。そうでしょう。私が選びに選び抜いて決めたのですから)
『それにしても・・・私の前の姿形が気にくわないからと言って変えられたのは心外ですね』
(しかし、その姿で徳をした事もあるのですから別に悪いわけではないでしょう?)
マリアティアスが話しかけると白紙の聖書が会話するように文字が書かれる。
何やら不思議な文字・・・この都市国では使われていない文字でり、残りの三ヵ国ともう一ヵ国では使われていない文字だ。
何故マリアティアスが読めるのか。それよりも問題なのはマリアティアスが白紙の聖書と会話しているという摩訶不思議な事が起きていること事態が問題なのだが、幸いな事にマリアティアスと白紙の聖書との会話とは言えないようなやり取りを見ている者はいなかった。
『そうですね。いろいろと徳をしましたねぇ・・・』
そう言うとマリアティアスは自信の胸を持ち上げるように触る。
それはまるでたわわに実った果実のような・・・
『おっと・・・こんなところを誰かに見られたらいけませんね』
マリアティアスは胸を触るのを止め、聖書を閉じると教会に向けて歩み始める。
セラフィア教会・・・内部
スヴァ都市国内に存在する小さな教会。
その中には年端もいかない少年少女達が教会を清掃しており、マリアティアスに捕まって連れ戻されてしまったキースとメリーもちゃんと清掃をしている。
この教会はマリアティアスが私的に始めた教会であり、三ヵ国とは異なる。
三ヵ国が四教天使を信仰しているのに対してこの教会が信仰しているのは・・・
『お帰りなさいませマリアティアス様』
扉を開けて教会に入ってきたマリアティアスを出迎えたのは黒髪の女性であり、その瞳は前髪で見えにくくなかっているが、少し目付きの悪い・・・良い意味ではドスの効いている目付きの女性だ。
マリアティアスと同じように黒を貴重とした聖職者の衣装に身を包み込み、マリアティアス、アリセスよりは若いようで未だ声は成長していないような可愛らしい声をしている。
『ただいまエール。だけども何度も言っているとおり、マリアと呼んでくださってもかまわないのですよ』
『そんな事は出来ません。マリアティアス様は私を救ってくださったのですから』
『エールはお堅いですね。アリセスのように少しは甘えても良いのですよ』
そう言うとマリアティアスはエールに抱きつき頭を撫でる。
マリアティアスの豊満なボディに包まれたエールは背の関係もあり、すっぽりと隠れてしまう。
マリアティアスが無理矢理抱きついている雰囲気はなく、エールも『またか』というような顔をしながら撫でられている。
最早日常風景とでもいうような光景・・・その姿はまるで姉妹のようである。
『あら!?』
その日常風景を見ているのは長髪、金髪の少女でまだ歳は小さく年齢的にはキース、メリーと同じくらいなのであろう。
掃除している手を止めてマリアティアス達を見つめている。
この少女もまたエールと同じように前髪で瞳を隠してはいるが、隠れた前髪からは左右で異なる瞳をしており、右の瞳が空の色のような透き通った青色をしており、その対になるように左の瞳は赤く・・・炎のような色をしている少女だ。
『どうしましたかフラスエルス』
『あ・・・うぁ』
マリアティアスが少女、フラスエルスに話しかけるとびっくりしたのか隠れてしまった。
それに気がついたマリアティアスはエールの撫でている頭から手を離すと、フラスエルスの隠れている方へと歩いて行く。
エールはやっと解放されたっというような顔をしながら清掃活動に戻って行く。
『隠れてしまってはその綺麗なお顔が台無しですよ』
隠れてしまったフラスエルスに向かったてマリアティアスはしゃがみ、同じ目線に立つことによって安心感を与えたのか、フラスエルスはゆっくりとそしてたどたどしく喋り始める。
『ま、マリアティアス様・・・あの、その、これを、どうぞ』
フラスエルスは小さな包み紙をマリアティアスに向かって差し出す。
小さな包み紙は綺麗に包容されていて、可愛らしい星の刺繍と月の刺繍が施されている。
夜空に輝く星のような包み紙の中には何が入っているのか・・・その興味深い中身をマリアティアスが考えるより先にフラスエルスが口にする。
『こ、これは今朝買い物に行った時にパン屋さんからもらった物です』
『あらあらこれは・・・』
マリアティアスが包み紙を紐解くとその中には色取り取りの色をしたクッキーが入っている。
赤い色のジャムが上に乗っているクッキーや、白い粉をまぶしているクッキー、チョコレートクッキーもあり数は多くはないがこの教会で皆が食べるには十分は量である。
『ど、どうぞ。マリアティアス様』
そう言うとフラスエルスはマリアティアスにクッキーを差し出す。
貰ってから数分は経過しているであろうが、その香しき匂いは未だに健在であり、昼食前のマリアティアスにはなんとも食欲のそそる。
『ありがとうございます。しかしこのクッキーを私一人で食べる訳にはいけませんね』
そう言うとマリアティアスはフラスエルスの手を握り、にっこりと笑い語りかける。
マリアティアスに食べて貰おうとしたからなのか、フラスエルスは少しガッカリしたような雰囲気を醸し出している時に、マリアティアスとフラスエルスのやり取りを見ている影が一人・・・黒髪で少年のような、それとも少女のような顔立ちをした子供だ。
名前をエートラース。キースやメリー達と同じ教会で生活している子供であり、メリーと同じくらいの時期に教会に来た男の子だ。
よく女の子と間違われるが・・・
『どうしたのですか?』
『わっ!?あ・・・エール様』
突然話しかけられたことに驚いたエートラースは驚きのあまり声を上げてしまう。
それに気がついたのかマリアティアスがフラスエルスと手を繋いでエートラースの方へと近づてくる。
それに気がついたのかエートラースは急いでこの場を去ってしまった。
『あら?エールだけですか?』
『いいえマリアティアス様。私の他にもエートラースがいました』
『そうなの?でも・・・』
『はい。マリアティアスが近づて来たからのか去って行きましたよ』
『それは・・・私が来たからではないでしょうに』
マリアティアスが小声で呟きながらフラスエルスの事を見つめる。
フラスエルスは『なに?』という擬音でも着きそうな感じに小首を傾げている。
エールも分かっていないのかマリアティアスを見つめているようで、どうやらこの場で分かっているのはマリアティアスだけのようだ。
マリアティアスがエールとフラスエルスと別れを告げて自室の掃除をするべく戻って行く。
もちろんフラスエルスが貰ったクッキーは食後の後のデザートとして取っておいてある。
セラフィア教会・・・マリアティアス・V・ヘリエテレス自室
教会での清掃を終えて食事を済ませたマリアティアスは自身の自室に来ていた。
セラフィア教会には小さいながらもマリアティアス用の自室があり、アリセス、エールは共に共同部屋で子供達も男女に別れて個室を持っている。
マリアティアスの自室は女性?聖女らしき物は数える程度で、壁に掛けてあるロザリオに、机の上に置かれている分厚い本と儀式にでも使いそうなゴブレットが置かれいる程度である。
逆に変わった物として何かを貯蔵して置くためのガラス菅と、フラスコのような物。各国、三ヵ国の新聞のような物に、奇妙な文字が掘られた杖が置かれてる。
その奇妙は文字の正体はルーン文字・・・錬金術、呪術、魔術とも言えない独自の技術によって刻まれた物であり、都市国ないではあまり見かけない物だ。
『さて・・・そろそろでしょうかねぇ』
そう言い終えるとマリアティアスの自室にノックの音が響きわたる。
マリアティアスが入室を許可するとアリセス、エールが共に入ってくる。
入ってきたアリセス、エールはマリアティアスの自室にある杖やガラス菅を気にしている素振りはなく、日常風景のようにして三人はそれぞれ話しやすい位置に移動する。
マリアティアスは椅子に、アリセスはベッド、エールはその場で立ったままだが。
『子供達は全員眠ってしまいました』
『ありがとうアリセス、エールいつもすみませんね』
『気にしなくても大丈夫ですよ』
『そうです。私達はマリアティアス様の下僕・・・この身は御身の為に』
アリセス、エールがマリアティアスに祈りを捧げるように手を組む。
祈りを終えたのかアリセスとエールの事を確認したマリアティアスはゆっくりと話始める・・・これからこの都市国で起きている出来事について。
『ついに幕が上げるのね・・・楽しみだわ』
『そうですか?私は別に・・・』
『エールは相変わらずですねー』
アリセスは嬉々として、エールは別に興味なさそうに会話を始める。
これから都市国で何が起こるのか知っているのにも関わらずにだ。
そしてマリアティアスも楽しそうに女神セラフティアスへの祈りの歌を口ずさむ。
きっと自身の祈りが女神セラフティアスへと届くように・・・