10 デコボコ生徒会の決意
突如、塔内にゴォォォンという鐘の音が鳴り渡る。
そして、エコーのかかった女の声が続いた。
『タワークエスト実況中継よりお知らせいたします! たったいま2階が踏破されました!』
俺は、2階の梁の上からその声を聞いていた。
『3階への一番槍は、リンドール学園! 2階のフロアボスに殺到する他学園の生徒たちの背後に陣取り、上階への階段上から弱点を狙撃。即死させた後、そのまま階段を駆け上がるという頭脳プレーで他の学園を出し抜きました!』
狙撃か……もしかして、あのお嬢様かな?」
『立役者はリンドール学園、シャラール・スパーク選手! 今回初参加の1年生ながらも、学園のエースを務めています! 現在、シャラール選手はフロアボス撃破ボーナスで6万ポイント、フロアトップ到達ボーナスで9万ポイント、あわせて15万ポイントを荒稼ぎし、個人戦でもトップに立っています!』
おお……オシッコすらガマンできないお嬢様かと思ってたのに……やるなぁ。
それに比べて、コイツらときたら……。
俺は呆れ果てた様子で下を覗き込む。
鉄骨の真下では、アナウンスを聞いてようやくお目覚めになったプリースト三人組がいた。
「ふわぁ……ああ、いい目覚めですわ。スッキリ気分爽快ですわ」
罠にかかって眠ったはずなのに、まるで昼寝でもしたみたいに晴れやかなクリエル会長。
「はい、いつもは重いお胸も風船のようですぅ! やっぱりお昼寝は大事大事ですぅ!」
大きな胸をぽよんぽよん弾ませながら、その場飛びをしているレイアン書記。
いやいや……お前ら、なんで昼寝したことになってんだよ。
大事なことをすっかり忘れてるじゃねぇかよ。
俺は何度上空から突っ込んでやろうかと思ったが、そのたびに自制した。
天然ボケの固まりのような集団だが、ひとりだけマシそうなヤツがいる。
寝起きでも表情ひとつ変わらない、リリンド副会長だ。
「そういえば……我々は、何をしていたんでしたっけ?」
アゴに手を当てて、考え込んでいる様子のリリンド。
俺は、宝箱に気づいてくれるよう祈ったが、
「おや、この部屋も汚れているようですね、掃除をしなくては」
それよりも先に、床のションベン汚れに気を取られていた。
俺はさすがにイラついてきて、握りこぶしを固める。
そのまま念じると、目の前に青白い手が現れた。
これは、『エレメンタルハンド』……ヒジから先が実体化したような、幽体の手だ。
呼び出した術者の意思で、自由に動かすことができる。
魔法では初歩中の初歩にあたり、魔法使いの家で育ったようなヤツなら、子供のうちから使いこなすことができるらしい。
俺にはガキの頃はもちろん、今になっても魔法の適性が一切ない。
それなのにどうやって『エレメンタルハンド』を出しているかというと……グローブに込められた魔力を借りてるんだ。
いままでは右手と左手、1組しか出せなかったんだが、どうやら市場で婆さんに繕い直してもらったとき、ついでにパワーアップしてくれたらしい。
今は10組くらいなら、平気で出せるようになっちまった。
ちなみに用途としては、格子の向こうにあるスイッチを押させたり、軽い物を持ってこさせたり……などが一般的。
俺はそれらの使い方に加えて、遠隔からのツボ押しにも使っている。
遠隔操作なので、手に比べると正確さに欠けるが、ちょっとした指圧ならコイツでじゅうぶんなんだ。
さっき山賊どもが『いつの間にか』ツボを突かれていたが、それもこの『エレメンタルハンド』でやったってわけ。
俺は、ふたつの青白い手を操って、地上の宝箱まで派遣した。
……パカン! パカン! ガタンッ!
宝箱のフタをミミックのように開閉させたあと、ガバッと大きく開かせる。
乾いた音が部屋中に響き、すかさずレイアン書記が反応した。
「あっ! 見てくださぁい! 宝箱がありますぅ!」
「あ、そうでしたわね。わたくしたちは宝箱を見つけたのでしたわ」
「さっそく、中を見てみましょう」
モップを持ったまま、宝箱に集まるデコボコトリオ。
「んまぁ……中にはたくさんのお金が入っておりますわ」
「それに、これは……『タワーバンド』みたいですぅ!」
「たくさんのお金に、10個のタワーバンド……これが意味するものは……?」
宝箱を囲んで、うーん、と首を捻る三人娘。
金は元々入っていたものだが、『タワーバンド』は俺が入れたモノ。
寝込みを襲おうとした山賊どもが、逃げていったときの置き土産だ。
『タワーバンド』には山賊どもが稼いだポイントが入っているから、それを移せば一気に大量ポイントをゲットできる。
これであの三人組も、万年最下位から脱出できるだろう……!
優勝までは足りねぇかもしれねぇが、かなりの足しになるはずだ……!
と思っていたんだが、
「わかりましたわ! これは『忘れ物』ですわ!」
小さな手をポンと打って、見当違いの推理を披露するクリエル会長。
「なるほどぉ! お金もこの『タワーバンド』の持ち主の方が、お忘れになったんですねっ!」
胸の前で祈るように指を絡め合わせ、賛同するレイアン書記。
「その通りですわ! ですからこれは拾得物として、クエストカウンターにお届けするのですわ!」
俺は、絶叫とともに飛び降りたくなるのをこらえるのに大変だった。
『タワーバンド』には個人や所属校を識別するような情報は一切入ってない。
入っているのは獲得したポイントの情報だけだ。
元々、奪い合いをすることが想定されているモノらしく、無くしてもいいように余計な情報は入れていないらしい。
そして情報を入れる手間がないぶん、再発行もすぐできるそうだ。
だからバンドに名前でも書いてないかぎり、持ち主の元に帰ることはない。
届け出たところで、奇特なヤツだなぁ、みたいな目で見られるだけなんだ。
というわけだから、もらっとけ……!
頼むから、そのままもらっちまえよ……!
俺は人間の耳元で、悪を囁く小さな悪魔のように……上空から三人娘めがけて念を送った。
すると……この中ではいちばん世間を知ってそうな、リリンド副会長が反応する。
「……クリエル会長、あなたは言いましたよね? 必要とあらば、今回ばかりは悪鬼羅刹になる、と……」
「その通りですわ、リリンド副会長。我がイポモニ純真女学院の存続のためなら、悪にも手を染める所存ですわ」
「さきほどの実況放送、聴きましたよね? リンドール学園が15万ポイントを獲得したと……。いまの我々は、合計何ポイント所持しているか……知っていますか?」
「それは……ゼロポイントですわ……」
「そう。我々がお昼寝をしている間に、トップの学校とは15万ポイントもの差をつけられてしまったのです……!」
「15万ポイントの差なんて、埋められませぇん!」
泣きそうな声で叫ぶ、レイアン書記。
輪となった三人娘に、暗い影が落ちた。
「そう……まともにやっていては、追いつける相手ではない……! ですから自分は今から、冥府魔道に堕ちます……! イポモニ純真女学院のために……!」
「り……リリンド副会長!?」「リリンド副会長さんっ!?」
心配そうに声をかける会長と書記に背を向ける、我らが副会長。
俺は、無言で手を振りかざしながら応援していた。
よし……いいぞ……! 宝箱の中を持ち去るんだ……!
別に気にするこっちゃねぇ、『タワークエスト』じゃオンルール……!
冥府魔道に堕ちる行為とは程遠いけど……最初の一歩を踏み出すんだ……!
リリンドは、まるで決別するかのような表情で、手にしていたモップを壁に立てかけた。
……コトリ。
そして、表情のクールさにさらに磨きをかけながら、振り返る。
「自分は……キレイキレイをやめます……! 掃除に時間をかけていては、差がつく一方ですから……!」
ガァーンッ! とショックがデコボコトリオの間を駆け抜ける。
俺は、ゴォーンッ! と鉄骨に頭をぶつけていた。
「えええっ!? お掃除をやめるんですかぁ!?」
「リリンド副会長……! それは、『純真の教え』に背く行為ですわ……!」
驚きのあまり、呼吸を忘れてしまったかのような生徒会のメンバーたち。
「そう……! でも、自分は決めたのです……! キレイキレイはやめて、そのぶんの時間、『タワークエスト』に専念すると……!」
沈黙が、あたりを包む。
レイアン書記は呼吸困難になったように荒い息をし、クリエル会長はうつむいたままだった。
しばらくの後、クリエルは気丈な顔を上げたかと思うと、そっとリリンド副会長に寄り添う。
「……ひとりだけ、行かせるわけにはまいりませんわ……! わたくしも……やめますわ、キレイキレイを……!」
……コトリ。
賛同するように、モップを隣に立てかける。
「わ……わたしもぉ! わたしもやめますぅぅ!」
ドドドドドと走り寄るレイアン書記。
そして、壁に立てかけられる三本目のモップ。
再び輪になった三人娘は、差し出した手を絡めあわせていた。
「……お掃除をサボるだなんて……こんな姿……みなには見せられませんわね」
めいっぱい背伸びをしながら、手を掲げるクリエル会長。
「はい! 先生方にバレたら、きっといっぱいいっぱい叱られちゃいますぅ!」
ヒザを折って中腰になりながら、手を降ろすレイアン書記。
「叱られるかどうかは、我々が優勝できるかにかかっています。優勝できなければ、廃校……! 叱られることもできなくなるのです……!」
まっすぐに手を伸ばす、リリンド副会長。
三人娘はお互いの顔を見合わせながら、さらに言葉を続けた。
「クリエルは今、ここに誓いますわ……イポモニ純真女学院を守るために、悪鬼羅刹になると……!」
「リリンドは今、ここに誓います……イポモニ純真女学院を守るために、冥府魔道に堕ちると……!」
「れっ……レイアンは、誓いますぅ……イポモニ純真女学院を守るために、えーっと、んーっと……あの……ええっと……そうだ! すっごく悪い子になりますぅ!」
誓いの言葉を述べた後、「えい、えい、おーっ!」と高く手を掲げる乙女たち。
俺はその真上で、鉄骨に寝そべったまま考えていた。
これで、ようやく……一歩前進……っていうのかなぁ……?
次回、デコボコトリオの奇跡!
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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