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雪解けに咲く花  作者: 弥生秋良
6/9

特別


「あんただけ生き残るなんて」

 親戚中を盥回しにされた挙句、行き着いた先で言われたのはそんな言葉だった。



 そんな事改めて言われなくても解っていた。

『なんで俺だけ』

 ずっとずっと、考えない日はなかった。

 寧ろ、俺が死ねば良かった。

 優しい両親の代わりに。


 世界は少しも優しくない。

 どうしてこの世界は、こんなにも不公平で不条理なんだろう。



「……くそっ! 今回の取引白紙になっちまったっ‼」

 苛々しながらネクタイを緩めつつ、大股でリビングに入ってきた義父。俺はその様子を部屋の隅で怯えながら見遣る。

「……何眼くれてんだお前……」

 低く唸るような声でそう言い放たれる。あぁ、これはいつも通りの展開だ。俺は次に来る衝撃を予想して身構えた。

「お前が飯食えてんのは誰のおかげだと思ってんだっ⁈ なぁっ‼」

 癇癪を起こして声を荒らげると、躊躇なく養父の足が俺の腹に直撃する。込み上げてくる吐き気を抑えながらも生理的に出る涙と堰。

「ごほっ、げほっ」

 視界の端で、養母が何も言わずに一瞥してキッチンへと向かう姿を捉える。まるで、存在を無視するように。

「煩いっ‼ 静かにしろっ‼」

 続け様に髪を掴まれ殴られる。床に叩き付けられ、俺はそこで意識を失った。



 何時までこんな地獄が続くんだろう。

 こんな事なら、あの時に死んでいれば良かった。

 ねぇ、父さん、母さん。

 どうして俺だけ、置いていったの?



「なぁこいつ超暗くねっ?」

「ホント、お前がいると教室が辛気臭くてめっちゃ迷惑なんですけどー」

「しかも服とかすげぇ汚れてるし……ってそれは俺らのせいかっ!」

 そう言って俺を囲み豪快に笑うクラスの奴ら。一部はいじめ実行犯、一部は一緒になって馬鹿にしたようにクスクス笑い、一部は関わり合いになりたくなくて目を逸らす。

「なぁなぁ、俺達お腹空いてるから購買でなんか買って来てくれないかな~」

「あ、でも俺ら金ないわ~。出しといてよ~」

「…………」

 俺は無言を突き通す。相手にするのも億劫だ。するとやはりと言うべきか、反応のない俺に苛立ちを感じ、そいつらは手を挙げてきた。

「……っ」

 急に立ち上がった一人が俺の座っていた椅子を足で蹴り倒す。俺は派手に床に倒れ込んだ。

「お前さぁ……あんまり調子に乗ってると痛い目見るよ?」

 そう囁き、思い切り鳩尾を蹴られる。それを合図に他の奴らも殴ったり蹴ったり、挙句の果てには髪を掴んで無理矢理立たせ、壁に叩き付けるように投げ飛ばしたりしてきた。

「…………」

 床に転がされ、四肢を動かす事も儘ならない。朦朧とする意識の中、視線だけを動かす。其処には、憐みの目を向けてはいるが何もしようとはしないクラスメイト達の姿。


 あぁ、本当に――――


 ――――この世界で生きていく価値なんて、何処にもない。



 次の日も、その次の日も、同じ事の繰り返し。

 そんな日々がずっと続いて。

 終わりなんて見えなくて。

 ……救いようのない、明日。

 希望なんて、存在しない。


 いっそ、死んでしまおうか。



「……っ」

 昼休みももうすぐ終わりに差し掛かろうとする時間、俺は一番下の階段踊り場の隅で蹲っていた。腹を蹴られた痛みが再発し動けなくなったからだ。

「……痛てぇ……」

 思い掛けず口を吐いて出てきた言葉。でも誰にも気付かれる事はないだろう。現に、知ってか知らずか、誰も足を止めようとはしない。始業のチャイムが鳴り響く。


 その時だった。


「……大丈夫?」

 ……幻聴だと思った。俺は痛みに耐えつつ、ゆっくりと声がした方に視線を向ける。

『期待するな』

 そう言い聞かせながら。

「……これ使って」

 差し出された一枚の濡れたハンカチ。……何故濡れているのだろう。まさか、態々濡らしてきてくれたのだろうか。痛みと闘いながら、ぼんやりとそんな事を考える。

「……ちょっと待っててね」

 そう言って立ち上がり、遠ざかっていく後ろ姿。長くて綺麗な黒髪が、風に靡いて揺れていた。


 

 何もかもボロボロだった。

 もう生きていてもしょうがないと思った。

 そんな俺に、彼女は初めて優しく声を掛けてくれた。

 誰もが素知らぬ顔で俺の横を通り過ぎていったのに、彼女だけは目に留めてくれた。

 俺なんかに優しくしても、何の得にもならないのに。

 下手をすれば自分だって苛めの標的になるかもしれないのに。

 それでも見返りを求めず、手を差し伸べてくれた。



「はい、絆創膏」

 程なくして彼女は俺のもとに戻ってきてくれた。その上絆創膏を差し出してきた。早々に立ち去ったものだと思っていた俺は呆気に取られて僅か目を見開く。そんな俺の様子には目もくれず、彼女はその差し出した絆創膏のシールを剥がしていく。

「ちょっと我慢してね?」

 そう一言添えて、俺の頬にそれを優しく貼ってくれた。

「………っ」

 俺は痛みに顔を顰める。それを窺い見て、彼女は心配そうな声色で俺の顔を覗き込んだ。

「痛い……? やっぱり保健室行く?」

 ……そこで初めて彼女の顔を目にした。儚げな印象を纏う容姿だが、幼げにも整った顔立ち。真摯に向き合う視線。俺は知らず息を詰めた。

「……もしかして、他にも痛む所ある?」

 不安気に揺れる瞳。彼女の手が俺の頬に触れる。

「……どうして……」

 無意識に言葉を零す。

 誰も心配なんてしてくれなかったのに、どうして彼女は見過ごさなかったんだろう。

 もう授業も始まってるのに、どうして俺なんかの為に優しくしてくれるんだろう。

 次から次へと溢れ出す疑問が頭の中でぐるぐると廻る。すると、何も言わない俺を見るに見兼ねてか、彼女は如何にも心痛な面持ちで口を開いた。

「どうしてって、だってあなた……」

『泣いてるもの』

 告げられて、初めて気付く。視界がぼやけている。頬を濡らす雫が彼女の手を伝っていく。

「……なん、で……っ」

 みっともなく女の子の前で泣いていた。辛うじて口を覆い、声を押し殺しながらも抑え切れずに双方の瞳から苦痛を我慢していた気持ちが大粒の涙となって無様に流れ落ちていく。

「辛かったんだね……頑張ったね……」

 掛けられたその言葉が、手当てしてくれたその手が、酷く暖かくて……俺は思わず彼女に縋りついた。そのまま一頻り泣き続けた。それこそ、涙が涸れるぐらいに。



 その出来事が忘れられなくて。彼女の存在が、忘れられなくて。

『まだ生きていたい』なんて、初めてそう思えた。

 生きて、今度は俺が彼女に手を差し伸べてあげたい、と。

 救われたんだ。本当に、心から。

 


 それ以降俺は自己防衛の為に……【生きる】為に、必死に足掻いた。

 暴力を振るってきた養父にも、学校で虐めてきた奴等にも、全力で抵抗して反発した。

 中学卒業と同時に家を出て、一人暮らしを始めた。勘当されて追い出された、と言った方がいいかもしれない。借りられた部屋は、今にも崩れそうなボロボロのアパート。それでも家があるだけマシだと思った。 

 バイトを見つけて、お金を稼いで。ただ養父母に「高校だけは出ろ」と言われて渋々承諾していたから、時間のある時だけ学校に通った。

 その後、髪の色を変えた。強くなる為に喧嘩も覚えた。バイト先の先輩方にご教授頂いた。「昔は俺もやんちゃだった」等と笑って話してくれた。

 そうして俺は、俺を守った。

 最初は生きていく事に精一杯で余裕が無かったが、慣れてくると周りが見えてくるようになった。

 そんなある日、彼女を見つけた。



「深雪っ!」

 偶々学校に出席していた俺は、身支度も終えて早々に帰ろうと廊下に出た。

 そこで突然弾かれたように聴こえてきたその声。と同時に俺の目の前を誰かが通り過ぎる。

 無意識に反応して視線を促した。その人物が追い掛ける先で、名前を呼ばれた一人の女子生徒が振り返った。整えられた長い黒髪が流れるように揺れる。

 その時、俺の目に飛び込んできたのは、あの時の彼女だった。

「……!」

 咄嗟に声を上げそうになった。吃驚して目を見開く。そんな俺の様子に気付いてか否か、一瞬彼女と目が合う。

 心臓が跳ねた。途端に鼓動が早鐘を告げる。

「……どうしたの、夏」

 聴こえてきた声は当然俺を呼ぶものではなく、先程高らかに彼女を呼び止めたもう一人の女子生徒へのもので。

 だが俺はその時の彼女の様子を見て訝しんだ。何故か腑に落ちなかったのだ。

 何故だろう。何かが違う。

 そして短時間ではあるが頭を悩ませた結果、違和感の正体に辿り着く。

「そうか……」

 抑揚のない声のトーン、何処となく翳りのある表情、伏し目がちに下げられた瞳、愛想笑いに近いような作り笑顔。彼女の纏う雰囲気全てがあの時の彼女とは相違していた。

 彼女に何があったのだろう。

 自分が生きていく事だけで精一杯だった俺には知る由もない。だけど、不甲斐無く感じる。救ってくれたのに、俺は何も返せていない。

「…………」

 思考を巡らせている間に彼女の姿が遠ざかっていく。まるで、届く筈が無いと暗示するかのように。

 弱かった頃の自分が叫ぶ。このまま放って置いていいのか、と。

 そして彼女を見据え、誓った。

 もしもそれが暗に届かない事を示していたとしても、俺はそれに抗ってみせる。

 今度は俺が、彼女を救う。

 ひとりには、させない。

「……待ってろよ」

 今はまだ、この声は届かない。この手も、この想いも。けれど、 きっと。……絶対。



 それから数日後、チャンスはすぐに訪れた。

 いつもと同じように公園で煙草を吹かしていると、何故か登校中の彼女と目が合った。

 ……今しかないと思った。

「よぉ。……お前その制服っつーことは俺と同じ学校だよな?」

 手招きして偶然を装い、知らない振りをした。本当は、知ってる。一緒の学校だって事も、名前も。

 俺の、恩人だから。



 案の定、彼女は俺の事を覚えてはいなかった。それでも良かった。

 そんな再会を果たし、彼女と話をするようになった。とは言っても俺が強引に彼女に付き纏ってる、と言った方が妥当だろう。でも放って置けなかった。何かを隠しているのは一目瞭然だった。だがそれがどれだけ重い真実なのかなんて、知り得る筈もなくて。

 それを図々しくも人の懐に遠慮なく踏み込んで、荒らした。何度も反省して、それでもやっぱり見過ごせなくて。

 それを繰り返して、もうこの際嫌われてもいいと思った。嫌われるのは慣れてるから。

 それに本当なら、俺は今此処に存在してなかったんだ。本当ならあの時に、俺は死ぬ筈だった。

 だから、彼女に嫌われても構わない。傷つく事も、厭わない。

 それで彼女を救えるなら。



「俺は……誰かに愛して欲しかったんだ。笑えるだろ……?」

 接していく内、奇しくも俺は昔の話を吐露していた。こんな事を話しても彼女には何の意味もないのに。

 俺はただ、聞いて欲しかったのかもしれない。彼女は、彼女にだけは、本当の自分を知って欲しかったんだろう。

 嘲られるだろうか。もう近づけなくなるかもしれない。そんな恐怖が今更襲う。

 ……けれど、彼女は……

「辛かったんだね……頑張ったね……」

『辛かったんだね……頑張ったね……』

 その優しさは、あの時と何一つ変わっていなかった。あの日が還ってきたようで、堪らず涙が溢れた。

やっぱり、彼女を助けたい。



 そう誓った矢先、彼女から突然の告白を聞かされる事となる。

「死ぬのっ‼」

「……え……?」

 突拍子もない科白に、自分の耳を疑った。

「私、死ぬの。だから……もうお終い」

 強がって笑顔を見せる彼女。俺の思考は全然追い付かなくて。

「ありがとう。少しの間だったけど……あなたの優しさ……嬉しかったよ」

 何か、伝えなければならない事がある筈なのに、

「……さよならっ」

「おいっ‼」

 彼女は俺の言葉を待ってはくれなかった。

 走り去るその後ろ姿に既視感を覚え、このまま二度と逢えなくなってしまうような焦燥感に駆られる。

「……っ、終わって……たまるかよっ‼」

 唇を噛み締め、拳を握る。

 次の瞬間、前を見据えて駆け出していた。



 追い掛けてる間、「もうすぐ死ぬなんて、そんなの嘘だろ」って信じてやれない自分がいて。

 彼女の事を信用してない訳がないのに、肯定してしまうと先刻の言葉が現実になってしまうからって、そればっかりループして。

 でも、彼女の姿を目にしたら、そんな事どうでも良くなった。

「何で嘘つくんだよっ‼」

「死ぬことは嘘じゃない」

「そうじゃねぇよっ‼ お前、何で自分の気持ちに嘘つくんだよって言ってんだっ‼」

 気付けば勢いに任せて言葉を紡いでいた。

「『大丈夫』とか『無理』だとか、嘘ばっかじゃねぇかよ……っ‼ 本当は大丈夫なんかじゃなかったくせに……無理だと……自分を思い込ませてただけのくせに……っ‼」

 必死に訴えた。諦めて欲しくなくて、希望を捨てて欲しくなくて、思い付く限りの言葉を声に乗せた。

「……っ、だって無理じゃないっ‼ 私死ぬんだよっ⁈ 未来なんてないんだよっ⁈」

「関係ねぇよっ‼ 言っただろっ‼ もう忘れたのかよっ‼」

 彼女が一瞬怯む。……もう少し。

「どうしてよっ、どうして……そんな事言うの……っ?」

 彼女の声が次第に小さくなっていく。

「……馬鹿かよお前……」

 無意識にふっと笑みが洩れる。……やっと、掴まえた。

「『好きだからだろ』って……言ってんじゃねーか……」

 そう、初めて出逢ったあの時に、俺は深雪を好きになったんだ。

 だから守るよ。今度は、俺が。

「たとえ時間が僅かしかなくても、一生分の想い出を創っていけばいいじゃねぇか。一生分、愛していくから……」

『だから、無理だなんて言うな。……諦めんな』

 続いた言葉は、君が教えてくれた事。『諦めんな』なんて、あの時君がいなかったら言えてなかったよ。



 漸く心を開いてくれた彼女は、俺に彼女の抱える問題を思い付く限り話してくれた。

 俺が度々話題にして憤っていた両親の事。どうなるか分からない病気の事。これから先の事。

 そして、本当の気持ち。

『死ぬのが恐い』と、彼女は言った。

「……当たり前だろ。俺だって恐い。……お前を失くす事が」

 泣きそうになった。でも、本当に泣きたいのは彼女の方だと言い聞かせて我慢した。

「……まだ出逢って間もないのにどうしてそんな風に想ってくれるの?」

 何も知らない彼女は心底不思議そうに訊いてくる。でも俺は答えなかった。

「……知らなくていい。お前はただ自分の事だけ考えてろよ」

 そう、知らなくていい。知らないままでいいんだ。今の状態で更に困惑させたくない。

 これは俺の、エゴだから。



 それから数日は何ら変わらない平穏な毎日が続いた。

 あの日以来彼女はよく笑うようになった。それを心底嬉しく感じていた。俺が偶々見つけた時の彼女は表情に乏しく、見ていられない程辛そうだったから。

 このまま何事もなく過ごしていけるような気さえしていた。

 俺は安穏な日々にかまけて、油断していたんだ。



「先生ぇっ‼ 深雪がっ‼」

 突然そんな声がグラウンドに響き渡り、俺は咄嗟に声のした方に目を向けた。

 すると其処には、真っ青な顔をしている彼女の親友と、倒れ伏したままの彼女の姿があった。

「深雪ぃっ‼」

 俺は周囲の視線には目もくれず、彼女のもとへと駆け寄り彼女を抱き起した。

 だが彼女の瞳は閉じられたまま、浅い呼吸を繰り返す。現実を目の当たりにし、酷く戦慄いた。

「深雪っ‼ 深雪ぃっ‼」

 馬鹿の一つ覚えみたいに何度も名前を呼び続けた。何も出来ない自分がもどかしく、唇を噛み締めていた。口の中で血の味が広がる。

 その時、緩々と彼女の瞳が開かれた。

「……‼ 深雪っ⁈」

 そっと触れた頬が冷たく感じ、ゾッとして血の気が引く。

「……っ」

 何かを伝えようとしていた。その唇を読む。

「……何で……」

 それが自分の口から洩れたものだとは気付かなかった。彼女の唇は、確かにこう動いた。

『大丈夫だよ』と。

「深雪っ‼ 大丈夫だからなっ、俺が、ずっと傍にいるからっ」

 俺は必死に呼び掛け続けた。彼女を抱える手が恐ろしく震える。声も、同様に。

 俺の瞳から流れ落ちた雫が一滴、彼女の頬を伝った。



 その後彼女は教師が呼んだ救急車で病院に搬送された。

 容態が安定し病室に移されると、俺はずっと彼女の手を握り締めて祈り続けた。

 早くその瞳が俺を映しますように、と。



 どれくらいの時間が経過したのか、微かに彼女の瞼が震えたのを俺は見逃さなかった。

「……⁈ 深雪っ‼」

 此処が病院だというのも忘れて俺は反射的に立ち上がり、大声で呼び掛けた。

「……春……樹……?」

 やっと綺麗な瞳が俺を映した。掠れ気味に紡がれた言葉。

 俺はもう一度彼女の手をそっと握った。感極まって顔が泣きそうに歪む。ベットに突っ伏し嗚咽を堪えるようにして号泣した。

「春樹……?」

 もう聞けないかもしれないと、呼んで貰えないかもしれないと思っていた声が、俺の名を優しく呼んでくれる。返事をしたいのに言葉が喉の奥に引っ掛かったまま出て来ない。代わりに彼女の手を強く握り返した。

「……大丈夫だよ」

 俺を安心させる為だけに掛けてくれる言葉。本当は大丈夫なんかじゃないくせに。自分の方が不安で潰れそうな筈なのに。それでも彼女は俺を優先させる。その労りが痛い程胸を締め付ける。

「俺……もう駄目だって、思って……っ、このまま、目ぇ開け、なかったらって……すげぇ、恐かった……っ」

 頭に浮かんだ言葉を子供のように羅列した。こんな事を言っても彼女を困らせるだけなのに。

「ごめんね……」

 ほら、謝らせてしまった。

 最低だ。



 守るとそう豪語しておいて、その結果がこれだ。自分の不甲斐無さに反吐が出る。

 何で自分はこうなんだろう。粋がるだけで、虚勢を張るだけで、それに見合った行動が取れていない。

 所詮は口だけ。惨めで情けなくなる。

 こうなってやっと自分の無力さを再認識した。

 どれだけ鍛えても、意味がない。

 見た目だけ変えても、中身が変わらないと誰一人守れない。

 その時、俺は決心した。

「……解った」

「え……?」

 八つ当たりみたいに声を荒げてしまったけど、もう止めよう。俺は彼女を助けたいんだから。助けたい、なんて驕った言い方かもしれない。自分の力量を見極めたら、土台無理な話なのかもしれない。

 それでも。

「……結婚しよう」

 彼女は呆気に取られてポカンとしている。だが途端に意味を理解したのか、双方の目に涙が溜まっていく。

 俺は堪え切れず彼女を抱き締めた。

「……深雪がいなくなっても、俺は生涯深雪を愛し続ける。約束する。だから……俺と結婚して下さい」

 同情なんかじゃない。たとえ深雪が病気じゃなかったとしても、俺は彼女に告白していただろう。

 ただ命の期限を知らされている分、言うのが早くなっただけ。

「深雪、返事は?」

 顔を覗き込む。彼女と視線が重なる。

「……はい……っ、喜んで……っ‼」

 背に回った彼女の手に力が込められる。何故か言葉にならない思いが込み上げてきて、俺は彼女の肩に顔を埋めた。

「……代われたらいいのに……」

 無意識に発した言葉は、やけに響いた気がした。



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