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プロローグ

  何故この世界は無慈悲なのか・・・そんな事を思いながら少女は残飯を漁っている。

  薄汚れた服とは言えない布で身を包み、痩せこけた手足は痛々しい少女は濁った瞳で泥水を啜る。


『げほっ・・・うぅ・・・』


  啜っていた泥水が気管に入ってしまったのか噎せてしまい、飲んだ泥水を吐き出してしまう。

  びちゃびちゃと地面に吐き出された少女の吐瀉物が辺りに散らばってしまったが・・・誰も少女を咎める者も彼女を宥める者もこの場にはいない。

  少女の周りにいるのは人間は皆地面に横たわってしまい動く気配ない。

  動かないのではなく動けない・・・何故なら少女の周りにいる人間は全てが人間であった者なのだから。

  周りの人間であった者達は少女と同様に痩せこけ、その皮膚は干からび、その瞳は理不尽な世界を憎むべく見開いたままだ・・・

  どうして誰も助けてくれない・・・どうして誰も救ってくれない。

  そんな事を思いながら少女の周りの人間だった者達は朽ち果てていってしまったのだ・・・

  そして少女もまた・・・このままでは周りの人間と同様に朽ち果ててしまう。


  そう思いながらもこの理不尽な世界に、この無慈悲な世界に抗うべく何とか生にしがみついていたのだが・・・最早それもここまでのようだ。

  バサバサと何か鳥等が羽ばたく音が聞こえてくる。

  その音は次第に大きくなり、そして近づく羽の音が複数聞こえて・・・辺りにの建物に何か爆発物でも着弾したのか、大きな音を立てて崩れ落ち、周りに家々に爆発した炎が引火して一気に燃え広がる。

  少女は運良く爆発の直撃を免れたが、それが幸運であったのか?それとも不幸であったのか・・・


  今の爆発が直撃していれば何も苦しまずに死ねたかも知れないが、少女は免れてしまった。

 

  『げほっ・・・げほっげっ・・・うぅ』


  辺りから燃え上がる火が少女の吸う空気を焼き、煙が視界を遮る。

  必死になり手足を動かそうとするが少女の行く手を、崩れ落ちた瓦礫に、焼け落ちた木々が遮ってしまう。

  どうすればこの状況から逃げ出せるのか少女は考える。

 

  しかし現実は非常であり、無慈悲であり、無情なのだ。

 

  少女一人の力ではこの火の海を抜け出す事も、この場を耐え忍ぶ事も、叶わない。

  当然である。

  人間という劣等種は、兎人(ラビットペイル)のような強力な聴覚も、蟻人(キールアント)のような土を掘って逃げる事も、蜥蜴人(リザードレイン)のような堅牢な鱗も、狼人(ウルフェンズ)のような身を守る毛も、僅かな月灯りで闇を見通す目も持っていないのだから。

  しかし人間にも優れた身体能力や、剣術や狙撃が出来る者も存在する。

  訓練すれば亜人であろうと倒す事が可能だが・・・今この場にいる人間にそのような事が出来る者は存在しない。

  いや・・・正確にはいたと言ってもいいだろう。


『た、助けてくれ!』

『誰かいないのか!?』

『熱いぃぃ・・・あぁ・・・』


  火の海の中から大人達の声が聞こえてくる。どの声も炎にまかれてしまい次第に声が弱まり、少女の耳には聞こえなくなかってしまう。

  何故彼らは何もしなかったのか・・・その理由は彼らが動ける身体ではなかったからだ。

  ある者は片足を、またある者は戦闘の衝撃で臓器が破損してしまい寝たきりに、そしてまたある者は治療困難だと見捨てられた者達だから。


  ここは嘗ては栄えた街ではあったのだが一度奇襲されてしまい、そして今二度目の奇襲にあっている。

  一度の襲撃によって都市機能が麻痺してしまい、最早や再起不可能と判断され廃棄されてしまったのだ。

  一部の民や、富裕層、動ける者はこの街を去ってしまう。

  馬車等もあるが数に限りがあり、動けない者や身内のいない者、負傷した者等を運搬出来なかったのだ。

  迎撃する事も、身を守る事も出来ない者はただ待つしかなかった。


  もう一度馬車が来て自分達を救出してくれると。


  少女もまたそう思い待ち望んでいた・・・しかし来ない。

  最初はまだなのだと少女は思っていたが来てくれないのだ・・・見捨てられた。

  そう・・・少女を含めた身内のいない少年少女や、負傷兵は見捨てられてしまったのだ。

  最初はこの街から出ていこうとは思ったのだが、何故かこの街の出入り口には塞がれ、城壁の乗り越えるのは不可でり城壁から飛び降りてしまった場合、少女の貧弱な肉体では衝撃には耐えきれず折れてしまうであろう。


  そして運命の時・・・少女は悟ったのだ。


  自分達は囮なのだと・・・

 

  身内のいない少年少女を助けたところで何も産み出す事は出来ない、戦力にも労働力にもなる事が出来ない痩せこけた少年少女、負傷兵は見捨てられ、囮にするのが最適だと判断されてしまったのだ。

 

  そう・・・この世界の支配者・・・竜人(ドラグニル)によって殲滅させられる人間という劣等種の囮に。


『生きたい・・・生きたいよぉ・・・』


  少女からもう枯れてしまった筈涙がこぼれ落ちる。

  頬は痩せこけた、手足は枯れ木のように骨に皮が着いている状態になってしまっても尚も少女の心臓は動いている。周りが火の海に呑まれ、街を守る城壁を破壊されても少女はまだ生きている。

  地面を這いずり廻りながら火のない方へ、煙の少ない方へ移動して行くが・・・どうやら少女の運命もここで終わってしまったようだ。

  少女の目の前に一人の竜人が舞い降りる。

  姿形は人間ではあるが背中から生えた緑の翼に、白く突き出た角・・・そして鰐のような尻尾が生えている竜人は少女を見ては嘆く。


『ちっ・・・何か動いているから見てみりゃ何だこいつは!?

 まるで今にも死にそうじゃねぇか?』

  『ひっ・・・』


  少女を竜人の眼光が居抜き、少女が震える。

  人間単体では絶対に勝てない相手であり、少女のような子供などはどんなに束になって戦っても勝つことが出来ない存在だ。

  無言の圧力が少女を襲い魂が握り潰されてしまったのであろう・・・少女は祈るように手を組み、自分の存続をかけて祈る。

 

  非力な少女には最早この状況を脱出する手立ても、方法もない。ただ祈ることした出来ないのだ。


  どうか自分の命が助かりますようにと・・・


  しかし現実は非常・・・少女の祈りなど嘲笑うように緑の翼の竜人(ドラグニル)は自身の右手に竜力を集中させ、風の剣を造り上げる。

  ゆらゆらと揺らめき、まるで風のその物が形を作ったような剣は、一振りすると辺りの黒煙を吹き飛ばし視界が開け黒煙が覆っていた風景が露になる。

  それはまるで地獄なのであろう・・・それほどまでに街は燃え周りに立っていた家々は倒壊しただの瓦礫となってしまっていたのだ。


『さて・・・祈りはすんだか?』


  緑の翼の竜人(ドラグニル)が問いかける。

  やはり少女の死は絶対なのであろう・・・ゆっくりと少女は瞳を閉じて死を受け入れる。

  風の剣が少女の首を斬り飛ばし、少女の生命がこの世から旅立つ・・・筈であった。


  いつまで待っても死ぬことのない事に疑問を持った少女を目を見開き、何が起きているのか確認する。

  そこには少女を殺める筈であった緑の翼の竜人が、振り下ろす筈の風の剣を構えたまま止まってしまっている。

  何故止まってしまったのか・・・そんな疑問を理解するより早く答えが出てくる。

  少女は緑の翼の竜人(ドラグニル)の向いている方向を見ると・・・空に皹が入っているのだ。

  比喩ではない。

 

  この周りが地獄と化してしまったから幻想を見てしまったのか?

 

  そんな事はない。少女の隣で同じく緑の翼の竜人も同じものを見ているようで、呆気にとられてしまっているようだ。


『おい人間・・・あれはお前にも見えているのか?』


  緑の翼の竜人(ドラグニル)の問いに少女は頷いて答える。

  現実だと理解した少女と緑の翼の竜人に更なる衝撃が襲いかかる。

  皹の入った空に向かって飛んで行った数名の竜人(ドラグニル)が皹に触れようとした瞬間・・・皹割れてしまい空から極光が溢れでる。

  今は昼を過ぎたばかりだがこれ程の光が溢れでる事はありえない。


  まるで光輝く太陽が地上に降臨したように皹割れた空から降臨する者・・・それは女神である。

  絶対なる光を背にして現れた女神とも言うべき美貌と、人ならざる者の証である六枚の純白なる翼が拡げられゆっくりと地上に舞い降りる。

 

  彼女は誰なのか?

 

  そんな疑問よりも早く周囲を飛んでいた竜人(ドラグニル)が、純白の翼を持った女神に向かって手に持っている刀で斬りかかろうとするが・・・まるで目に見えない壁によって遮られてしまったのか剣が弾かれてしまった。

  それを見ていたもう一人の竜人(ドラグニル)は持っている杖に竜力を込め、炎の竜法を炸裂させ女神に向かって放つが・・・やはりまるで効いていないようで、火の粉ですら女神には到達出来ていない。

  絶対なる堅牢な守りが女神を包み込み、女神を傷つける全ての物を拒絶しているようだ。


  こちらの攻撃が全く通じない事に苛立ちを覚えた竜人(ドラグニル)が咆哮を上げて威嚇するが、その咆哮すらも何も感じていないように女神は瞳を閉じている。

  女神の周りを旋回していた竜人(ドラグニル)が痺れを切らしたのか再び持っていた杖に力を込め、炎の竜法を炸裂させようとするが・・・それよりも早く女神が動き出す。

  ゆっくりと手を前に突き出し周りに纏っている光を凝縮すると、派手ではないが黄金の装飾を施された白い弓を造り上げる。

  穢れを知らない少女のようにな白き弓は、見るもの全てを魅了し、その魂さえも浄化してしまいそうな弓だ。


  そして女神は弓を天に掲げ、拡げた六枚の翼のから一枚の羽根を取る。

  その羽根も女神から溢れでる光を浴びたのか、光輝く矢へと変化する。

  矢尻も羽根もついていない矢と言っていいのか分からないが、あれは矢なのだ・・・光輝いているが。


『っ!?一斉に射撃だ!急げ!』


  一人の竜人が叫び、女神を囲んでいた竜人がおのおのに杖を掲げ竜力を集結させ・・・合図と共に炎・水・土・風の竜力による砲撃が開始される。

  炎を操る杖からは大砲の玉よりも巨大な炎の塊が造り上げられ女神に向かって直撃し、それに続くように水・土・風を操る杖の砲撃が直撃するが・・・やはり女神を傷つける事は出来ずに見えない壁によって全て防がれてしまう。

  人間の作り上げた城壁や家屋などを無慈悲に破壊する砲撃でも女神を傷つける事が出来ないばかりか、その身に纏う衣服さえも傷つける事は出来てはいない。

 

『ちぃ・・・お前等同時に叩き込むぞ!』


  砲撃をしていた四人の竜人は互いにタイミングを計り・・・一斉に女神に向かったて砲撃し女神が黒煙に包まれてしまう。

 

『なんと愚かな・・・そのような貧弱な攻撃では私を傷つけることなど不可能なのですよ』


  女神を包み込む黒煙の中から透き通るような美しい声が周りに響き渡る。

  決して大きな声ではないのだが、その声は周りに反響してこの場にいる人間、竜人(ドラグニル)に聞こえていたようで全員が動きを止める。

  人間の残党を狩っていた竜人(ドラグニル)も、その竜人(ドラグニル)から逃げ出そうと必死に逃げようとしていた人間も全員手足を止め、絶対に女神の言葉に耳を傾けなければならない。そんなまるで呪いのような声に支配されてこの場の全員が女神を見つめる。

 

『き、貴様は何者だ!?』


  一人の竜人(ドラグニル)が剣を突きつけて女神に向かって吠える。

  歴戦の戦士なのであろう、その髪は白くなってしまい、顎には髭を蓄えた竜人(ドラグニル)が女神の呪いの声に支配されていないのか行動出来ている。

  その竜人(ドラグニル)の覇気に当てられたのであろう他の周りにいた竜人(ドラグニル)も行動を開始し、白髪の竜人(ドラグニル)の周りに集まり陣形を形成して女神を牽制する。

  しかし、女神はその竜人(ドラグニル)の覇気を気にしている素振りはなく、剣を突きつけられ、魔法の杖を構えられても微動だにしていない。

  いつの間にか天に掲げていた筈の弓も、光輝く矢も女神の手元にはなくなってしまっていた。


『私の名は・・・女神セラフティアス!』


  六枚の翼を高らかに拡げ・・・割れた天空を指差す。

  まるで天から降臨したとでも言っているのか?

  女神セラフティアスが指差した割れた天空の隙間からは白い城壁が見え隠れしており、かなり巨大なのか全貌がまるでわからないほど城壁には黄金に輝く装飾が施され、見るからに高級そうであり美しいの一言だ。

 

  そして天空の隙間から四つの影が見えている。

 

  しかし見るべき物は美しき城壁ではなく天に輝く六つの魔方陣であり、いつの間にか天に掲げられていたのだ。

 

『なっ・・・魔方陣!?』

『いつの間に!?』

『し、しかし何だ・・・この力の大きさは!』


  女神から溢れ出た魔力にも竜力にも似た膨大な力は天に掲げた魔法陣と共に鼓動しているのか、魔法陣が脈動をはじめ、光輝き・・・魔法陣から莫大な量の力の放流が放たれる。

  それは矢の形をしているが矢と言うにはあまりにも巨大であり、ありえないの一言である。

 

  一瞬・・・瞬きすらも越えて放たれる光の矢は陣形を形成していた竜人(ドラグニル)、緑の翼の竜人(ドラグニル)もその光の矢に呑まれてしまう。


  そして竜人(ドラグニル)がいた場所には何も残らない・・・毛や鱗、角やその身に纏う衣服さえも何も残っていないのだ。

  そう・・・何もその竜人(ドラグニル)を形成する遺伝子さえもなくなってしまったのだ。


『す・・・すごい』


  光の矢の直撃を免れた少女はゆっくりを顔を上げて辺りを見渡す。

  地獄のような火の海はいつの間にか鎮火し、焼け焦げた臭いや、煙も感じられない・・・まるで浄化されたように辺りに静けさが響き渡る。

  一歩・・・女神セラフティアスが歩き始める。その地面から植物が生い茂り、花が咲き、炎によって焼け焦がれた地面に生命の伊吹が舞い降りる。

  そして女神セラフティアスがその場で一回転すると、生命の伊吹が周りにそよ風の如く吹き抜け、焼け焦がれて廃墟同然と化した街が一瞬にして生命が溢れる花畑へと変貌する。

 

『て・・・天国』


  そんな・・・おとぎ話にでも出てきそうな天国のような楽園に、この廃墟同然の街は変わり少女は心の思うままに喋ってしまう。

 

  女神セラフティアスがゆっくりと少女に近づき、少女の傷ついた身体を優しく、優しく包み込む。

  少女は思った・・・自分には母親と呼べる存在はいなく、母のぬくもりを感じたことのない自分が思うこの感じは紛れもなく母性であり、優しさなのだと。

  生まれてこのかた一度も、誰にも優しくされなかった少女は女神セラフティアスの腕の中で眠りにつく。


『眠りなさい人の子よ・・・永遠にそして永久に』


  少女を抱き締めた女神セラフティアスはゆっくりと少女に言い聞かせ、その頭を撫でる。

 

  優しく・・・優しく・・・

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