12 初日の終わり
『天空の塔』からラッシュアワーのように吐き出される、『タワークエスト』参加者たち。
出口の先は街の大通りになっていて、奥には沈む真っ最中の夕陽があった。
揺らぐ巨大な太陽は、まるで塔に向かってくる巨大な火の玉のようで、一瞬怯んでしまうほどの迫力。
俺だけじゃなく、参加者の誰もが足を止めて見入っていた。
「見てみろよスジリエ! 通りを歩いてるヤツらの影が長く伸びて、まるでノッポの巨人みたいになってるぜ!」
「ああ……素敵です……! この通りを、タクミ様に引きずり回されたい……! 恥ずかしい所を隠すことも許されない、わたくしの影が長く長く伸びて……街の方々ばかりか、塔から出てきた方々にまで、あますとこなく見られてしまう……! あのはしたない娘はなんだ、畜生にも劣る格好をしているじゃないか……! と後ろ指をさされながら、いつまでもいつまでも……! ああっ……!」
すぐ隣に、くねくね身悶えするスジリエがいたが、特に声はかけなかった。
それよりも、街へと散っていく参加者を観察していたんだが……今日の結果で明暗が別れているようだった。
トップだった『リンドール学園』や、他の上位の学校の生徒たちは、高級ホテルのほうに歩いていく。
ポイントを多く稼いだから、高い宿にも泊まれるんだろう。
金に余裕のあるうちは、なるべくいい宿に泊まるのが冒険者の基本。
『タワークエスト』は何日にも渡る。
ここで下手にポイントを節約して安宿に泊まると、疲れが取れずに次の日に影響が出るんだ。
高級な宿には広い風呂やマッサージ施設、そしてなにより部屋が安全で、寝心地のいいベッドもある。
疲労回復に専念できるというわけだ。
反面、今日の成果が芳しくなかった連中は、トボトボと安宿のほうに向かう。
安宿は狭いし壁が薄くてうるさいし、そしてなにより治安が悪く、ベッドも固い。
相当図太いヤツでなければロクに眠れず、疲れを翌日にひきずる。
それが負のスパイラルになっちまうんだ。
そして、芳しくなかった連中以上に稼げなかった……いわゆる落ちこぼれたちは、ただただ途方に暮れている。
宿に泊まるだけのポイントもねぇから、どこかで野宿するしかねぇんだ。
この世界の野宿はそれなりにハードルが高い。
モンスターに襲われる可能性がある野外よりはマシだが、かわりに人間に襲われることがあるんだ。
だから街中で見張りも立てずに野宿できるのは、失うモノのないホームレスくらいしかいない。
少しでも奪えそうなモノを持ってそうなヤツは、寒空だろうがあっという間にハダカに剥かれちまう。
まさしく修羅の世界なんだ。
でもまぁ、そんな落ちこぼれどもがどうなろうと、別にどうでもいい。
俺が気にしてるのは……宿に泊まるポイントどころか、1ポイントすら稼げていない、我らが『イポモニ純真女学院』の行く末だ。
俺は通りを見渡しながら、クリーム色のローブを探す。
ちらほらいるんだが、生徒会のヤツらじゃない。
どいつもこいつも、おばあさんの荷物を持って通りを渡ってあげたり、迷子の子供の手を引いて、親を探してあげたりと忙しい。
たしか、生徒会長のクリエルが言ってたな。
生徒会以外のメンバーは、塔の外で奉仕活動を命じていると。
イポモニの女生徒たちは街の中をパトロールのように巡回していて、困っている人がいたらすかさず助けてあげている。
しかも命じられてやっているというよりも、ニコニコしながら進んでやっている。
うーん……『純真』なのは生徒会だけじゃなくて、どうやら全ての生徒がバカがつくほど正直者みたいだ。
「『イポモニ純真女学院』のみなさーん! お夕食の時間でーす! そろそろ集まってくださぁーいっ!」
同じクリーム色のローブだが、ちょっと大人びた女が街中で生徒たちを呼び集めている。
雰囲気から察するに、先生のようだ。
集合をかけているようだから、アイツらについて行けばデコボコ生徒会の今日の宿もわかるだろう。
この世の穢れとは無縁そうな、見るからに清らかそうな女子たちが、ぞろぞろと連れ立って街はずれへと向かっていく。
この先に宿なんかあるのか? と疑問に思いつつも、俺は少し離れてついていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『イポモニ純真女学院』の今夜の宿……それは、街はずれにある大きな公園だった。
そこではすでに学院主催で炊き出しが行われており、多くのホームレスたちが並んでいる。
「いやあ、『タワークエスト』の時期だけは、この街はワシらホームレスにとっての天国になるよなぁ」
「かわいい姉ちゃんたちが作った飯が食えるし、毛布ももらえるし、言うことナシだな」
「たっぷり食えて、あたたかく眠れる……ほんと、天使みたいな姉ちゃんたちだぜ」
「でもよぉ、食欲、睡眠欲ときたら……あとひとつも満たしたくねぇか?」
「そりゃそうだけどよぉ……どうやってやんだよ?」
「この姉ちゃんたち、『タワークエスト』期間中はこの公園でキャンプするんだってよ!」
「そうなのか!? 女がこんな所で寝るなんて、誘ってるようなもんじゃねぇか!」
「だよな! 食ってやらなきゃ男の恥だよなぁ!」
俺は公園にある茂みごしに、腐れホームレスどもの話を聞いていた。
どうやってわからせてやろうかと思案していると……ふと背後に、むさくるしい気配を感じる。
「見つけたぜ……! こんな所にいやがったか……!」
振り向くと、派手なマントの平地族どもがいた。
お揃いの青紫のマントには、
『喧嘩上等、タイマン上等。気ままに生きて、ブチのめす。
我は舞い降りたる、紫煙の悪魔。拳で咲かせる、血風の花。
咲きたい野郎は、かかってこい。親不孝したきゃ、かかってこい。』
へんなポエムみたいなのが刺繍されていて、肩のところには『マルヴァチタ義賊学校特攻隊』というひときわ大きな文字がある。
俺は胸の中にほろ苦いものを感じ、なんともいえない気持ちになってしまった。
「おい、この壺野郎……ビビってやがるぜ……!」
「いまさら後悔しても遅せぇよぉ! 咲かせてやんよ、コイツでよぉ!」
鉄のメリケンサックを向けられて、俺の中には虚しい風が吹き抜けた。
やれやれ……たぶん今日の『タワークエスト』で痛めつけてやったヤツが、仲間を引き連れて仕返しにきたんだろう。
でも、どいつがどいつだか……全然、覚えてねぇ。
いろんな学校のヤツらがいたけど、どれもワンパターンなチンピラだったし。
数は……えーっと、50人くらいか。
「あの……10人くらいならともかく、この数を相手に加減すんのはやったことねぇんだ。はずみで離乳食しか食えない身体にされちまうのは嫌だろ? だから、相手にするのはお前らのボスだけにしてくれねぇか?」
正直この数を相手に、『懲らしめる』くらいで終わらせられる自信は俺にはない。
ひとりやふたり……いや、下手すると2桁単位で後遺症が残るヤツが出ちまうんじゃないかと心配したんだ。
俺の提案に、特攻隊たちはどっと沸いた。
「ぎゃはははははは! この数を相手に加減だってよ!」
「ビビり過ぎて、頭がおかしくなりやがった!」
「もうじき、ションベンちびり始めるんじゃねぇのか!?」
「しかも、コイツぜんぜんわかってねぇ! 皆殺しのジョニーさん相手は、俺たち全員相手より辛いってのによ!」
「皆殺しのジョニーさんはワンパンで、お前を離乳食しか食えなくしちまうぞ!」
『皆殺しのジョニー』かぁ……。
俺の胸中に生まれていたビター感は、さらに深く濃くなっていく。
それはさておき、それらしきヤツを探してみる。
一番奥に、腕組みしてどっしり構えているヤツがいた。
たぶん、アイツかな……。
俺はエレメンタルハンドを総動員して、ソイツを持ち上げた。
「なっ!? ジョニーさんが浮いたっ!?」
「なんか、亡霊みたいな青白い手がまとわりついてるぞっ!?」
「なんだよこの手!? ジョニーさんをどこに連れてく気だよっ!?」
少々の事では動じないであろうジョニーも、この時ばかりは暴れていた。
自慢であろう拳を振り回して、エレメンタルハンドをたたき落としていく。
でも、俺は次々と新手を放ち、ヤツの身体を離さない。
ジョニーはUFOキャッチャーの景品のように持ち上げられたまま、俺の前までウィーンと運ばれてくる。
「てめぇ……ナメやがってぇ……!」
俺の仕業だと気づいたジョニーは、ビキビキッ! と鬼のような形相になった。
猫のように首根っこを掴まれたまま、鋭いパンチを繰り出してくる。
「出たぁっ! 皆殺しのジョニーさんの、マッハストレート!」
「食らったヤツは、倒れることもできずにパンチの雨を浴び続けるんだ!」
「見てみろよ! 壺仮面のヤツも、もうフラフラだぜ!」
「ひゃっはーっ! 血の花を咲かせんのも、もうすぐだぜぇ!」
「……」
「いや……なんか、おかしくねぇか?」
「あんなに必死なジョニーさん、初めて見るぞ……!?」
「もしかして、一発も当ってねぇのか!?」
「バカな! あのパンチをよけられるヤツがいるわけがねぇ!」
俺は、『バレットタイム』のツボを刺激していた。
コイツが効いているかぎりは、世界がスローモーションになる。
マッハと言われるパンチも、指毛が数えられるくらいにゆっくりに見えるんだ。
そうとも知らず、ジョニーは酸欠になったみたいに顔を真っ赤にしながら、マッハストレートを打ち続けている。
しかし……だんだん疲れてきたのか、鋭さがみるみるうちになくなっていった。
マッハどころか、蚊にも刺されそうなくらいにゆったりしてきたところで声をかける。
「満足したか? 俺に当てたきゃ、もっと鍛え……いや、いくら鍛えても無理か」
ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をしているジョニー。
すでにパンチは漕ぐようなトロさだが、それでもあきらめないのはたいしたもんだ。
でも……コイツがあきらめるまで付き合ってやるほど、こっちはヒマじゃない。
俺は、虫の息になっているジョニーの心臓と、太ももの付け根のあたりをひとさし指でトンと突いた。
「……『グラウンドゼロ』だ。お前はここから離れれば離れるほど、痛い目にあう。朝までここにいて、あそこの女学院の娘たちを守ってやってくれるか?」
しかし、ジョニーはぐったりしていて返事をしない。
どやどやとやって来た仲間たちが、肩を貸して立ち上がらせていた。
「はぁ!? なに言ってんだテメェ!?」
「おいっ、ヤベぇぞコイツ……! 今日のところは引き上げよう……!」
「チッ……! 覚えてやがれよっ……! 行きましょう、ジョニーさんっ!」
特攻隊たちは、リーダーであるジョニーを連れて立ち去ろうとしたのだが、公園を一歩出たところで、
「ぐうっ!?」
ジョニーはまるで、ボディブローを食らったようにビクンと浮き上がった。
「じょ、ジョニーさんっ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
さらに一歩進むと、
「げうっ!? があっ!?」
透明なボクサーに殴られているかのように、ジョニーの身体が踊った。
突然変異を起こしたように暴れ、吐血するリーダーに戸惑うばかりのザコども。
歩くだけでボコボコになっていくジョニー。
俺は見るに見かねて、「おーい!」と呼びかけてやった。
「だから、公園から離れれば離れるほど痛い目にあうんだって! そのまま行くと、ジョニーはボロ雑巾にみたいになっちまうぞ! だから今日はここで過ごせって!」
……小一時間後、捨て台詞を吐いていった『マルヴァチタ義賊学校特攻隊』のヤツらが、ボロ雑巾のようになったジョニーを抱えて戻ってきた。
『イポモニ純真女学院』の生徒たちに傷を治してもらって、炊き出しに並んで、もらった毛布を公園の中に敷いて横になる。
その様子を、俺は不良を厚生させた熱血教師のように眺めていた。
ちなみに特攻隊のヤツらには『キャストレーション』……簡単に言うと勃起ができなくなるツボを押しておいたので、女生徒たちが襲われる心配はなかった。
次回、タワークエスト2日目!
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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