龍のとおせんぼ
龍のお話はたくさんありますが、優しい龍と女の子の話にしました。ほのぼのです。
森の近くに小さな村がありました。そばに川は流れているし、大きな湖や泉があったので村人たちはとても助かっていました。山の奥は危ないから子供が一人で行くことはありません。山野を吹き抜ける風には神様がいて、村人たちをいつも見守っているのだと古くからこの村に住む年寄りが村人たちに話していました。
川には龍がいていつまでも清い水が流れているようにと、細く長く息を吐き、川の中を泳いでいるのだそうです。
風の神様と川の中に住む龍が大地を潤し野を育て、花が咲けば女神が踊り太陽の光が朝に夕に光ります。
冬の寒い季節は、武具をまとった冬将軍が大地を踏みしめ新しい季節を迎えるために一時の休息を与えます。
美しい季節が巡り歩くこの村の少し離れた場所に大きな町がありました。街道が近くにあって旅人も通るので、宿屋やお店が並び年に数回大きな市が開かれます。
海からは塩や魚や海藻が。山からはきのこや山菜、獣の肉や木の工芸品。遠くからは珍しい絹や織物など様々なものが持ち込まれて、にぎやかに売り買いが始まります。
数日続くこの市に、一人の女の子が急いでたどり着こうと、背に負った荷物の重さに汗をかきながら休む間も惜しんで歩いていました。
「もう。父ちゃんってば、銭を忘れていっちまうんだから」
父親は、市に冬の備えのための食料を買いにでました。ついでに湖でとれた貝殻で作った品を試しに売ってみるとうきうきしながら家をでたのが二日前のことです。
「あー。くたびれた」
疲れた足をさすって、道の脇に座り込み竹筒から水を飲んでふぅっと息を吐きました。
「父ちゃんも父ちゃんだけど、母ちゃんも母ちゃんだわ」
背負っていた荷物は、女の子の脇に置かれています。中は草履や竹で作った籠で売れるようなら売ってきてくれと持たされたのです。
ひらひらと落ちる葉がほんのりと黄金色に光っています。もう少しするとそこらじゅうが赤や黄色に染まって寒い冬がやってきます。
女の子は、荷物を背負い直すと先を急ぎました。市が終わってしまっては冬の支度ができません。蓄えがあり、ひどく困ることはないだろうと話していましたが、お正月はきちんと祝いたいものです。
このまま歩いていくと河原にでます。川幅が太く底が深い場所があるため、橋がかかっていました。橋を渡ればまた森の中に入りますが、光が差し込む明るい道で、途中から町の様子を歩きながら眺められるようになります。
「もう少しだな」
もし、父親の作った品や背に負った荷物が売れたなら髪飾りか何か買ってもらおうと考えてくすりと笑いました。
さて、橋まであと少しというところで女の子は困ったように足を止めました。
橋の真ん前に、長くて鱗のついた生き物が横になって寝そべっていました。女の子は右から左に顔を向けて、ごくりとつばを飲み込みました。
「もしかしたら、川に住む龍?」
頭からしっぽまでどれくらいあるのかわかりませんが、顔のようなものがちらりと見えます。
「どうしよう〜」
龍をまたいで行こうかと思いましたが、寝ている龍を起こして万が一怒らせたら大変なことになります。
「村がなくなっちまうかも」
急ぎたいけど龍を怒らせたくない。半泣きになりながら、女の子は気持ち良さそうに眠る龍の横で座り込んでしまいました。
「起きてどこか行くのを待つしかないか」
荷物をおろしてじっと待つことにしました。女の子の他に通る人がいなかったので、龍と女の子の二人きりです。
いつの間にかうとうとしていた女の子は、顔に生臭い息がかかり目が覚めました。顔をあげれば金色に光る瞳が女の子をじっと見つめています。いつの間にか眠り込み、夜になってしまっていました。
「うわっ!」
慌てて後ずさるとまばたきをして金色の瞳が女の子の顔をのぞきこみます。ひげがゆらゆらと揺れて、軽く開いた口からは鋭い牙が見えたので女の子は顔が青くなりました。
(我に何か用か)
頭に響く声に驚いて女の子は地に額をつけてどもりながらも、町に行くために先を急いでいたことや橋を渡ろうとしたけれど、気持ち良さそうに寝ていた龍を起こせなかったことを話しました。
(ふむ、それは悪いことをしたな)
怒りや苛立ちはなく、落ち着いた声でしたので女の子はそっと顔をあげて龍を見ました。月の光が青緑の鱗にあたって輝いているのが美しく思わず見とれてしまいました。
(月も天に昇り、夜も遅い。背中に乗りなさい。町まで送ろう)
女の子ははっとしてもう一度額を地につけました。
「父ちゃんの泊まっている宿は知っているし、慣れた道です。大丈夫です」
どいてもらえれば一人で町まで歩いて行けますと、本当は一人で夜道を歩くのが怖いのを我慢して話しました。
龍は首を傾けてから、すっと女の子のそばに伏せました。
(いいから乗りなさい)
女の子は迷いながら立ち上がり荷物を持って龍の背によじ登りました。背にはえたふさふさとした毛にしがみつきます。女の子が背にまたがったのを横目でちらりと確認してからふわりと浮きました。
「わっ!」
(落ちるなよ)
「はい!」
真っ青な顔で龍の背にまたがる女の子に低い声で笑って星空の散らばる空に昇っていきます。半分よりも少し太った月が、夜の中で輝いていました。
女の子はそっと顔をあげて、空と星と月、下に広がる森と川を眺めました。
「きれいだな」
(もう少しすると森全体が色づいて、いっそう綺麗になる)
「それは綺麗でしょうね」
うんという声がしたきり龍は黙ってしまったので、女の子も何も話さないまま景色を楽しみました。
暗がりの中に町が見えてきて、もう龍と別れてしまうのかと思うと少し寂しくなります。
町のそばに降り立つと龍はすぐに空へと飛び立ってしまいました。
「あのっ。ありがとうございました!」
頭を思い切り下げてから、女の子はすでに小さくなってしまった龍に向かって大きく手を振ります。それから町へと入り、夜になっても屋台でにぎわう中を通り父親の泊まる宿屋へと向かいました。
その夜は父親と一緒に宿屋に泊まりましたが、市にいる間ずっと泊まるわけにはまいりません。父親と女の子の二人ではお金がかかりすぎてしまうからです。女の子は次の日の昼過ぎに町をでて、自分の村へと帰っていきました。
途中で川を渡るために橋の前へとやってきました。もしかしたら龍が昼寝しているかもしれないと思いましたが、誰もいません。がっかりしましたが、女の子は背に負った風呂敷から町で買った饅頭をとりだして、橋のそばに置きました。
「昨日は、背中に乗せて町まで送ってくれてありがとうございました」
お礼に饅頭を置いていきますと手を合わせてから、軽やかに橋を渡って行きます。橋を渡りきってから後ろを振り返り、名残惜しい様子で村へと向かう山道へと歩いていきました。
女の子が遠く去ってしまってから、橋のそばに何かが近づいてきました。青緑の鱗が日にあたりキラキラ輝いています。大きな口でそっと饅頭をくわえるとあっという間に川の中へと潜ってしまいました。
読んでいただきありがとうございました。不思議な生き物が一線を引いて人と関わるお話が好きです。深く関わる話も好きですが。