周辺諸国3
スヴァ都市国で事件が起きてから数日後、都市国で起きた事件は山脈を越えて大陸中央にまで噂は広がっていた。
と言っても大陸全体に広がっているわけではなく、大陸から見て西側を住みかにする亜人や、西側を支配している竜人が知っている程度である。
そして西側を支配する竜人の中でも最も強い竜人、ルーシャ・ルビー・イエウエスト・アリードライブは浮遊都市バルエラへと向かう為に準備をしていた。
バルエラ竜王国の西の地方を統べる竜人であり、妖精のような四枚の翼を持っている竜人だ。
竜人としては小柄で、長い緑色の髪を一本に纏めている。金色の瞳と同じく金色の二本角が特徴的で、鎧のような尻尾をしている。
風の竜力に加えて火の竜力も扱える竜人で、移動速度がかなり速く竜人の中でも1、2を争っている竜人だ。
竜人の中でも変わっていると言われており、大抵の竜人が他の種族を見下しているのにも関わらずにルーシャは余り見下していない。
『さて・・・竜王様にお会いするまでにはまだ時間があるんだよね。何か良い暇潰しはないかなぁ』
そう言いながら玉座を降りて城内を散策するルーシャ。
彼女が進めば自然に竜人達が手を止めて、一斉にかしずく。
当然である竜人にとって力こそ全てであり、ルーシャはこの西側において最も強いのだから。
『ねぇ・・・何か面白いことないの?』
『こ、これはアリードライブ様』
ルーシャに問いかけられた竜人は額に油汗を流しながら、かしずいたままで話始める。
別にルーシャはかしずく事を強要してはいない。ルーシャはエルピーラ王国や、スペルオーネ帝国の王族、貴族のような堅苦しい仕来たり等が嫌いなのだ。
だが、だからといってルーシャにかしずかない竜人はいない。その事を分かっていのかルーシャも追及するとは無いが・・・
『そ、そうですね・・・最近は疫病の狂天使も降臨しておりませんし、亜人達も静かです』
『そうなんだよねぇ・・・やっぱり僕の欲望を満たしてくれるのはあいつしかいないね』
そう言いながら何処か遠くを見つめるルーシャ。
その瞳には欲望、希望、期待に輝いていて、感情が高ぶっているのか翼をバタつかせ、尻尾を左右に動かしている。
『あいつといいますと!?』
不思議そうにルーシャの方は見つめる竜人。
見つめられたルーシャは『何言っているんだこいつは?』というような表情をするが・・・今まで話していた竜人がこの で見たことのない竜人だと分かると丁寧に話始める。
ルーシャ・ルビー・イエウエスト・アリードライブの欲望を満たしてくれる存在について。
『アリードライブ様』
『なぁにぃ?』
名前を呼ばれたはルーシャは話を中断し呼ばれた方向を振り向く。
そこにはメイド服を着込んだ竜人がおり、その手にはトレイに乗った折り紙の鶴のような物が乗っかっている。
この場には似つかわしくはない折り紙の鶴だが・・・それを見たルーシャはまるで待ち望んだ物が手に入った子供のようにはしゃぐ。
『アリードライブ様これは?』
『これはさっき言ったあいつからの手紙。今回はどんな事が書かれているのかなぁ』
そう言いながら手紙を取り中身を確認するルーシャ。
読み終えた手紙を大事そうに、まるで愛しい人からの恋文のように懐にしまう。
とても上機嫌なルーシャだが・・・先ほどまで話していた竜人が言ってはいけない事を言ってしまう。
その内容はルーシャの機嫌を損ねるには十分であった。
突如として吹き飛ばされ、西側の浮遊都市ウエストゲェルの城壁を破壊し、外へと放り出される竜人。
咄嗟の出来事でガードや避ける事が出来なかった竜人は何とか気絶を免れ、翼を羽ばたかせてその場に留まる。
何事かと目を開けて周囲を確認する竜人の前には、破壊されたウエストゲェルの城壁に周りを漂っている雲から今いる場所が外であると判断する。
『ねぇ・・・君さぁ。あいつの事を馬鹿にしたよね?馬鹿にしたよね?』
ルーシャの覇気に当てられ後退してしまう竜人。
まだあどけなく身長、体格から見てもルーシャの方が小さいが・・・叩きつける覇気は人間より優れた竜人でさえも恐怖させる。
『い、いえ。そのような事は・・・』
弁解しようとする竜人だが、時すでに遅く、苛立ちを覚えたルーシャが表に出る。
ルーシャを逆巻くようにして竜力が発生し、ルーシャは所持している二本のレイピアの内の一本を引き抜く。
レイピアには黒薔薇と銀の茨が装飾されていて、持ち手の部分には何やら奇妙な文字が彫られている。
このレイピアはルーシャがとある人物から貰ったと言っている物で、誰もこのレイピアの製造法を知らず、竜人の間でも噂になっている。
そしてその姿を見ていた竜人達も一斉に破壊された城壁から飛び出し、空へと飛び立つ。
しかし・・・どの竜人もルーシャの行動を止めようとはせず、まるで観客のように戦いを見守っている。
『まぁ・・・いいや。別にお前があいつを馬鹿にしようとしまいと』
その発言にほっと胸を撫で下ろす竜人だが、手に持っているレイピアは下げていない。
そしてレイピアを向けてこう言い放つ・・・
『僕と君で対決しようか?』
『はぁ!?え・・・ルーシャ様?』
『君が勝ったら僕の地位をあげるよ。別に君からは何も取らないからさ』
『えぇぇ・・・ちょっ、待ってく』
相手の意見も聞かずにルーシャはレイピアを構え・・・突く。
竜人との距離はおおよそ50m離れており、レイピアの攻撃距離ではないのだが・・・攻撃を受けた竜人はその場から離脱する。
するとかわした竜人の後ろで漂っていた雲に穴が空いてしまう。
雲に穴が空いてしまった理由は、ルーシャの竜力である風の竜力とレイピアに組み込まれた魔導石の効果によりその威力を上げ、目に見えない風の斬撃として飛んで来たのだ。
だが、攻撃をかわした竜人だがその顔色は優れていない。
何故ならルーシャはかわした竜人に追撃する事をせずにその場で手を叩いていたからだ。
『おめでとう。よくかわせたね。大抵は今の攻撃喰らっちゃうんだよね』
そう言いながら手を叩きながら笑みを浮かべるルーシャ。
しかしその笑みは乾いており、心の底から笑ってはいない。
『おい。あいつはどのくらいかわせると思う?』
『どうだろうなぁ・・・6回くらいか?』
『いや、もっと短いだろう』
『私は4回だと思いますね』
そう言いながらルーシャの攻撃を何回かわせるか賭けている竜人達。
どうやらどの竜人もルーシャが負けるとは思っていないようだ。
当然である。 ルーシャはここにいる竜人の中で最強だからこそ、この西の浮遊都市を支配出来ているのだから。
『さぁ・・・君は何回かわせるのかなぁ?』
それから数分後・・・全身を切り刻まれた竜人が無残に浮遊都市から廃棄されたのであった。
バルエラ竜王国・中央浮遊都市バルエラ
大陸中央に君臨し続ける国であり、最強の竜王であるオール・ディストピア・バルフロン・マリッジが治めている巨大な浮遊都市だ。
何故彼女が最強の竜王なのか・・・その理由は竜王オール・ディストピア・バルフロン・マリッジが他の竜人と違い古き血を覚醒させた竜人・覚醒古代竜人と言われているからだ。
竜人の王族の中には類い稀にその血を覚醒させた竜人が産まれてくる。
容姿や、体格等に影響はしないが・・・血を覚醒させるとその身に宿る竜力が他の竜人とは桁違い増大するのが特徴であり、その中でも竜王オール・ディストピア・バルフロン・マリッジは前竜王を完膚無きまでに叩き潰したことから最強の竜王と言っているのだ。
その容姿は長い黒髪に白い肌、赤く異常に開いた瞳孔に魅惑的なボディラインの女性だ。
そしてその身を着飾る鎧も彼女の黒髪と同じようにどす黒く血管のように全身を赤い装飾がされていて、不気味に発光している。そして何故か胸元を露出している・・・
彼女を一言で言い表すのであれば純黒の竜王である。頭の双角、腰から生えている翼、そして尻尾に至るまで全てが黒く染め上げられいるのだ。
力こそが全ての竜王国において噂では、全ての竜人が束になっても勝つことが出来ないと言われるが・・・その真相を知る者は存在しない。
バルエラ竜王国は中央浮遊都市を囲むようにして東西南北に浮遊都市が存在し、各都市に竜人が住んでいる。
そしてその東西南北を支配している四人の竜人。
東の浮遊都市・イースベラァを統べる竜人。ウルキード・ボイル・イーストロン・ファルエンタ
東の地方を統べる竜人で赤い翼を持っており、昔の戦いで片方の角が折れていて、竜人の中でもかなり高齢でその顔や身体には戦いの古傷が多数存在し、顔には髭を蓄えている。
火属性の竜力を操る事ができ、長年生きた経験からよく若い竜人に稽古をつけている。
西の浮遊都市・ウエストゲェルを統べる竜人。ルーシャ・ルビー・イエウエスト・アリードライブ。
各地方を統べる竜人の中でも最も若いが・・・その実力はトップクラスであり、竜王の次に強いと言われているが実際に戦ってはいないので不明だ。
南の浮遊都市・グラスサウスを統べる竜人。ジェイロス・ビート・サウスウェル・リューリック。
南の地方を統べる竜人で大柄で筋肉隆々の竜人だ。
健康的に焼けた肌に、割れた腹筋、鋼色をした翼にその体格に似合う角と翼をしている。
そして背中には大剣を背負っており、土属性の竜力を操れるが主に背中に背負った大剣で戦う好戦的な竜人として知られている。
北の浮遊都市・ロウェイノースを統べる竜人。ハッカ・ラフス・ノースルー・ライブエラ
北の地方を統べる竜人で白竜の異名を持つ竜人だ。
その姿が全身白く、髪や角、翼から尻尾の先端に至るまで純白の女性だ。
美貌もスタイルも良く、天が二物を与えたと言われていて、その身を包む衣装も見事な物だ。
竜王とは中が良く、よく茶会をしている。
この4名と唯一この場で玉座に座っている竜王オール・ディストピア・バルフロン・マリッジに付き従うようにして控える6名の侍女竜の他にも多数の竜力の姿が見られる。
6名の侍女竜はそれぞれに独自にアレンジされたメイド服を着ていて、竜王のすぐ側に控えている。
彼女達は竜王のお気に入りであり、噂では常に竜王に付き従い、湯浴みや寝室にまで同行しているらしい・・・
そしてどの竜人も豪華絢爛な衣装に身を包み玉座に座るオールに向けてかしずいている。
『面を上げよ』
玉座の座るオールから重々しい王たる声が響き渡る。
その言葉を聞き一斉に面を上げる竜人達。
『さて・・・今日の定例会なのですが、知っている者も、知らない者もいるのでまずは情報共有の為にルーシャからの話しましょうか。ルーシャ皆に説明を』
『分かりましたオール様』
そう言うとルーシャはオールに一礼した後で一歩踏み出し、階段に上がり竜人達を見渡せる位置に移動して説明し始める。
山脈を隔てたスヴァ都市国で起きた出来事について。
『おいおい・・・西側じゃすげぇ事が起きてるんだな?』
そう言って発言したのは南を統べる竜人ジェイロスだ。
竜王オール・ディストピア・バルフロン・マリッジは他の者の発言を許してはいない。
しかし、東西南北各都市を治めている竜人達だけは別に発言をする事が出来る。
それほどルーシャ達、東西南北各都市を治めている竜人達の力は強大なのだ。
『まぁ・・・我々には山脈を越えたとしても人間どもの領地へと侵入する事は出来ないので、どうすることも出来ないのですが』
『そうだよなぁ・・・あの結界さえなければ』
ルーシャ達の言う結界とは女神セラフティアスによって造り上げられたというもので、山脈を隔てた人間達の住まう国々を守るようにして展開している結界だ。
この結界に守られていることによって竜人や亜人達は人間達へ攻め混む事が出来ずにいるのだ。
どんなに鋭利な武器を用いても、どんなに強大な竜法を放っても破壊する事が不可能な結界だ。
竜王国ではその結界を破壊しようと研究が進んでいるが・・・思うように進展してはいない。
『そう言えば・・・竜王様の大剣でも斬ることは出来ないのかのぉ?』
そう言われて一斉に竜王の後ろ・・・玉座に隠れている大剣・女神の右腕へと目を向ける。
この大剣はかつての千年前の竜王が女神セラフティアスとの激闘の末に切り落としたと言われる大剣と、切り落とした女神セラフティアスの右腕を融合して造り上げられたと言われている大剣だ。
この武器には女神セラフティアスの右腕が埋め込めれており、柄のような物は存在しておらず大剣を収納する鞘も存在しない。
禍々しくも美しく、そして不気味で強大な力を秘めた大剣でまさに最高の一振りと言われ、どのような攻撃でも傷が付かず、どんなに硬度な物質を斬っても刃こぼれせず、魔法、竜法すらも斬ることも可能な理解不可能な大剣だ。
『残念ながら私の大剣・女神の右腕でも傷つける事は出来ない』
『学者達でも何で傷つかないのか不思議らしいね』
『女神の力・・・やっぱり同じ力だからなのかなぁ』
そう言いながら他の竜人達も頭を悩ませている。
今の技術、竜人の力では女神セラフティアスの結界を突破する事が出来ない・・・と言われるがたった一つ、女神セラフティアスの結界の影響を受けずに自由に移動出来る者が存在する。
その者の名は・・・疫病の狂天使。
この世界の厄災と言われる存在だ。
一概にして疫病の狂天使と言われている者達は、何故か女神セラフティアスの結界の影響受けずに自由に移動でき、大陸全土を自由に移動できると言われている。
どの疫病の狂天使も何故か枯れた枝のような翼を持っており、普通に考えれば飛行出来ないが何故か飛行する事が出来て、時折浮遊都市にも攻め込む事がある。
大抵の疫病の狂天使は数名の竜人によって対処され、討伐されていているので問題無いが・・・疫病の狂天使が群れをなして攻め込めば浮遊都市も危ういかもしなれい。
まぁ・・・今の今まで一度も疫病の狂天使が群れをなして攻め込んできた事はない。
そもそも疫病の狂天使は本能で破壊活動をしていると思われており連携や、会話が出来るとは到底思ってもいないからだ。
『それよりも戦争の方は順調ですか?』
オールの言っている戦争とはバルエラ竜王国の北に領土を持つドワーフとダークエルフの連合国家エルメダ連合国と、南に領土を持つエルフの王国ウルマイト王国、そして東の滅びたとされている島々を根城にしている魚人、人魚のならず者達の連合国家・アクモア海洋都市国家連合との戦争のことだ。
数年前から戦争を始めており、目下どの国々とも戦争中だ。
何故圧倒的な力を持つ竜人達が数年に渡って戦争をしているのかと言うと・・・竜王オール・ディストピア・バルフロン・マリッジの提案でまだ若い竜人に経験を積ませているからだ。
竜王オール・ディストピア・バルフロン・マリッジを含めて、この場にいるルーシャ、ウルキード、ジェイロス、ハッカ達が出撃すれば数日の内に戦争は終結する。
『順調だぜオール様』
『こっちも順調ですが・・・ドワーフ達が少し厄介ですね』
『ドワーフの連中は地下に住んでいるからねぇ・・・となると東側も順調じゃないんじゃないの?』
『そもそも東側はあの天候だから魚人、人魚も住みづらくないのか』
『そのことについてなのじゃが奴らはどうやら海底深くに住んでいるようでのう・・・殲滅には時間がかかるとみたわい』
『まぁ・・・若い竜人に経験を積ませるのが目的ですので』
『ところで竜王様、奴らが国として降伏して来たらどうするじゃ?』
その問いかけを聞いた竜王オール・ディストピア・バルフロン・マリッジは笑って答える。『全ての支配せよ。竜人以外の下等生物である翼無き者達にかける慈悲はない』
それを聞いた竜人達が一斉に合意の意を示す。
ただ・・・ルーシャだけは別に。